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4 クッキーと銃

 戦況が好転している。東部の制圧が完了し、南東部は盛り返してきたところだという。敵方の本拠地は、こちら側の国の南部に位置するところが最も近い。

 当国は、東から南にかけてじわじわ制圧し、最終的にはあちらの降伏を待って和解協定を結びたいらしい。


 一方、僕が拠点とするこの都市は、国内において北寄りに地位している。鉱山の連峰があり、国内最大のダンジョンがあることから、冒険者によって栄えている武器が溢れる都市だ。

 そこで武器屋を営んでいる僕は、良い素材には金を出し惜しみせず、かつ、根っからの職人気質の武器職人を雇っている。なので、上等素材をゲットした冒険者はこぞってうちの店に売り、レア素材に目がない職人たちは気合を入れて武器を作る。

 結果、うちの武器は上質だと評判で、多くの冒険者が買っていく。良い循環だ。


 商品は、主に対魔物のダンジョン用武器。魔物の粘液でも溶けない加工を施し、狭いダンジョン内でも扱いやすくて持ち運びやすいものを剣から盾まで取り揃えている。今は騎士団からの依頼があり、高性能な銃などを戦地に送ることもある。

 うちは元々人気武器屋だったが、紛争でさらに利益が伸びているのだ。大盛況この上ない。



 紛争が行われているのが遠い地だとしても、僕の生業に関係するならば、情報は仕入れておかなければならない。ということで、僕は敵方の情報を知るために個人的に女スパイを送り込んでいたのだが、それが先日帰還した。

 この女スパイは弟の世話係同様に優秀で、今回も五体満足で生還。褒美は何がいいかと尋ねたら、僕だと言われてしまったので、流れで真っ昼間からベッドインしていたとき、


「あの、旦那様。わたしお庭を……」


 ノックもせずに、愛しい人が入ってきた。挨拶もしなければ、ノックもしないとは。世話係、全然教育できてないじゃないか。給料減らそうかな。

 乱れる僕たちを見て、彼女はしぱと目を瞬かせ、アハと不敵に口角を引き上げて無言のまま退室していった。世話係、本当に彼女を教育しているのか。変人になっているじゃないか。ボーナスも減らそうかな。



 女スパイは人に見られて興奮するタイプのようで、彼女がやってきてから腰の動きが変わった。僕の体をぺたぺた触って、ふふっと妖艶に微笑む。


「何ですの、あの子。ご主人様が可愛がっている子?」

「そうだね。可愛いよ」

「わたくしより? あっ、それ好きですわ」

「今は君も可愛いよ」


 顔はタイプじゃないけど、グラマラスな体は良い。あと、体力があるところも。


「ご主人様、なんか、ん、お優しくなりました?」

「そう?」

「前はもっと、刺激的でしたから」

「そう」

「こういうのも好きですわ、ご主人様っ」


 彼女に対する激甘対応が影響しているのかもしれない。彼女は何もかもが初めてだったから、あらゆることに配慮して壊れ物を扱うように接した。

 でも、この女は激しいのが好きなんだっけ。そろそろ僕も動いてやるか、と腰を上げる。


「あはっ、ご主人様、はげし」

「ちょっと黙って」


 なぜか脳裏にマグロな彼女がよぎって、僕は無性にイライラしてきた。彼女はすぐにバテて自分から動かないし、基本的にキスもしない。挙げ句の果てには罵倒三昧。

 世話係の報告では、彼女はニコニコ笑うおてんば娘らしいが、僕には常に眉間にしわ。その上、珍しく彼女から寄ってきたと思ったら、僕を騙そうとする演技ときた。

 ムカつく。生意気な小娘め。




「あれ。あのババアはどうしたんです?」


 夜になって、世話係が今日の報告をしに僕の部屋に来た。彼は女スパイを嫌っている節がある。ふたりは姉弟で顔も似ているのだが、僕と出会ったときから仲が悪くなかったときがない。

 僕が「寝てるよ」と返すと、


「今のうちに抹殺しときません?」


 と真顔で言い出したから、だいぶ根は深そうだ。

 彼は寝室から二歩ほど離れてから、本日の彼女の動向と、明日の彼女の予定を話し始めた。スケジュール上では彼女に一切のゆとりはないはず、だが。

 僕は世話係ににこやかに笑いかけた。


「今日の昼、彼女何してた?」

「本日ですか? 先程述べた通り、歴史の勉強をしていました」

「君は一度も目を離さなかった?」

「いえ。お手洗いに行きたいと言われ、許可しました。勉強部屋にトイレがないので近くにある使用人の共同用を使うよう指示しました。逃げ出さずに帰ってきましたけど、何かありました?」

「いや」


 どうして歴史の勉強の途中で、嘘をついてまで僕の部屋を突撃することになるんだ。僕は彼女の頭が心配になってきた。


「彼女、お手洗いの前後で何か変わったことはあった?」

「言われてみれば、後半はニヤニヤしていたような」 

「そう」


 とりあえず、彼女と話す予定を取り付けておいた。

 世話係がなかなか上手に教育できていないから、僕直々に教え込んであげようと思って。





 一切名前を呼ばずに〝君〟と呼んでくる男は、名前の言い間違えを防ぎ、浮気バレを回避するためだから気を付けろ、と一番上のクズ兄が言っていた。

 あいつ、わたしと致すくせに、他の人とも平気で致していた。あいつは複数の人を掛け持ちするクズ兄と同類だったらしい。


 そんなクズとお話する時間が設けられた。わたしはクズとお話したい気分じゃなかったので従うつもりはない。わたしは確固たる反抗心を掲げてサボることにした。

 午後の刺繍の練習後から夕食までの間がクズとのトークタイム。しかし、わたしは着替えや入浴を手伝ってくれるおばあさんのところに行った。いつもお世話してくれる代わりに、おばあさんの窓拭き掃除をお手伝いする。


「良い子ねえ。あとでクッキーあげるわ」

「やった! ありがとうおばあちゃん」


 クズとの会話より、クッキーを得られるお手伝いのほうが有意義だ。お菓子を食べたのは年単位で昔のことになる。お菓子というものは、わたしたち貧乏人には到底手が届かない嗜好品なのである。



 無事にお手伝いを終え、日が傾く夕暮れの窓際でクッキーを頬張っていたら、ガシッと首根っこを掴まれた。な、なんだ。わたしにこんな乱暴なことをしてくるのはただひとり、お兄さんしかいない。


「探しましたよ。どうして旦那様のところへ行っていないんですか」

「拒否権を行使しました」

「そんなものありません。さあ、行きますよ」


 引きずられそうになったところでお兄さんの手から抜け出し、食べかけのクッキーを見せつける。これを見よ、わたしは食事中なんだぞ。


「わたし、クッキーを食べている最中なんです」

「それがどうかしたんですか」

「淑女たるもの、クッキーを食べている最中に旦那様の元へ行くなんて、恥ずかしいことですよね。食べ終わるまでは行きません」

「淑女は食べかけのクッキーを人に見せたりせず、お行儀よく食べるものです。よって、あなたは淑女でもないただのクソガキですから、クソガキらしく旦那様の前でクッキーを食べてください。さあ、行きますよ」


 屁理屈勝負はお兄さんのほうが一枚上手だった。せっかくの抵抗も虚しく、ずるずる引きずられていく。

 



 クズの部屋にポイッと投げ入れられた。足はよろけ、食べかけクッキーは手から投げ出され、わたしは地に這いつくばる形になった。ソファーに座るあいつを見上げる。

 手には小型の銃を持っていた。あいつがいじって、かちゃりと小気味良い音を立てる。


 わたしの家は貧乏だったので二番目の兄は狩猟に弓矢を使っていたが、村でも細長い銃を使っている人はいた。けれども、小型の銃を使っている人は見たことがない。小型銃は最新兵器だ。

 わたしはドキリと緊張した。どうしてこいつは、わたしとお話をするのに銃をいじっているんだろう。


「遅かったね。時計の見方は習ってない?」

「……や」

「そうだよね、随分前に習ったはずだよね。なのに、こんなに僕を待たせたのはどうして?」

「く、クッキーを食べていて」

「君は僕よりクッキーのほうが大事なんだ? へえ」


 突然、この人は後ろも見ずに、背後にある窓に向けて発泡した。ガラスが衝撃音ともに派手に割れていく。破片が外に飛び散り、室内にもわずかに散乱する。遅れて、火薬の燃焼による硝煙の匂いが鼻孔をくすぐった。

 度肝を抜かれた。そりゃそうだ。目の前で不意打ちでぶっ放されたら誰でも驚く。


 彼がゆらりと立ち上がって、クッキーを靴で踏み潰し、腰を抜かすわたしの前にしゃがみ込んだ。再びかちゃりと音を立て、銃口をわたしの額に当てる。冷ややかな目の色に、思わずわたしの息が止まった。

 空いている手をわたしの地面につく手に重ね、指を絡めるように握り、顔を近づけてドスの効いた声で耳打ち。


「僕の言うことにはおとなしく従うこと。わかった?」

「……は、はい」


 こくこくと頷く。頷かざるを得なかった。


「うん、わかったならいいよ」


 彼がにこっと笑い、すうっと額から銃口が離して立ち上がった。わたしは胸を押さえて呆然としてしまった。額に当てられた感触が消えない。心臓がバクバグと騒ぎ止まない。生きた心地がしない。

 初めて思った。こいつが怖い、と。




 あいつはわたしがドン引きしている間に、銃をどこかに仕舞ったらしく、両手を空けてノコノコとわたしの前に戻ってきた。手を合わせて、さっきまでの冷たい目が信じられないくらい明るく笑う。


「じゃ、本題ね。君、この前僕の部屋に来たよね。何の用事だった? 構ってあげられなくてごめんね。今日は聞いてあげるよ、君のために作った時間だから」

「…………え」

「僕が他の女といるときに君が来て、僕すごくびっくりしちゃった。次入るときはノックして、ね?」


 わたしを殺そうとしていたくせに、何平然としてるんだ、こいつ。

 こいつがわたしに手を伸ばしてきて、体がビクッと反応した。なんだ、今度は首でも締める気なのか。


「固まっちゃってどうしたの? ああもう、泣かないで。ごめん、ごめんね」


 ぎゅうっと抱きしめられて、わたしの脳が緩やかに動き出した。


 痛めつけてから、優しくする。そうだ、このパターン、聞いたことある。

 こういう人が村にもいたらしい。他人事情に詳しい姉が『怖い人がいてね』と言いふらしていた。これがドメスティックバイオレンスというやつか。身を持って体験した。わたしも家に帰ったら言いふらしてやる。


 こいつがクズでゴミだということを、しっかりと脳に焼き付ける。わたしはこんなやつを惚れさせないといけないのか。



 こいつの部屋に行ったのは、歴史の授業で貴族の庭園を知り、それを利用しようと思ったから。ここは大きなお屋敷なので、きっと庭もすごい。庭を見たいとねだれば、外に出られるかもしれない。外に出たら脱出経路を視認できる。

 思い立ったが即行動をした結果、こいつの情事を邪魔することになったが、脱出できる希望が見えてしばらく気分が高揚したのを覚えている。


 ところで、人を誘うときにダブルバインドなるやり方がある、と妹から聞いたことがある。とある行動に対して二つの選択肢を提示し、相手に選ばせることで、とある行動自体を前提条件にするということらしい。

 例えば、気になっている人とデートしたいとき、『デートに行かない?』と誘うのではなく、『森に行くか湖に行くかどっちがいい?』と誘うといいのだとか。そうすれば、回答は自然とデートを行くことを前提とした森か湖になるのだ、と。


 

 深呼吸して、ゴミクズの首に腕を回す。今は上手く演じられそうにないから、顔を見せないように抱きしめ返して誤魔化す。

 耳元に口を寄せて囁く。くらえ、ダブルバインド!


「わたし、旦那様とデートがしたいです。庭園とガーデン、どちらがお好みですか?」

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