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6話

「では、『現王太子が病弱ではなく健康体であれば問題はない』でよろしいかな?」


 ミリアムがシルビアに答え合わせをする前に、開いた扉から入場した後そのように発言したのは一人の美しい青年だった。これほど美しいという形容詞が似合う男性も珍しく、顔立ちや服装は勿論のこと、壇上へ向かって歩く所作から彼自身が放つオーラのどれもが輝かしく見え、目を離すことができない。


 参列している、まだ貴族の社交界へ出ていない卒業生たちは勿論のこと、彼らの両親などのすでに貴族として社交に出ている者たちでさえも、目の前を歩く男性を見たことがなかった。しかし、同時に彼が何者なのかも理解できてしまう。


 周囲が確信を持って出迎える空気を気にすることなく、美しい青年は壇上の前まで優雅に歩いていき、エリザの隣で立ち止まる。そしてため息が出るほど美しい所作で国王陛下に臣下の礼を取り挨拶を述べた。


「王の御前、失礼致します。王太子であるレイナルド=ロア=モンティエ、国の危機と知り後宮より馳せ参じました」

「うむ。今朝方ぶりであるなレイナルド」


 王太子殿下の挨拶に気安く返答している国王陛下を見て、すぐに周囲は二人の関係を悟った。王太子殿下も顔をあげると気負うことなく言葉を紡ぎ始め、それだけで彼が王太子としての素養を十分に持っていることがわかるほどであった。


「父上、母上。ただいまより表舞台でも王太子としての役割を果たしていきたいと思います。さて側妃、いやアネット殿とウィリアム。まず君たちは婚姻の魔術が同時に一人としか結べない事を知っているかい?それはね、例外なく王族も結べないんだ」

「それでは、私は何だというのです!私たちは王族に名を連ねているじゃない」


 王太子殿下の告げる真実の言葉に、アネットは未だ床に座りこみ近衛騎士に腕を掴まれたままでいたが、すぐさま上半身を起き上がらせて反論した。そのアネットの声に答えたのは国王陛下であった。


「お前たちは今日までこの国の脅威だった。だから城に監視の目的で住まわせ、周囲の声には否定も肯定もしないようにしていたのだ。色々と誘導するため支障のない範囲で側妃という職を作り使用したが、正式な王族の書面にはお前たちの名前はない。二人は我ら王族の生活の場である後宮には居なかったであろう。それはあそこには王族以外許可なく立ち入ることが出来ないからだ」


 国王陛下の言うとおり、正式な扱いではアネットは側室妃という職を持った監視対象者で、王城には24時間監視するために軟禁のように住まわせていたに過ぎなかった。そして、そのことは今日という日が来るまでは極秘事項であり、国王陛下は側室を娶ったという体裁にするため、周囲の声には否定も肯定もしないように過ごしてきたのだった。


「そんな!何故そんな事をしていたのです。私たち、いえ国民を騙していたのですか」

「今日という日のためです。最悪のルートを回避する、そのために私たちはずっと対策を練ってきました」


 アネットの嘆きに、すぐに答えたのは今まで一切話すことのなかった王妃殿下だった。王妃殿下の言うとおり、全ては国の上層部が今日という日がやってくることを考慮し対策をとってきた結果であった。ではどうやって上層部たちは脅威を知り、対策を講じることができたのか。


「……正妃!まさか貴女も転生者だというの!?」

「さらに言えば私もよ」


 気づけば壇上に上がっていたエリザが王妃殿下の横に立ちながらアネットにVサインを送っていた。この世界では馴染みのない懐かしいポーズをしているエリザを見て、アネットは二人が本当に自分と同じ異世界転生者であることを悟った。


 アネットは自分が転生者だと小さい頃に気づき、この世界が乙女ゲームの中で自分がヒロインでも悪役令嬢でもなく、攻略者の母親になるのだと理解してガッカリした記憶がある。けれど旦那になる男は国王なはずだし、贅沢もできるだろうと楽しみに生活を送っていた。


 貴族の生活は窮屈だし、父親も野心家で横柄な態度を取る男だったため使用人たちからもとても評判が悪いが、アネットにとっては彼女の前世での話を与太話と馬鹿にすることなく聞いてくれる優しい人だった。


 前世で正規ルートと呼ばれていた第二王子ルートで断罪されていた、悪役令嬢の実家であるロッシュ家が行っていた脱税方法などは、やり込み要素としてゲーム内で集めたアイテム証拠書類の詳細ボタンを押すと詳しく内容を読むことができ、アネットはその内容を覚えていた。ある日それを得意げに父であるアザール侯爵に話したことがあった。


 アザール侯爵は一瞬怖い顔をした後、殊更に優しく頭を撫でて褒めてくれたので、アネットは嬉しくて自分が第二王子の母になるのだと正規ルートを父に話した。やっぱり父は優しくアネットを褒めるので自分は間違ってないと自信がつき、第二王子の母になることが楽しみになっていた。


 アネットは学園生活を送るようになり、学園内で未来の旦那である当時王太子だったアレクシスを見かけ、彼のそばには正妃となるための婚約者がいたとしても、いずれ自分が寵愛されると自信を持っていたので周囲にはすでに側妃であるかのように振る舞っていた。しかし、学園でアレクシスから声がかかることはなかった。


 そして学園を卒業してもアレクシスとの接点を持てず実家で暮らしていたアネットは、王太子殿下が生まれたことで、ついに父親から強制的に側妃と成るように手配されてしまった。そのやり方はひどく不愉快でアネットは思い出したくもない。けれどアネットは側妃になって第二王子を産んだのだ。国王陛下が1日で一番長く滞在する執務室の近くに部屋を用意されるまでに自分は寵愛されているとアネットは思い続けていた。


 盲目的に自分の産んだ第二王子がヒロインと結ばれて幸せになるのだと、それだけを考えて生きていたアネットは、自分が何をしてきたのか、自分の父親が何をやっているのか、自分の息子がどう育っているのかを一切見向きもせず振り返りもしなかった。


「なるほどね。転生者が二人も相手じゃ私が負けるのも仕方がないのかしらね」


 今もアネットは何も考えていない。自分のことですらもきちんと考えていなかったのかもしれない。小説などでよく見た、ゲームの中に転生すると自分の世界と思わずにゲーム感覚のまま生活するようになるキャラクターそのままだな、とエリザは何も映っていない瞳で笑っているアネットを呆れながら眺めていた。


「そもそも勝ちとか負けではないわ。貴女は正規ルートのエンディングを実現させたかったのでしょうけど、アレって本当ひどいシナリオだって思わなかったの?国の定めた婚約者がいる第二王子が天真爛漫といえば聞こえがいいが貴族として無学なヒロインに惚れ込んで、邪魔になった婚約者はヒロインに嫌がらせをしたと一方的に悪役令嬢として断罪。その証拠集めの過程で悪役令嬢の家が国家転覆を狙っていると知ったので、一緒に断罪。国王には責任を取らせて退任させ、病弱の王太子は気づけば死んでいて、帝王学も身につけていない恋に溺れた第二王子がヒロインを妃にして若き国王になって、めでたしめでたし?そんなご都合主義の一体どこがめでたいのかしらね」


 エリザは前世の時からこの正規ルートが好きではなかった。この乙女ゲームは頭を空っぽにして楽しめるゲームであることは間違いなかったが、クリア後に冷静になるとヒロインと攻略キャラの今後が心配になるという初めての経験をしたゲームだった。他のプレイヤーもそうだったのか、ファンが描く二次創作ではハッピーエンドで攻略した後の国滅亡エンドという作品が多く作られていたのが、またまた話題になるような乙女ゲームでもあった。


「私たちは記憶を思い出した時から危機感を持っていました。貴族として生活していけばそれは益々感じる事です。物語はめでたしめでたしと結んで終わるけれど、現実はその後も続き、物語では描かれていない事柄だって沢山存在するのです。国民の生活はもちろん、他国との関係だって大きな問題です。ならば先を知っている私たちがやることは来るべき日に備えて対策を講じることだけでした。強制力と言うのかしら、それがあって根本を変えることができなかったけれど、出来るだけのことを私たちは行ってきました」


 王妃殿下とエリザは学園の生徒だった時に、この世界が乙女ゲームの強制力によって縛られていると確信した。そして大まかな流れさえ守ればゲームの強制力は働かないことも検証し実証していった。元々ご都合主義で世界観が薄いと話題だった乙女ゲームなので、その強制力の隙をつく手札が意外と多かったのは僥倖であった。


 隙をつく手札として、まず国王陛下たちと協調体制をとり、その後乙女ゲームには存在しなかった有利に事を進めるのに都合の良い魔道具の開発を行ったりもした。他には正規ルートの考察などをし、この世界が乙女ゲームから抜け出すにはエンディング、つまり断罪シーンを終了する必要があると結論づけたのだ。


 乙女ゲームの強制力が判断しているのは、いくつかのキーワードであることも実証した。そのキーワードが意味をなしているかの判断基準は結構甘く、例えば『悪役令嬢シルビア』というキーワードを維持するため、エリザの娘にはシルビア以外の名前が付けることができなかったが、悪役令嬢であるかはたまに友人に悪役令嬢だと言われるだけでよかった。随分と適当な強制力ではあったが、そのおかげで今回の茶番劇も成り立っている。


「アネット、貴女はアザール侯爵と共にその強制力を悪用していたわね。ロッシュ家が断罪されるからと随分と悪事を重ねていたこと本当に呆れるわ。今日まで明るみに出なかったのは強制力のおかげかも知れないけれど、物語が終わった今、この責任は相応の罰によって取ってもらうわ。国王陛下、沙汰をお願いします」


 アザール侯爵はゲームの強制力というものを知らなかったが、アネットから聞いたゲームのロッシュ家がしていた悪事を引き継ぐように行っていた。手広く行っても強制力により今日まで見つからなかったので段々大胆になっていた。断罪が行われる日まで表に出ることはなかったが、証拠は軍部がきちんと揃えているので逃げることはできないだろう。


「うむ。アザール侯爵、アネット、ウィリアム、マリー子爵令嬢、他既に調べが付いている者たちを牢に入れ、然るべき裁判を受けるようにする。エリザ=ロッシュは指揮を頼む」


 国王陛下の沙汰に頭を下げ承知したエリザは、すぐに大きな声で指示を出した。


「総員、各自行動せよ!」


 会場に複数ある扉が同時に開き、騎士たちが続々と会場へと突入している。参列者たちと一緒にそれを眺めていたシルビアはようやくこの茶番劇も終わりを迎えるのかと、ホッと息をつくのだった。

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