5話
「王の御前、失礼いたします。王国軍事司令官、ロッシュ家当主、エリザ=ロッシュが参りました」
「うむ。首尾はどうであった」
軍服の麗人がマントを床につけて国王陛下に頭を下げている姿は非常に絵になっていた。シルビアの生家は代々武に重きを置く家系であり、当主を継ぐのは兄弟の中で一番強いものと決まっている。シルビアの母、エリザには兄がいるが実力はエリザにありと兄本人も認めたためエリザが女性当主となった経緯がある。
エリザの強さは剣の実力は勿論のこと、何より智謀が他より群を抜いていた。その智略を以って部下をまとめる統率力も彼女の出世を手伝い、ついには軍事司令官の一人に任命されるまでになっている。国王陛下からの信頼も厚く、今日という日を迎えるために一番動いていた人物でもあった。
エリザは先ほどまで王城にある軍司令室に詰めており、秘密裏に行われてた軍事行動の報告を待ちながら、その後の動きについて調整を行っていた。ようやく伝令の通信が入って作戦成功を知ると、すぐさま国王陛下へ報告を上げに遅れて会場入りしたのであった。早足でやってきたことを感じさせない落ち着いた雰囲気でエリザは報告を始める。
「はい。アザール領の隠し港を無事制圧、そこから密輸出入、人身売買の証拠を押収。売人やそこを拠点としていた他国間者を捕縛しました。現在は国家転覆の疑いで領地と王都にある領主の館を同時に捜査中です」
「何だと!!国王陛下、これは何かの間違いです。私は何もやっていませんぞ!」
頭を下げたまま淡々と報告するエリザを見て、アザール侯爵は顔を青くしながら反論の声を上げた。ウィリアムとマリーは話がよくわかっていなかったが、普段読まない空気を読んで壇上の中心から少しだけ移動し、ウィリアムはマリーを抱きしめながら祖父であるアザール侯爵とその横にいる母親であるアネットを見ている。
アザール侯爵は先ほどと同じく青い顔のまま、どうにかしようと頭を動かしているようだし、アネットは手元にある扇子を握り締めてエリザを睨んでいる。エリザは礼を戻し立ち上がると、余裕綽々に二人を眺めながらも追撃をした。
「あらあら。そんな言葉が通用する時期はとっくに過ぎてますわよ、アザール侯爵殿。偽りの王族である孫に持たせた、捏造した我がロッシュ家の証拠の数々は元々貴方の家でやっていた事じゃないの。軍部がそれを把握していないとでも思っていたの?」
エリザの言葉を聞いて、アザール侯爵はどこへ逃げようというのか走り出そうとした。しかし、周囲にいた近衛騎士が見逃すはずもなく二人がかりで取り押さえられてしまった。
「くそっ!離せ、私は側妃の家族、父親だぞ」
「アザール侯爵は、現在国家反逆罪に問われておりますので、そのまま無駄な抵抗せずに大人しくしてくださいな」
取り押さえられつつも騒いでいるアザール侯爵に呆れて、エリザはアザール侯爵を捕まえている近衛騎士に目線で指示を出す。瞬時に理解した近衛騎士が騒ごうとするたびにきつく押さえるのでアザール侯爵はやがて抵抗をやめ息を吐く音だけを出して大人しくなった。
そんな様子の父親が自分の席から離れていないところにいるのに、アネットはエリザを睨みつけたままそちらを見ようともしていない。実は二人は年齢が同じく学園でも同じクラスの間柄であった。ただし、アネットはエリザの文武両道で優秀なところが嫌いであったし、エリザもアネットの取り巻きを引き連れてお山の大将を気取っているところが嫌いだったので、お互い不干渉を貫いた学園生活を過ごしたという経緯がある。それゆえ現在でもお互いに側妃と軍司令官として同じ王城にいるとしても顔を合わせることがないのは当たり前のことであった。
「先ほどから私たちに失礼よエリザ」
「これはこれは、アネット側妃さま。何故私が貴女の息子を偽りの王族と言うのか、ご自身が一番理解していらっしゃるでしょうに。アザール侯爵にも言いましたが、軍部が把握していないとでもお思いでしたか?」
「ッ無礼者!アレクシス様、この者を王族侮辱罪で捕らえてくださいませ」
最初は不愉快そうに顔を顰めているだけのアネットであったが、エリザの言葉を聞いて一瞬で顔を赤くすると、思わずといった様子で立ち上がり国王陛下の名前を呼んでエリザに抗議していた。抗議された側のエリザは不敬とも何とも思わない顔のまま追撃の言葉を止めない。
「あらあらあら、王族侮辱罪を持ち出すとなると、貴女たちアザール家にも調査の範囲が及びますよ?魔道具というのは非常に便利なものです。魔術証跡が偽造を許さない。知っていますか、世の中には親子関係を知ることができる魔道具が存在するのですよ。人の持つ魔力は皆違った色と波を持ち、それは親と似るので血縁関係があるかどうか簡単に知ることができるのですって。さて、アネット様の息子殿とアレクシス国王陛下の場合はどうなのでしょう」
「我は魔道具を使用しても構わんぞ。しかしアネット、我がお前と同衾したことなど一度たりともないのだから答えは自然とわかるんだがな」
「いやぁああああ」
エリザから聞かされた親子の関係を知る魔道具の話もそうだが、何より国王陛下に自分と関係を持っていないとハッキリと告げられたことに、アネットは強いショックを受け周囲のことを気にすることなく声を上げながら床に座り込んでしまう。
母、アネットの様子を見てウィリアムは戸惑ってしまう。自身は王子であり次期国王であることを今まで一度も疑ったことがなかったからだ。周囲がそれを認めてくれていたのに今になって違うと言われても脳が追いつかない。
「母上、俺は王子ではないのですか」
先ほどまでの振る舞いとはまるで違う放心した様子のウィリアムが同じく放心しているアネットに問いかけると、我に返ったのかいないのか。何も見ていない何処か虚な目をしたアネットだったが急に顔を上げて名案だとばかりに弾んだ声を出す。
「いいえ!いいえ!だって婚姻の魔術は絶対ですもの、アレクシス様は私と離縁は出来ないわ。そしてこの子は側妃の子供であり第二王子としているのだもの、れっきとした王族だわ。だって病弱な王太子の代わりに王の座につく次期国王なのよ。ねぇアレクシス様、表の舞台に出ることすらできない病弱な王太子より、私のウィリアムの方が王族に相応しいですわよね」
話しながらアネットは立ち上がることなく縋るように床をズルズルと這って国王陛下の席へと移動しようとするので、近衛騎士が動きを抑える必要があった。
壇上は捕らえられたアザール侯爵、放心したウィリアムとマリー、這って国王陛下の元へ行こうとするアネットがいて、近衛騎士たちは入場したての時よりだいぶ近い位置で国王陛下と王妃殿下を守っているという、なんとも混沌とした様子になっている。
会場内でシルビアとミリアムはこっそりと参列者と一緒になって事の次第を見守っていた。周囲の人たちも壇上の様子を伺いつつ、あーだこーだと近くの人と控えめに会話をしている。この茶番劇がどう展開していくのか予想しているものもいるみたいだし、やはり貴族は娯楽に飢えているのだろう。
シルビアとミリアムも複雑な表情をしながらも、会話はずいぶん気楽なものになっていた。特に悪役令嬢を務め終えたシルビアは完全にリラックスしていた。それでも立ち振る舞いは淑女然としており、見た目は特に変わっていないところは王妃教育の賜物である。
「なんだかとんでもない劇を見ている気分です」
「あら、私が茶番劇だと言ったはずだけれど?」
「正直、ここまでになるとは知りませんでした。シルビア様はわかっていましたか?」
「私はタイミングが合えばお母様が国王陛下へ報告にくるとまでは聞いていたし大体のことはね。……けれど実際に事が進んでいくと、確かにびっくりするわよね」
シルビアの手助けをしてくれたのはミリアムを含む学園の同級生たちだ。彼女たちが聞かされていたのは、自分たちの祝賀パーティの時にウィリアムがマリーと一緒になるためにシルビアに婚約破棄を宣言するということ。またシルビアはマリーをいじめたという罪で断罪されるため、それに真っ向から戦うために学園生活を送りながら彼女の無実の証明を手伝ってほしいというものだった。
協力してくれた同級生たちが手分けをしてシルビアの行動に付き添いアリバイを証明できるように立ち回ったり、映像魔道具の設置や検証を手伝ってくれたお陰で、マリーをいじめていたという主張には真っ向から勝負することができた。しかし、その逆断罪が霞んでしまうほどの国が絡んだ事情があったことまでは、シルビア以外は聞かされていなかったのでミリアムは驚いていたのだった。
シルビアは小さい頃から自分や家が断罪されることを聞かされたので知っていたが、それでもウィリアムが本当の王子ではないということまでは知らされていなかった。子供に配慮した大人たちの事情というやつなのかもしれない。
「今日がそういう日だって知っている私たちでも驚きなんですから、何も知らない参列者の人たちはついていけてるんですかね」
「楽しめているかはわからないけど、事情についてはあとで国王陛下が伝えるべきところをまとめてくださるから大丈夫よ」
国の上層部たちも貴族たちもそこはしっかり線引きするだろうとシルビアは考えていた。だからこそ国からの発表以外の情報を持って盛り上がりたい人たちは熱心に壇上を観察しているだろうし、そうでない人なら後日の発表だけで大丈夫だからとこの茶番劇が終わるのを大人しく待っていることだろう。
「シルビア様、私は何だかもう一波乱あると思ってます」
「奇遇ね、私もあると思うわ。劇ならばキチンと物語を締めないといけないし、適役がまだ登場していないもの」
「それってもしかして……」
ミリアムが勘のようなものを働かせて呟いた言葉に、シルビアも同意する。とはいえ、彼女の場合はミリアムよりも事情に詳しくて、母親から聞かされていた『断罪シーン』を終えるための最後の台詞がまだ出ていないことから、この茶番劇はまだ終わっていないのだと理解し、より効果的に幕を下ろすのに必要な役目の人物が思いついたからの同意であった。
そして、シルビアの言葉からミリアムも察することができ、答え合わせをしようとしたところで、エリザが登場した時と同じように会場の扉の一つが大きな音を立てて開かれたのだった。