野菜ジュース
【野菜ジュース】
告って振られて、幾年月・・
ま、ぶっちゃけ一年前くらいだけど。
俺ら中学生には、結構長いわけで。
「ほーら、行くよー!!」
そう言って、無表情に手を上げるのは、振った相手。
「ちょっと待てよ!おい!」
俺が自販機からコーヒーを取り出してる間に、彼女は自転車に乗って進み出している。
勝手な奴だ。初めて会った頃からだが。
黒く長い髪は、日差しを受ければうすく金色にみえる。大きな瞳は自信に満ち溢れ、良く見ると緑がかっているのが判る。
生まれつき、色素が薄いんだそうだ。その分、濃く生きるんだと。
「くっそ!おい!宮川!宮川莉奈!!」
俺は、少し小走りに追いついた。
「おっきい声でフルネームで呼ばないでよー」
そう言って、悠々とチャリを漕ぐ。いつも少し遠くを見るような瞳。前とか上とか。視線はそこらへんと決まってる。
秋が過ぎて、もうすぐ中学三年目の冬が来る。雪は好きだが、登下校が面倒なのが玉に瑕だ。
「くっ」
「何やってんのー?」
ちょっとだけ振り向いた彼女は、苦笑い気味だ。
彼女は、これで、あまり人付き合いが上手くない。男子には男女呼ばわりされ、女子からは気が強くて扱い辛いと距離を置かれている。
だから、彼女はいつも人と話すときは、無表情か苦笑いと相場が決まっている。
濃く生きてるようには、見えない。弱い自分を認めず、無理しているように見える。
で、支えてやりたい!→好きになった!→振られた!→いつも一緒に居るようになった!
という不思議なルートで、今、俺たちはここにいる。
「早歩きしながらじゃ、コーヒー開けられないんだよ!」
「はぁ?しょうがないなー」
あからさまに演技くさく、尊大に、彼女は言って、止まった。
「早く開けなさいよ。あ!開けたら一口飲んでから歩き出しなさいよね!こぼれたって知らないんだから!」
右手を腰に当てながら、諭すように言う。
----皆は、これを「偉そう」と言う。
・・・どこが?
照れ隠しじゃんか、こんなの。
わかんない奴が、おかしんだよ。こんなに優しいのに。誰にも気づいてもらえなくて。
「莉奈も飲んだら?その、どう考えてもまずい、ホット野菜ジュース」
「はぁーー!!?まずくないって言ってるじゃん!!体にもいいんだよ!?」
いつものからかいと、いつもの反応。
「ほらぁ!一口飲んでみる?おいしいんだってば!!」
そう言いながら、こっちへずずいっと押し出してくる。
だけど、俺はこれを絶対に飲まない。
「いやいやいや。俺、今、コーヒー飲みましたから!どう考えたって、コーヒーとの相性は最悪だろ!!」
「む〜〜〜」
むーーは、唇を少し尖らせて、腕を組むポーズ。一個一個が、なんか演技っぽくなってて、それが可愛くて、それが悲しい。
彼女は、いつも、人の目を気にしすぎているんだ。恥ずかしがりやで、優しくて。なのに、人より少し目立つ外見をしていたせいで、色んな目に遭ってきた。
だから、誤解されないように、いつも同じ意味を持ったポーズ、セリフ、行動を心がける。何かある時も、自分から言い出したりしない。結局、彼女は体面ばかりを気にしてて、自分の言いたい事が言えないままだ。
俺が告白したとき、
「はぁ?何言ってんの?本気?馬鹿じゃないの?付き合うとか無理に決まってんじゃん。じゃあね!」
と、すげなく早歩きで去られた後、俺の机に【どうやったら社会科が出来るようになるの?莉奈】なんて書かれているんだから、当時の俺もパニックになるってものだ。
だけど後で考えると、あの時、他の女子も近くにいたみたいだった。まったく・・俺もまだまだ青い。今15だが。
「もうすぐ受験だね」
「ちょっと突然なぁにー?」
苦笑いしながら、彼女は野菜ジュースを開ける。少し、レタスっぽいにおいがする。
「どうせ第一女子受けるんだろ?推薦?」
「んー・・まぁ、推薦はー・・いいや。って。」
この場合の推薦は、高校に対する指定枠推薦のこと。ちょっと前に、先生が莉奈に薦めてたのを見たけど・・
「そっか。じゃぁ、一般で受けるんだね。楽勝だろうけど。」
「はぁ〜?わかんないよー。ほら、ゆかりちゃんとか、みなちゃんとか、成績いい子はいっぱいいるもんね」
第一女子の指定枠は二つ・・ゆかりとみなこが推薦受けるのか。うちの中学の女子じゃ、莉奈を含めてこの三人ぐらいしか基準満たしてないだろうしな。まったく、貧乏くじな事で。
「でも、莉奈が一番成績いいでしょ?」
「あーー・・うん、まぁ。でも、誰にも言わないでよ!!勉強してるとか、思われたくないし!!」
勉強してなくて出来るほうが、嫌味な気もするんだけどな。
ちなみに、俺は、彼女の弟と仲がいい。まだ小2の充くんは、ものすごいおねえちゃん子だ。
その充くん曰く「毎日ご飯食べるまでお勉強して、お風呂はいったら、その後もずっとお勉強してるよ」とのこと。見えないところの努力を、皆に見せてやりたいよ。
「そーいう君こそ、どこを受けるんだねー?ちょいちょい、君こそ第一高校受けるんだろー?大丈夫なのかね、そんなに余裕でー。」
また、あからさまに話し変えてきたことだな。なんて思いながら、肩を竦めて答える。
「まぁ、大丈夫だろ。だいたい教科書の内容は読めばすぐわかるし。理科や社会は覚えるのが大変だけど・・受験で出るようなところは覚えちゃったしな。」
莉奈との勉強のお陰でな。ま、実は【国語・社会】の合計点数では学年2位である俺だが、国語はほぼ満点でも、社会はそれほど出来なかったわけで。結果として、たまに彼女の家で一緒に勉強するようになって。(そうして、実は莉奈は意外と勉強が苦手だと言うことを知ったのだった。)
「ほほーう。ではここで問題です!天台宗は誰がつくったでしょうか!」
「伝えた、でしょ?最澄で、延暦寺。」
「むむむ、やるなー!では、空海は!」
「金剛峰寺で、真言宗。」
「おー。この前は間違ってたのにー。関心関心♪」
こうやって、自然にやりとりしてる時の笑顔はすごくまぶしい。本当は、学校のときみたいに一歩引いた状態じゃなく、こうやって、子供っぽく自分から盛り上げていくのが好きなんだ。
でも、周りは付いて来ない。時々、うっかり羽目を外してしまい、落ち込んでいるときがある。クールでいないと、いけない。子供っぽい自分を見せると、引かれる、嫌われる。彼女はいつもたくさんの棘の中に居る。
「そーいう自分はどうなんだよ。数学240Pの大問5、解けたの?」
「あーー、ちょっと君きみぃ、そういう事、言うかなぁ。ちっちっち、今晩には解けるね!も、絶対だよ!そーだなぁ、土曜日の昼ごはんを賭けてもいいくらいだねー!!」
「なんだよ、半熟卵丼かぁ?」
「ちょっと待ってよ!!私はそれしか出来ないわけじゃないんですー。そりゃぁ、味噌汁は上手く作れないし?トモみたいに晩御飯とか自分で作ったりしてないし?っていうかー、なによ!卵丼、おいしいって言ってたじゃない!」
なんだか笑ってしまう。学校を離れるにつれ、調子が出てきたみたいだ。「トモ」は、俺の小学校の時のあだ名。みんなの前では「前田君」とか、「友之君」とか呼ぶのだ。
「いや、あれはあれで美味しかったよ?初めての同級生の手料理だし?まぁ、肉か、せめて玉ねぎくらいは入ってて欲しかったけど。・・いや、塩か砂糖か醤油でも良かったな・・」
まじで卵丼だった。用意するもの、炊き終わってるご飯釜・たまご・フライパン・菜ばし、以上。
「だぁって・・あれは・・醤油は用意したじゃん!一味もあったし!」
「置いただけじゃん」
「味付けが好みじゃなかったらどうしようかなって思ったんだって!もう、絶対、トモには作んないからね!!」
そう言って、自転車はまた進みだす。俺は横を早歩きで付いて行く。
「で、じゃあ解けなかったらどうするの?」
「トモがなんか作る!で、私が食べる!」
「はいはい・・」
これが俺の日常。
この日常の中、二人は、それぞれ第一高校・第一女子高校へ入学した。
莉奈は高校に入って、少し、優しく笑うようになった。周りのクラスメートが、彼女の個性を認めてくれているんだと思う。俺との会話で、笑いながら他人のことを話すなんて、中学ではありえなかった。
でも、彼女は変わらない。
「ねっ?やっぱこれでしょ!!」
あったかくて、ちょっと変な味。