《春のとある日》2 - 僕・謝罪
「すみませんでした。色々と。本当に。すみませんでした」頭を下げたまま、心からの言葉を絞り出す。「僕なんかにこの機会を設けて下さって、ありがとうございます」
「君は実に愚かなことをした」とナタリエの父君が言う。「人としても、貴族としても」
向かいの椅子に彼らが座る気配がした。
「君の父上からの謝罪は、既に受け入れている。君からの謝罪をどうするかは、ナタリエに任せる」
父君の言葉を受けて、そろそろと頭を上げる。
座ったと思った彼女は両親のそばに立って、こちらを見ていた。泣きそうな顔をしている。
その顔を見たとたん、考えていた言葉は全て飛んでしまった。
ただただ深く頭を下げ、すまないとの一言を絞り出すだけで精一杯だ。
長い付き合いの中で、彼女を怒らせたことはたくさんあったけれど、泣かせたことは一度もなかった。
胸がキリキリと痛む。
「ヴィンツェンツ」
彼女の声は震えている。それなのに僕は名前を読んでもらえたことに、ほっとする。
「私も、ごめんなさい。あなたをああさせてしまったのは、私が追い詰めたからだわ」
「違う!」頭を跳ね上げ、彼女を見る。「僕の能天気さが君を追い詰めてしまったんだ!」
「だけど私が、」
「違う僕が、」
「破棄宣言に関してはヴィンツェンツが悪い。だけれど元々は両方が等分に悪いのだよ」
そう声を掛けられて、声の主である老大公を見た。
「二人とも自分をかえりみないで、相手への不満を貯めていくばかりだったのではないかな。それでは上手くいくはずがない」
はい、と頷く。
「そこにヘンなのがちょっかいを出してきたから、ややこしくなってしまった訳だ」老大公は息をついた。「だから謝罪に関しては、そこを分けなければならない。まず、ヴィンツェンツの破棄宣言。しかも夜会という公衆の面前でだ。ナタリエはそれを赦すのか、赦さないのか」
「赦します」
即答だった。
「あの頃、私も彼を避けていました。ヴィンツェンツはあそこでしか、私を捕まえられなかったのでしょう?」
僕は頷く。
「彼が他の女性に惹かれるのも、理解できます。だから、赦します」
ありがとう、その一言すら出せなくて、また深く頭を下げる。涙がボタボタと落ちてゆく。
「それなら、後のことは二人でよくよく話し合いなさい。ワシたちは口を出さないから」
◇◇
涙が止まらないナタリエと僕は、しばらくの間並んで座って、なぜか老大公によしよしされていた。
それから僕はこの一年間、彼女に謝りたいと考えていたこと全てを、謝罪した。そして彼女も多くのことを謝ってくれた。それらは僕が嫌だなと思っていたことだった。
以前の僕たちに一番足りなかったのは、腹を割った話し合いだったようだ。