《春のとある日》1 - 私・緊張
ヴィンツェンツが近いうちに帰ってくる、とは聞いていた。
大公殿下の顔に泥を塗ってしまった以上(ちなみに本人はそこには頓着していないようだけど、貴族の常識を理解出来ていないのはいけないとのお考えらしい)、きちんと反省の態度を見せないといけないだろう。
だけれどのんき者でろくに剣術を習ったことのないヴィンツェンツが、国境警備隊でやっていけるはずがない。
取り返しがつかなくなる前に、除隊させてあげてほしい。
そう何度となく、老大公とヴィンツェンツの父上にお願いをしていた。
だから丸一年をもってして任務終了及び除隊と知ったときは、心底ほっとした。
そうして彼が帰って来ると聞いて。
……正直なところ、うろたえた。
ヴィンツェンツは私をどう思っているだろう。
昔の彼ならいざ知らず、他の女性に恋をした彼は、私を邪魔な存在と疎んだままかもしれない。私のせいで過酷な第七砦に送られたと恨んでいるかもしれない。
元々婚約者として態度が悪かったのは私なのに、何の罰も受けずにのうのうと貴族社会で過ごしていた。そんな私に腹を立てているかもしれない。
面と向かって婚約破棄を宣言されたときは安堵したというのに、一年もの長い冷却期間を置いたら、私は彼との繋がりを断ちたくないと望んでいることに気がついてしまった。
どうしてもっと早くに分からなかったのだろう。
そんな、今更どうにもならないことをぐるぐると考えていると突然、両親が明日ヴィンツェンツがうちに来るからと言って私は仰天した。
いつの間に帰って来たのかと問えば、昨日との答え。
何しに来るのかと尋ねれば、謝罪ではないかなとの曖昧な返事。
とにかく明日は老大公もいらっしゃるから必ず屋敷にいるように、そう両親は念を押したのだった。
老大公、と聞いて、そうかと思った。
きっと彼の顔を立てるために謝罪に来るのだ。
もしかしたら本気で済まないと思ってのことかもしれないけれど、そうじゃなかったらそのショックは計り知れないから、老大公のためにと思っておこう。そうしよう。
それから、私も自分の至らなかった点をきちんと謝ろう。
ヴィンツェンツが聞く耳を持ってくれたらだけど。
もし持ってくれなかったら……。
そんなことを延々と考えていて、ろくに眠れないまま、今日を迎えた。
鏡の中の私は顔色が悪く、くまがひどい。
ヴィンツェンツは私を糾弾したときだって、美しさだけは認めてくれていた。それなのに、こんなみっともない顔で一年ぶりの再会なんてしたくない。
小間使いに頼んで、なんとか顔色を明るく、くまが隠れる化粧をしてもらう。
……会わない間に化粧が濃くなったと思われたら、どうしよう。
そう言うと、小間使いは呆れたようにため息をついて
「それなら見栄を張らずに、素顔でどうぞ!あなたのせいで一睡もできませんでした、って書いた札を用意しますから、首から下げてくださいね」
と言って、本気で紙を取りに行こうとしたので、慌てて止めた。
落ち着かなくて、部屋の中をぐるぐる歩き回っていると、ヴィンツェンツたちが到着したと声をかけられた。
深呼吸をひとつする。
どうか最後に会ったとき以上に嫌われていませんように。
私はちゃんと謝罪ができますように。
そう願いながら、客間に向かった。