《春のとある日》1 - 僕・緊張
揃えた膝の上で両手を、握り、開き、また握り、を繰り返す。手汗がひどく、時々服になすりつける。
こんなに緊張するのは初めてだ。
右隣には父母が、その向こう、奥の椅子には老大公がこちらを向いて座っている。
国境警備隊に送られてかっきり一年。僕はあっさり除隊されて、都の屋敷に帰った。両親は、隊長から僕の報告を受けていた、よく頑張ったと労った。
正直な気持ち、そんな言葉は嬉しくなかった。僕は自分でも頑張ったとは思っている。だけどナタリエにしたことを許してもらえるほどの、禊は済んでいない。
だって僕は一年かけても、ようやく警備隊の見習い程度にしかなれていないのだ。頑張ったのは事実だけれど、盗賊の討伐なんかの危険な仕事には従事していない。マイナスがゼロになっただけのことなのだ。
……それに第七砦の仲間と過ごすのは、結構楽しかった。これじゃ罰になっていない。
両親に、まずは何をしたいか尋ねられて、僕はまだ帰れないと答えた。
まだ禊が済んだとは思ってないし、警備隊員として一人前にもなっていない。だから砦に戻りたい。
だけれど戻る前に、出来ることならナタリエに会って直接謝りたい。
そう言った僕に父は、ナタリエは僕のせいで心に深い傷を負ってしまったようで、まだ誰とも婚約をしていない、と話した。
それならなおのこと、僕はまだ帰るべきではない。
泣きじゃくる僕に両親は、自室で静かに過ごすようにと言い付け、どこかに出掛けた。
それが昨日のことだ。出掛けた両親はナタリエの両親と老大公に相談してくれたようだ。そしてこの席が設けられた。
僕はこれからナタリエに会い、謝罪するのだ。
すごく、怖い。
婚約する前の僕たちは仲が良かった。幼なじみだから思い出もたくさんある。それをぶち壊したのは僕だけど、今の僕は自分勝手なことに、ナタリエに侮蔑の目を向けられるのが怖いのだ。
一年、彼女から離れて冷静になって分かったことは、僕は彼女が嫌いじゃないということだ。
ただ、僕たちはお互いに何かが足らずに上手くいかなくなってしまっただけで、歩み寄ればきっと改善しただろう。それなのに僕は彼女が良くないと決めつけて、甘い言葉しか言わない女性に好意を持ってしまった。
あれは彼女に恋したんじゃない。彼女が見せる、優しく楽な夢に浸っていたかっただけだ。
愚かにもほどがある。
扉が開いた。公爵、夫人、そしてナタリエが入ってくる。
僕は慌てて立ち上がる。
ナタリエと目が合う。
相変わらず美しいけれど、僕が知っている彼女より大人びている。
それだけの月日が経ってしまったのだ。
深く頭を下げた。それでも足りなくて、もっと深く、深く。