《秋のとある日》3 - 私・晩餐
晩餐の席に来客があった。老大公だ。若い頃は国と国民のために獅子奮迅の活躍をしたそうで、広く崇敬されている。そして、ヴィンツェンツと私の婚約を取り持った方でもある。
趣味は仲人で、彼がまとめた結婚は必ず上手くいくらしい。唯一の例外が私たちで、この失敗を悔やんだ大公は、仲人を止めてしまった。
両親なんかは、娘の婚約が破綻したことよりも、レジェンドとまで言われる大公の趣味を止めさせてしまったことを、気に病んでいる節がある。
確かに。小さくてシワシワで、人の良さそうなニコニコ顔の大公を前にすると、こんな可愛らしおじいちゃんを悲しませてしまったことに不甲斐なさを感じてしまう。不思議だ。
彼は婚約が破談になったことを謝るだけで、決して私を責めない。またヴィンツェンツを悪く言うこともない。何故なのかは分からないけれど、正直、そのことには安堵している。
破棄宣言をされた当初ならいざ知らず、今は自分のいたらなさを痛感している。それに、ヴィンツェンツに悪い点はあったけれど、だからと言って、最低な人間だったわけではないのだ。
……婚約する前は、仲良かったのだ。私が将来に不安を抱いてばかりで、そのせいで上手くいかなくなってしまったのだ。
大人たちの会話がひと段落すると、老大公がこちらに顔を向けた。
「ナタリエ嬢は浮かないだね。つまらない話だったかな?」
「いいえ」
「ふむ。ワシに君を笑顔にできる話題があればよいのだが。喜んでもらえる話がとんと思いつかん。君から、何か良い話はあるかね?」
老大公は優しそうな表情だ。
実は、ひとつ気になっていることがある。どうしてヴィンツェンツと私を婚約させたのか。同じ公爵家で同じ年齢、更に幼なじみ。だからだと長いこと思っていたけれど、本当にそんな理由だろうか。
老大公が取り持った縁談は、私たち以外は上手くいっているという。家柄や年齢だけで決めていたら、そうはいかないのではないだろうか。
「お尋ねしてもよいでしょうか」
「なんなりと」
「何故、ヴィンツェンツと私だったのでしょうか」
老大公はニコリとした。
「勿論、ベストカップルだと思ったからだ。残念な結果になってしまったがね」
「どこがでしょう」
老大公はカトラリーを置いた。私も合わせて置き、姿勢を正した。
「ヴィンツェンツはのんき者だ。実利よりも好みを優先するし、そんな自分に気づいていない。典型的な趣味人なのだな。生活能力はゼロに近い。だが、貴族にしては素直だし、同好の士からは可愛がられる」
うなずく。その通りだ。
「一方でナタリエ、君は何においても完璧にやる性分だ。勉学にしろ振る舞いにしろ、血の滲むような努力をして、素晴らしい公爵令嬢の自分を作りあげている。ほら、あれと同じだ。白鳥。君は頑張りすぎで、手を抜くことを知らない。どんなことでも、常に全力はだめなのだ。適度に休む。立ち止まる」
ヴィンツェンツに、少しは力を抜きなよと言われたことを思い出す。あのとき私は、またのんきなことを言っていると腹を立てた。
「だからね、二人が一緒になり、お互いの足りないところを補いあえば良いと考えた」
老大公は哀しげな顔をした。
「だが、すまないね。ワシの考えが足りなかったようだ」
私は首を横に振った。
「考えが足りなかったのは、私です。補いあうなんて、思いもしませんでした。私は完璧だと自負していたのですもの」
高慢で優しさの欠片もなかった私。ヴィンツェンツに愛想をつかれて当然だ。
今頃気がついても、遅すぎる……。