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《秋のとある日》2 - 僕・森の中

 昼食のあと、僕は森に出た。午後の仕事は料理当番だ。これだって山間の砦では、警備や犯罪者の摘発と同じぐらいに重要な仕事だ。


 副隊長が、仕掛けておいた罠を見に行こうと声をかけてきた。彼と僕とあと二人、食堂で背中を叩いたラウルと肉をくれたヤーシュだ。


 獣道を縦一列で歩く。こういうとき、僕は必ず先頭にも最後尾にもならない。最近分かってきたけれど、ひ弱な僕に配慮してのことだ。


 どんな理由でこんな最果てに送られたのかは知らないけれど、公爵家の坊っちゃんだ、生きて帰さないとまずいだろう。


 みんな、そう考えているようだ。


 時々盗賊や密輸グループの討伐に出るけど、僕はいつも砦を守る居残り組だ。巡回中にうっかり出会ってしまったら僕も戦うけれど、必ず誰かが助けてくれる。

 でなければ、軍人の素養がない僕なんてとっくに(むくろ)だ。


 こんなお荷物な僕だ、そりゃハンクに嫌われてもしょうがない。


「それにしてもヴィンはたくましくなったな」

 後ろを歩くヤーシュだ。

 ヴィンとは僕のことだ。正式名ヴィンツェンツは長ったらしいから、みなヴィンと縮めて呼ぶ。僕も気に入っている。


 以前婚約者に、『立派なお名前なのに、中身が伴っていませんわよ!』と叱られたことがあるから。


「よく言い返したな」と最後尾のラウル。

「変な詮索をされるのは面倒だし」と僕。「それに最近ようやく、吹っ切れたかな」


 大人たちが勝手に決めた婚約を、イヤだと言って何が悪い。どうして僕だけが、こんな罰を受けさせられるんだ。どうして僕を追い込んだナタリエは、叱られることがないんだ。


 そんな苦い思いをずっと抱いていたけれど、近頃は自分の非も認められるようになってきた。


 僕はのんき者だ。

 普通貴族の次男三男は、独立に向けて早いうちから準備をする。だけど僕はしなかった。どうにかなるさと楽観的だったのだ。


 ナタリエは幼なじみで、婚約する前から僕の将来を気遣う発言をしていた。それを取り合わなかったのは僕だ。


 そんな男と婚約させられたら、将来が不安になるだろう。強い言葉を使って僕を奮い立たせようとして当然だ。自分の生活がかかっているのだから。


 それなのに僕は彼女に嫌気がさし、優しく甘く心地よい言葉しか口にしない他の女性を好きになった。今思えば彼女は、現実が見えていないだけの、僕と同じ愚か者だったんだ。


「よく分かんねえけど、お前は頑張っているよ。最初に見たときは、その日のうちに脱走すると思った」とヤーシュ。

 ラウルも、だよなあと同意する。


「食事を前に、『料理はどこにあるんだい?』だもんなあ」

 副隊長の言葉に二人が笑う。

「悪かったよ、僕は世間知らずだったんだ」

「素直なのがヴィンの取り柄だ」と副隊長。


 それはナタリエもよく褒めてくれた。婚約前は。

 婚約してからの彼女は叱咤ばかりで、笑顔はよそよそしかった。どうして僕は彼女の不安に気づくことができなかったのだろう。


「ヴィンツェンツ」

 と副隊長が僕の名前を呼び、藪を指差した。罠に野うさぎがかかっている。

「はい」

 と返事をして、そちらに向かう。ここへ来たばかりの頃は、やり方を何度教えてもらっても罠の解除ができなかった。だけど今はひとりで出来る。




 遅くなったけど、僕はちゃんと成長しているよ。

 そうナタリエに伝えたい。

 それに、君に向き合わなかった僕がいけなかったと、謝りたい。


 彼女は今頃どうしているだろう。新しい婚約者は、ちゃんと彼女のことを考える男だろうか。


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