《春のとある日》2 - 私・仲直り
ヴィンツェンツと私の話し合いが長くなりすっかり日も暮れて、このまま全員で晩餐を、ということになった。
大人たちが、彼らだけで話すことがあるからと言うので、私たちは小さな客間に移った。
小さな円卓を挟んで向かい合わせに座る。
思いもよらぬ謝罪を受けて嬉しくなり、また、自責を謝ることができて安堵をした。
その高揚が、部屋を移ったことでひと段落ついたのか、私は急に落ち着かなくなってしまった。
この部屋に入る前に気の利く小間使いが私を呼んで、涙で崩れた化粧を直してくれた。そうして鏡の中の自分を見て、一年前から全く成長してないことに気がついた。
ヴィンツェンツは、驚くほど変わっているのに。
そわそわしながら会話の糸口を考え、ヴィンツェンツをこっそり伺うと、バチリと目が合った。
そうか。彼もそわそわしていたのだ。
おかしくなって、二人一緒に笑った。
「ヴィンツェンツ」
「ナタリエ」
二人同時に呼び掛けて、どうぞどうぞと譲り合う。
「ヴィンツェンツ」結局、私が先に話すことにした。「国境警備隊は大変だったでしょう?無事に帰って来て、良かったわ」
「うん、まあね」
彼ははにかんだ。そんな表情を見るのは、いつぶりだろう。
「だけど僕は戦力外だったからね。大変ではあったけれど、危険なことはあまりなかったし、正直に話すと、気のいい人たちに囲まれて、未体験のことを沢山して、楽しかった。ごめん、全然罰になってないんだ」
首を横に振る。
「いいえ。私にも悪いところがあったのに、あなただけ過酷な罰を受けることになってしまって、心苦しかったの。そう聞いて、ほっとしたわ」
うん、とうなずくヴィンツェンツ。
「だけど、それなりに成長したとは思う。生きるのって大変なんだと、よく分かったよ」
「そうね、あなたはとてもたくましくなったわ」
「そうかな?」
また恥ずかしそうな顔をする、ヴィンツェンツ。
以前の彼とは全然違う。身体全体がかっしりしているし、顔つきが精悍になった。話し方は相変わらずのんびりとしているけれど。
「君こそ」とヴィンツェンツ。
「私?何か変わったかしら」
「大人びたよ」
「そう?ヴィンツェンツほどではないわ、きっと」
「そんなことないさ!一段と綺麗になって!」
勢いこんでそう言ったヴィンツェンツは、何かにはっとして表情を変えた。
「……僕のせいで、新しい婚約が出来ないと聞いた」
「違うのよ、あなたのせいではなくて、私自身の考えよ」
「だけど、」
「私が、自分に納得できなかったの。あなたが罰を受けているのに、私だけお咎めなしで新しい婚約なんて、理不尽だと思って。だけどもう、前に進めるわ」なぜか胸が痛むけれど。「あなたは彼女と上手く行きそう?修道院に入れられてしまったのでしょう?」
「いや、彼女には申し訳ないけれど、あれは僕の気の迷いだった」ヴィンツェンツはきっぱりとした口調で言った。「あの時の僕は、君との関係に疲れて、逃避したかっただけだった。彼女にも、そう謝罪の手紙を送った」
あ、手紙。と彼は呟いた。
「ごめん、君にも謝罪の手紙を出そうとは思っていたんだ。だけど書いても、出す勇気が出なくて。情けないけど、返事がもらえないかも、って考えると怖かったんだ」
「私も。自分にも悪いところが沢山あったと謝りたかったけれど、嫌われてしまっていたし、出すのが怖かったの」
ヴィンツェンツは目を見開いて、頭を横に振った。
「あの時の僕はどうかしていたんだ。君のことを、嫌ってはいない」
「そうなのね。ありがとう」
そこで会話は途切れ、手持ち無沙汰になって、とりあえずお茶を飲んでみる。
ヴィンツェンツは愛しの君の元へは行かない。
そのことを、私は喜んでいるみたいだ。
彼に綺麗だと褒めてもらえたのも、嬉しい。
空のカップの底を見つめる。
……私は、彼とやり直すことは出来ないのだろうか?
もし出来るのなら、今度は彼に理想を押し付けない。
「ナタリエ」
呼び掛けられて、目を上げヴィンツェンツを見る。
「とても身勝手なことを言う。僕とやり直してもらえないだろうか」
「……私も今、そうお願いしたいと考えていたの」
「本当に?」
コクリとうなずく。
「今度はもっと二人の未来を考える」とヴィンツェンツ。「好きなことしかやらないなんて子供じみたことから卒業する。どうやって生活をしていくのか、君の幸せは何かをちゃんと考える」
「いいえ、あなたは無理をしなくていい。私が働くわ」
「ええっ!?」
叫んだヴィンツェンツが拍子にカップを倒した。すかさず執事がやって来て、片付ける。
「同級生のリオネッラを覚えているかしら?彼女は今、侯爵令嬢なのに働いているのよ。貴族の娘だって、仕事を持っていいのよ!だから私が働く」
「何を言っているんだ。リオネッラはきっと祖父の持つ商会での話だろう?」
「ええ」
「君とは事情が違う」
「だけど、あなたにばかり期待して、私は家でのほほんとしているって、おかしいわよね。一年かけて、ようやく気がついたの。リオネッラのおかげで」
なぜかヴィンツェンツは頭を抱えた。
「それだけ僕は頼りなかったんだ。自分では分からなかった。情けないよ」
「良案があるよ」
老大公の声がして、見れば入り口に立った彼がニコニコとしていた。
「ワシが素晴らしい仕事を斡旋しよう」
「まあ!」
「止めて下さい!」とヴィンツェンツ。
「どうして?」
「僕は反省した。今度は甲斐性のある男になるよ。君を不安にさせないし、もう泣かせたくない」
「心配ない。難しい仕事ではないからな」と老大公。「住み込みの侍女だ。やることは、主人の話し相手と食事の同席。どうかな?」
ヴィンツェンツと私は目線を交わし、また老大公を見た。もしやと思うが、この話は……。
「どこのお屋敷の話ですか?」
「ん?ワシ」老大公はバチンと片目をつぶった。「最近、淋しくてなあ。うちは使用人たちもみな年寄りになってしまった。広い屋敷が寒々しくてかなわん。若い人たちが住んでくれたら、華やかになると思うのだよ」
再び、私たちは顔を見合わせた。
「殿下」と私。「侍女はできません。お給金をもらって話し相手になるというのは、嫌です」
ヴィンツェンツがうなずく。
「図々しいお願いですが、僕たちを居候させていただけませんか。そうしたら僕は住むところを用意したり、使用人を雇うお金を節約できる。毎日殿下とお話も、食事も一緒にできる」
「老人の相手をしてくれるのかね?」と老大公。
「もちろん!」私たちの声が重なった。
「殿下のお見立ては素晴らしかったのです」と私。
「ただ僕たちが子供すぎました」とヴィンツェンツ。「大公邸に居候させて下さい。そして僕たちがまた、すれ違いそうになったら、諌めてもらえないでしょうか」
「ふむ!長生きしたくなって来たぞ!」
老大公の嬉しそうな表情に、ヴィンツェンツと私は顔を見合わせて微笑んだ。




