精神的不気味の谷
序章部分はここまでとなります、以降は当面1日1話ペースであげていく予定です。
時は少しだけ巻き戻ってコンテナルーム内部での出来事だ。
娯楽用のモニタがついていて映画の鑑賞などができるし、I.E.S.でゲームだってできる――使用できるゲームはネットワークIDに紐づけされているので地球内と何ら変わりない。
しかしなんといってもここは無重力状態だ、しばらく浮いたり飛んだり宙返りして壁面に体ごとぶつかったりして遊んでたが、38といういい年こきまくったオヤジのやるこっちゃないとツッコミを受けてしまっても仕方がないところだ。
問題はそのツッコミすら受けないというところにあるだろうか、要するに暇なのだ。
グラヴィティ・アクセラレータは機体前方に指向性の重力点を生成して、そこに向かって落下し続けることで加速力を得るシステムだ。
人工重力発生装置の歴史はソコソコ長く、現代観点からすればローテクなものから今使われているものまで、幅広い種類のものが発表されている。
人工重力発生装置としてのプロトタイプ(巨大なものだ)の製造が2154年、その実験が2154年に行われたかと思ったら、その直後、文字通り直後の2160年に宇宙船に搭載可能なサイズのグラヴィティ・アクセラレータになっていた、というよくわからん進化を遂げた曰く付きの一品だ。
当然ながら、惑星重力圏内では使えないし、星系外に出るには全然力不足なのだが。
宇宙空間における大規模な重力操作装置というと代表的なもののうちの一つに宇宙ステーションがあげられる。
こいつについてはアゴが外れて銀河系を歩いて飛び出すようなスゴイケド・ワケガワカラナイヨ・テクノロジーが使われているわけではない。
ステーションの中心軸を起点にした外延部に設置されているモジュール構造を回転させ、その遠心力をもって重力を発生させているだけだ。
アニメやゲームで円筒形で回転しているスペース・コロニーや、恒星や惑星の周りをまわるリング・ワールドを見たことはあるだろうか。
原理的にはまさにそれで、地面が構造物の外側になるのが特徴だ。
しかしアニメやゲームなどと違い、居住空間まで1Gを発生させようとするのは流石にエネルギーの無駄遣いといえるので、0.4~0.6G程度ではあるが居住性には特に問題ないそうだ。
1G環境が必要な場合は、地上で高Gを発生させたいときよろしく、ステーションモジュールの一部をハンドスピナーよろしく高回転で回すことで補っているんだとか。
原理的には単純明快といえるかもしれないが、冷静に考えてみるとそれでもスゴイ・テクノロジーであることには変わりない。
もう一つが先述した宇宙用艦船推進システムのうちの一つ、グラヴィティ・アクセラレータである。
こいつがスゴイケド・ワケガワカラナイヨ・テクノロジーの代表で、科学的素養のない俺からすれば便利だなー程度の代物だが、科学を少しでも齧っている人からすればトンデモ・テクノロジーになってしまうようだ。
機体前方の何もない空間にお好みの重力"点"を生成させてという部分が、地球上の科学者や科学オタクや科学にわかどころかオカルトマニアまでの議論を白熱させている。
一番もっともらしい説明として極々小サイズのブラックホールを生成してんじゃねーかという推論で、そいつは公的には否定されている。
コイツの問題点は、それがイエスだとおっかな過ぎるし、ノーだとじゃあなんだよってツッコミを受けてしまうところだろうか。
それでもこのアイテムが公開されているのは、重力加速度を使ってとんでもない速度でかっとんでいくのが、光学観測でも見れちゃうからなのかもしれない。
もっとも、似たような速度出したいだけならば、燃料や慣性という制限を忘れて、核融合パルススラスターを全開でぶっ飛ばせば同じように飛べるわけだが、重力加速度推進にはそれらの制約がないのが利点だ。
とある古典アナログゲームの表現を借りて、現状の"セキュリティー・クリアランス"ではNDA契約済みの身の上でも明確な答えは得られなかったという回答でこの話題を締めておきたい。
仮に偉くなったとしても教えてもらえるかどうか微妙かもしれないが。
唐突にこんなことを言ったりしているのは、3か月間脳筋してるだけだと流石に暇だったので宇宙技術に関して少しばかりお勉強タイムにも充てていたからで、他の研修生組もおそらくやっているはずだ。
で、今もそうやってお勉強しているのかというとそうではなく、俺は久しぶりにゲームにいそしんでいた。
もはやここまで来てしまってはジタバタしたところでどうしようもないのでスーパーリラックスタイムってことだ。
俺は昔から新作よりはちょっと古くなった……アップデートが出尽くしたものを選んで買うタイプのおっさんで、更に言うとそういうゲームを少しずつかじってまた思い出したころにやり直すみたいなプレイスタイルを持っている。
1つのゲームをやりつくすタイプのプレイヤーは俺の憧れといってもいい、性格上そうできたことはないが。
それで今やっているのはそんなちょっと古めのゲームのうちの一つで、フルダイブVRと言えば一人称視点のゲームが多いがこれもそうなる。
ただしキャラクターは開発が用意したものを使用するというタイプだ。
このタイプのゲームで一番多いのはプレイヤーキャラクターの容姿が自分自身というものだが、この手の自分以外の誰かを操作するというゲームも一定以上の需要を持っている。
俺としては自分以外としてプレイするのゲームのほうが好きなのだ。
何が楽しくてゲームの中でまで自分自身を演じなきゃいかんのかとなってしまう。
ただし、自分自身以外の容姿のキャラクターになったところで、自分自身の言動を容姿側に合わせようとすると悲惨なことになったりする。
それを俺と俺が知っている少数の人たちは『精神的不気味の谷現象』と呼んでいる。
『不気味の谷』は人工物が現実の人間に近づくほどに人は違和感を感じてしまうというものだが、『精神的不気味の谷』はそれとは真逆の方向で発生する。
例えばおっさんである俺が女性キャラクターでプレイするとなったとき、動作や言動をおっさんが思う女っぽい感じで演じようとすると……率直に言うが気持ちが悪い。
そこで自分そのものとして演じると案外しっくりくるのだ、見た目がハイティーン・ガールやローティーン・ガールだったとしてもだ――雑に言うとだいぶガサツな言動の見た目麗しい女性になる。
これは現実よりのグラフィックのゲームで主に適用される考え方だ、逆にアニメ的なグラフィックならば、造形がそもそも現実に即していないのでどう振舞ってもそれなりに見える。
現実でもおっさん受けのいい媚び方をしている人は気持ち悪いのと同じようなものだ。
不自然さをどこかで嗅ぎ取ってしまうんだろうな。
結局、自身本来の精神性からかけ離れた言動は、その見た目によらず気味悪さというのが滲み出てしまうようで、見た目にかかわらず自分は自分と振舞うのが、他人から見ても自然ということだ。
俺がこのプレイスタイルを『精神的不気味の谷現象』と名付けるに至ったのは、とあるマッチョな男性インド人がほぼ無言で操るローティーン・ガールが主人公のプレイ動画を見たのがきっかけだ。
時折吐き出すドスのきいた暴言と鬼気迫る表情のローティーン・ガールが怪力無双しているのを爆笑しながら見ていたが、媚び媚びスタイルの言動でプレイするよりは全然自然だったので思いついて、そいつにコンタクトとったりしてマッチョマン周りのゲームコミュニティにいる奴らと議論したりしてそう結論づけるに至ったってことだ。
当然俺以外のゲーマーももしかしたらそうなんじゃねーかとどこかで思うところがあったようで、丁度その頃似たような議論の場が複数同時多発的にたっていて、喧々諤々って感じにはならなかったが楽しかった思い出の一つだ。
昔は世界中の奴らと自由に議論するのは難しかったかもしれないが、現代では言語の壁はないに等しい。
時代の進行や、I.E.S.の登場で、世界――仮想から現実までも――の色んなものの壁が取っ払われたわけだ。
いいことばかりじゃない、というのは言っておくべきだろうが。
そんなこんなでもうすぐ火星軌道ステーションに到着だ。
この先半年間は、はっきりとした休暇ってのはあまりないものだと思っている。
どうなるか想像もつかないが、別業種に転職するたびに味わっているので毎度のことだ。
死ぬ気で食らいついていけば人並みにはなれる……今回もいつも通り気合い入れてやっていくことにしようか。
グラヴィティ・アクセラレータは超がんばれば隣の恒星系まで飛んでいくことは可能です。
もし星系間の宙域に何もないのであれば、まっすぐ進めばいいわけですからね。
探査から採掘に進むまで、実際どのくらいの技術的進歩が必要になるんでしょうかねえ。