ブラック面接は一瞬で決まるのが世の常
書きたいように書いたため、なろう流ともいえる構成から外れてしまい前置き、というか序章が少々長めです。
宇宙に出るのはもう少しばかり後になります。
当日の朝、JAXA相模原のほど近くにあるビルのうちの一つ、その目の前までやってきた。
ゴーグルに表示されている時刻を見ると予定時刻の10分未満、早すぎるわけじゃないので大丈夫だろうと判断しビルの中に入っていく。
明らかな中古物件らしいあまり快適とは言えないビルの中の案内表示を見ると、2Fのワンフロアを貸し切っているようで、古めかしいエレベーターと、その脇から入る上り会談を見比べ、階段を選ぶことにした。
別に面接マナーとかいう異世界風習がどうとかいう崇高な話ではない。
ただ単に、こういう古めかしいオフィスビルの骨とう品みたいなエレベーターにありがちなスメルが嫌いなだけだったりする。
階段を上り通路に出た目の前の扉を見ると『株式会社ディスカバリー相模原支部』の文字がARゴーグルにポップする。
「失礼します、本日この時間に面接のアポイントを取った大和夏樹です」
ノックをしてから扉をあけながら、まともな会社に就職しようと思ったら、しっかりとしたマナーかどうかってのは色々言われるところはあるんだろうなあと転職ごとに思いつく与太話を今回も考える。
しかしブラック企業を渡り歩いてきた俺からすれば、人類の言語で受け答えができるなら不採用の烙印を渡されることがないことくらいはわかっている。
まさに、分相応って奴だ。
果たして、目の前の受付カウンターであろう場所に居座っているのは、どうにも丸っこい体形をしたこれまた愛嬌のある笑顔が印象的なラテン系ねーちゃんだった。
中南米な雰囲気を醸し出すこのねーちゃんは、まるで古のジャパニーズ・ガールが如く身長が低く丸っこいが、髪型は現代のジャパニーズ・ガールめいている。
そういえばテイヘン・コウジョウ・コミュニティで聞いた噂話の一つとして、このあたりの土地にはその辺の人種が昔から多いとかなんとか聞いたな。
今時ミックスド・レースであれなんであれ、ありふれているから気にする奴もいないが。
「はいお待ちしておりました。こちらへどうぞー」
日本生まれ日本育ちって感じがする違和感を感じないJapanese(言語)はARによる翻訳を介していない。
言語と人種がどっちもJapaneseなのは実際不便なんだよな、なんとかしてくれねーかなと英語を知ってからこの方ずっと考え続けているが、大昔からこのままだからこの先もこのままだろうか。
このARゴーグルによる同時翻訳機能が登場してから英語を習得する重要度が格段に下がった――それでもなお英語を習得する意味がなくなったわけではないが、外国人が日本に来る時の敷居もないに等しいレベルで下がったといえる。
ただJapaneseは何気にめんどくさい類の言語らしく、書き言葉話し言葉ともに省略すっ飛ばし前後の入れ替えなんでもアリなところがあるため、確度という意味ではまだまだ進化途上だったりする。
ともかく、このラテン・ガールの後ろをついていくと一つの部屋に行き当たり、そこに入るよう促されたので、ノックしてあいさつの一言を言いながら入る儀式を繰り返すことになった。
「ようこそディスカバリーへ!ヤマトさん、よくぞ来てくれました!ワタシはマイケル・メイソン・マイヤーズ、どうぞ3Mと気軽にお呼びください」
最後の部分はスルーしよう。
表現の自由を信じ正直に俺の感覚を告げるのであれば、超絶マッチョにして身長もクソデカで焦げ茶色な肌を持つ、タフな男のイメージ純度100%なアフリカ系アメリカ人がこれまた鍛え上げられまくった表情筋による見事なスマイルでそこに立っていた。
対する俺は表情筋は多分腐り落ちてるんじゃないかってくらいの"への字"気味の口元で、出会った瞬間に勝てないと色んな意味で本能が判断しちゃう系のアレだ。
ともかく、差し出されたクソでかくて分厚い右手を無視するわけにもいかず、えいやと言わんばかりの勢いでその手を握りしめたが、握りつぶされる寸前といった感じだ。
「経歴や技能は見せてもらったよ、いや面白いね!……あ、そちらのソファへどうぞ座ってくださいな」
このマッチョマンも流暢なジャパニーズを操りやがるようで、ゴーグルを介さない生の言語がきちんと入ってくる。
と、ゴーグルの片隅にディスカバリーローカルネットワークへの招待ポップアップが見えたので、正面のマッチョの頷くようなしぐさを見てAcceptする。
「エンジニア、接客、運送、電気と機械製造ね。辞めた理由はそれぞれあるけど、人間関係とかじゃないってのは珍しいね」
「そうですね、人間関係で辞めるってのは俺にとってはちょっとよくわからん世界です」
この答えにマッチョマンは「HAHAHA」と笑っている。
それはそうと退職時の社内評価ってのも送信されてるらしい……ともかくわからんものは仕方ない、人間関係で苦労したことねぇもん。
決して俺は陽気な性格をしているわけではなく、社交的であると考えたことなんて一度もない。
学生時代はずっと体育会系な生活だがインドア派なうえ強烈なソロ志向でなおかつ若干のオタク気質持ちだ。
ただ単になんとなく方法を学んだだけとも言える、そのコツは堂々としていること……である。
新人だろうかド素人だろうが右や左がわからなくなったガイジだろうが、その集団の中でなんとなく堂々としとけば紛れて目立たなくなるって寸法だ。
わかんねぇってキョドったりビビッて聞かなかったりしてやり過ごそうと思うと弾かれる。
堂々とわかんねぇあるいはできねぇから「できるようになるために教えてくれシャス!」とでも元気に言って、適当に気合いいれてやってりゃなんとなく受け入れてくれるって寸法だ。
それができりゃコミュ障やってねーよって声も聞こえる気がするが、人間ってのは本気で死ぬってなったらその瞬間から気合い入れて人格改造し始めるから大丈夫だ。
職失って家もなく飯を食う金なんてとんでもねぇって状況で、山の中で野宿したりしてたら嫌でも図太い性格にならぁね。
「OK、じゃああえて聞こう。なぜうちを選ぼうと思った、評判は知ってるはずだよ」
「やってみたけりゃやってみろって書いてあるんだからそりゃやるでしょうに」
流石の俺も苦笑いしながら答えることになる。
これも先ほどの話と同じで、俺は何かで一線級になれる能力はなく、どれほど頑張っても1.5から2流までだろう。
つまり人並みならなんとかなると思っているし実際にそうやってきたのだ。でなけりゃこんなに業種変えて――それぞれの難易度はともかくとして――その都度なんとかやっていけてないって話だ。
知っての通り宇宙空間での活動ってのはその世代世代での最強エリート共の遊び場で元来俺みたいなのは扉を見ることすら許されない場所だ。
そんな世界のはずなのに「誰でもウェルカム!」ってことは、そこをなんとかできる教育システムがあるってこった。
なら俺や、この地球のどこかにいたりいなかったりするだろう名も知らぬお前やアイツでもなんとかなる、はずなのだ……そうだといいなあ!
ガチ底辺が悲壮感漂わせてしまってはお仕舞である。
何でお前そんななのに楽観的なのと問われたならば、悲観的になったら生きていられないと答えるしかないのが我々だ。
悲観的に世や己をとらえる余裕を持てるような人生を送りたかったが、これはまあ己が積み上げてきたー―あるいはぶち壊してきた――ものの結果故に、どうしようもない。
「よく言った、歓迎するよヤマトさん」
ブラック企業ソルジャーの宿命という奴だろうか、面接即採用は俺にとって毎度おなじみの世界である。
ブラック臭を紛らわせるために小細工仕込んでくる会社もないわけじゃないが、それで騙せるのは職歴ゼロの学生くらいなもんだろうからね。
「かくいうワタシも宇宙に行きたくて行きたくてどうしようもなくてね、でもどうにもならなかったがこの会社があるという幸運に恵まれたのさ」
ゴリラを超えた何か級のマッチョが、乗り出すかのような体勢でウインクしながらいい笑顔で『俺』にサムズアップしてくるという経験は人生初だがすごい威圧感である。
この3Mを名乗るマッチョマンは、元アメリカ空軍でNASAの宇宙飛行士候補までいった傑物らしい。
アメリカ宇宙軍を希望したがなれず、NASAの訓練生まではいったが乗れず仕舞いで、それでも諦められずディスカバリーの立ち上げ時に飛び込んだってことらしい。
最初期のディスカバリーにはそんな奴らが文字通り山ほど集まってきたそうで、えり好みしなければならなかったそうだ。
もちろんすべて、本人談である。
「あー、ミスター・マイヤーズ。てことは俺みたいなド素人を宇宙に上げるのってやっぱり不本意なんですか?」
「Oh、3Mって呼んでくれよブラザー。それはそうと、元来君みたいなド素人にこそ宇宙に行ってほしい会社なのさ」
前半はスルーしよう、後半部分は普通に考えたらとんでもねぇこといってるな。
と、ここでARゴーグルのローカルネットワーク部分にものすごい物量のファイルがスタンバイしていることに気づいた。
雇用契約書に、NDA条項・・・NDAってなんだっけ?
第三世代VRシステム
技術は軍用から民間に降りてくるものであるが、この第三世代も同様である。
軍用としては不適格として、医療用として転用されたこの第三世代VRシステムは稀代の大発明とも言われることになった。
ヘッドセットに搭載されている装置により催眠状態となった使用者の脳に対し、電波を照射することで特定の世界の夢を見せるという形の仮想現実世界を構成するものだ。
脳さえ生きていれば、コントロールされた夢の中で、まるで現実世界であるかのようにふるまうことができるため、体を動かすこともできないような重篤な障害や病気を抱えた人のQOLの向上に非常に役立っている。
第三世代VRシステムは第三次世界大戦以前の技術であるが、医療用ととしては現代でも変わらず重宝されている医療機器としてはギネス記録を持つヒット商品である。
では一般商用としてはどうだろうか。
現代においては「約束された失敗作」として伝えられている。
催眠あるいは睡眠状態であれ、照射された電波により作られた世界で「自分は起きている」と脳が認識してまるで実際に起きているかのようにふるまえばどうなるだろうか。
夢遊病患者の出来上がりである――もっとも、ベッドから転落した時点で機器が外れ、痛みと共に起き上がるので夢遊病よりはマシかもしれないが。
しかしあらゆるVRシステム研究者が一般向けの発売に対する懸念を発表したなかで、ユーザからの熱い要望を受けたメーカーが半ば強硬ともいえる形で発売することになった。
当初の評価はデジャヴ感漂う「アニメの世界が現実になった!」であり、たいそう売れたのは言うまでもなく、当然のようにけが人が続出した。
結果的に一般商用としての販売は短命に終わることになるが、最後の最後でヤケクソのようにリリースされた第三世代VRエロゲはあまりのイカ臭さに伝説になった。
仮想現実で辛抱たまらなくなったとき、現実世界でも辛抱たまらないわけだが、それでも……そこにロマンがあったということ自体は否定する気にはなれない。
ゲーム世界であるので現実の許容を超える回数の辛抱たまらん状態が可能であり、そのたびに現実の肉体も辛抱たまらなくなるのだから、もう色々とたまることができない。
文字通り廃人と化したものが続出し、大規模な社会問題へと発展した。
この事態を受けてもなおVRエロゲが規制されなかった理由として、男性用だけではなく女性用も同時に発売されたからなのは間違いない、とディープな話題を扱う一部のネットコミュニティではまことしやかに噂されている。