ブラックホール企業ディスカバリー
開始から完結まで凡そ6か月であるので、展開はクッソスローペースです。
株式会社ディスカバリー……募集要項は年齢18歳以上で健康な男性もしくは女性、給料は頑張った分だけいくらでも。
社畜人な先輩や後輩同輩方はお気づきだろうが、この一切やる気を感じさせない文言でエントリーする馬鹿野郎はこの時代にだってほとんどいない。
せめて「笑顔の絶えないアットホームな職場です」くらいは書いたって損はねぇだろと思うほどの潔さである。
この非公開株式会社が宣伝するところによる業務内容は、全て宇宙空間に集約されているのが特徴で、Sol内の探索や資源開発などの仕事を行うということになっている。
いわゆるSFものならば用意されているであろうワープドライブの実現などの話は聞いたことがないので系外には行っていないはずだ。
そして誰でも入社できそうな敷居の低すぎる募集要項から、底辺社畜な俺でもなれそうな臭いがプンプンしている。
そう、ここまでならロマン的な意味でも迷わずエントリーボタンをポチりたくなるところだが、しかし一筋縄ではいかないのがこの株式会社ディスカバリー……ネットを探ると創立当初からブラックな噂で持ちきりになっている。
曰く、入社初日に遺書を書かされる。
曰く、笑顔で出発していった友人が廃人になって戻ってきた。
曰く、兄弟の遺体すら戻ってこず、ただ単に1枚の紙きれで死亡が知らされた。
曰く、行方不明者リストに載ったがその後音沙汰がない。
曰く、入社したら最後、帰ってこれない。
ついたあだ名が"生存率5%企業"に加え"ブラックホール企業"である。
ネットで見る限りは事故の発表や社葬が行われたり、遺族に補償金が支払われたケースもあるため全てが嘘ってわけじゃないだろうし、宇宙ならそんなもんじゃねと思う。
ディスカバリーはド素人でも採用して宇宙に放流しちゃうような会社なのだ。
一握り超一流の集団が訓練に訓練を重ねて、その中でも選りすぐりの一つまみがようやく宇宙空間での活動が許される……それでもミスを犯して事故で損耗を起こす。
というのが一般的な宇宙感であるのに、俺みたいなのが宇宙に飛び出たら真っ先に死ぬだろう。
遺書をあらかじめ書いておくなんてのは特にそうだろう、昔から宇宙に飛び出すようなプロフェッショナルはあらかじめ遺書を書いてからミッションに入っているはずだ。
ただまあ、そんな覚悟もなく飛び込もうとした人にとって、それは敷居が高すぎるという意見は一応理解を示すことは可能である。
宇宙空間にデブリを撒き散らすことにはなるが、地球軌道上で死ななきゃいいだけだろう?
立派な職業についている先輩後輩同輩諸氏はそのまましっかりと生き抜いていただきたいものだが、俺にとっては宇宙で死ぬか地球で死ぬか程度の違いしかない。
俺はタバコを灰皿に押し付け、フーッと息を吐いてから目線でエントリーや個人情報が一緒に送信される云々を示すボタン表示にAcceptをして情報を送信した。
これで送られる情報は国に登録された企業によって多少の差異がある。
例えば工場と銀行では必要な情報が違うからだ。経歴や各職場での技能評価値、健康状態などは共通項目だが、例えば銀行などの金融系では支払いの滞納状況なども送られているはずだ。
公的機関ともなるとSNS上での活動状況なんかも入るだろし、監視社会といってしまえばそれまでだが、底辺社畜人にとっては経歴にせよ技能にせよ正直モニタリングされてようがどうでもいい話だ。
あえて隠したいものがあるとすれば股間から申し訳ながらぶら下がっているソーセージのサイズ感や使用状況くらいなもんで、他は良きも悪きも隠したいものなんてそうはない。
「つーわけで、俺は宇宙に行きますわ」
「マジかよ馬鹿じゃねえの、今週末"葬"別会開いてやるわ」
職場でゴリラにそう告げるといい感じのリアクションが得られ、まだ採用どころか面接すらしてねーよと突っ込みつつも落ちるという心配はしていない――なにしろブラックホール企業だ。
この会社ではそれなりの期間やってきたが、底辺稼業を渡り歩いてきたので帰属意識とかそういうのはないのは幸いだろうか……野郎の独り身という気楽さもあるが。
非常に軽いノリで始まった転職活動だが、とりあえず現上司には伏せたままでいく。
実際には離脱者が大量に出ることは予想しているはず、まあ心情的な意味合いがないとは言い難く大っぴらにやるのもアレだろう。
ともかくI.E.S.のサポートを受けて仕事をするのって割と簡単だし一度体が覚えてしまえばサポートも必要ない。
雰囲気としては緩めの体育会系、底辺工場作業員の仕事も嫌がらずにやってみてほしい……運送業はやめとけな?
エントリーを送ってからすぐに返信がきていて、どうせ有給はダダあまりになっているので有給を取得して平日の朝っぱら――午前中指定はあちら都合とのこと――から面接ということになった。
面接はVRでとはいかない、第四世代が一般化してからしばらくはそれが流行ったらしいが今では過去のものである。
仕事やその他やり取りを全部I.E.S.ネットワークで済ませられる職種も沢山ある現代では、使用者と労働者が直接顔を合わせる面接というものの重要性が見直されて久しい。
その当時は時代の後退だとかなんとか色々言うやつもいたらしいが、雇用する側だって色々事情があるんだから文句ばかり言ったって仕方あるめぇよ。
俺が指定された面接地は相模原市、ディスカバリーの事務局は軍の基地やJAXAの拠点近くなどに設置されていて、最寄がそこだったという形だ。
特に問題があるわけではないので了承の返事を返して当日を待つということになる。
第二世代VRシステム
ヘッドセットに搭載された液晶画面を見て、脳波操作にてゲームをしたり映画を鑑賞したりするタイプのシステムのものをいう。
開発から発売にかけて、アニメの世界が現実になったなどとたいそう話題になったらしいが、これもまた現代ではARというカテゴリに含まれるものである。
脳波操作したところであくまで意識は現実の世界にあり、ただ単により操作の自由度が増したというだけのことなのである。
現実世界に意識を置いたまま脳波だけで操作するのは相応に難しく、スティック型の補助コントローラーが同時発売された。
当初は"補助輪"としてコアなユーザたちが揶揄していたが、"補助輪"を使ったほうがより操作制度は増すということが知られてからその評価が一変した。
実際補助コントローラーには機能はついていなく、ジョーク含みでスティック状の駄菓子をもってプレイしたら、補助コントローラーと同等のパフォーマンスを得ることができたというちょっとした事件もあった。
しかしゲーム機としては紛れもなく傑作機であり、文字通りの長期間第二世代VRシステムはシステム面や性能面で更新され続け、今もコアなゲームユーザーに愛され続けている。