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逃したサカナ

作者: 黛ちまた

……ヒーローがヤンデレになっていく……。




ヤンデレ職人を目指そうかな……。


 面白くない。

 何が面白くないって、サキコの事だ。

 ずっとオレの事を好きだった癖に、オレにフラれた途端、ユキ兄と付き合うなんて。

 オレへの想いなんてそんなもんだったのかよ。

 そりゃ、オレはサキコを幼馴染以上には見られなかったし、サキコの友達の椎崎を好きになった。

 だからって、何も幼馴染としての関係まで切る必要あんのかよ。


「橘、可愛くなったよなぁ……」


 オレの隣にいるマサルが、サキコを眺めながら呟いた。


「マジ、それな」


 オサムも同意する。


「アレ、絶対彼氏効果だよなぁ」


 二人の視線の先にいるサキコは、エリカ達と楽しそうに喋ってる。

 オレがショートカットが好みだと知ってからずっと短かった髪を、今では伸ばしてる。ユキ兄の好みなんだろうか。

 伸びてきた髪を耳の後ろにかける仕草が、サキコが異性である事を思い出させる。


 以前は口を開けて笑っていたのに、今ではそんな風に笑わない。

 少し目を細めて、眩しそうに笑う。


 オレを好きだった時のサキコは子供っぽかった。

 ユキ兄と付き合い始めてから、サキコは急に女らしくなっていった。


 大人っぽい女子は他にもいる。

 でも、目に見えて変わっていくサキコに、オレはどうしていいのか分からない。

 置いていかれているような気になるし、オレでは駄目だったのだと言われている気になる。

 ユキ兄はもう大人の仲間入りを果たした。ユキ兄と競ったって敵う訳無いって分かってるのに、気持ちが焦る。

 オレが好きなのは椎崎なんだから、サキコがどう変わろうと関係ないのに。


 サキコと疎遠になってから椎崎と話しにくくなったのは間違いないけど、別に全く話せない訳じゃない。以前みたいに遠慮した雰囲気が椎崎からなくなって、むしろ良くなった部分もある。

 それなのに、サキコが気になって仕方ないのは、みんながサキコを話題に上げるからだ。


「それにさ、何か大人っぽくなったよな」


「もう彼氏としたんかなぁ」


 止めろ。


「相手、二十歳過ぎてんだろ?普通にするだろ」


 止めろ!


「この前二人で歩いてるトコ見たケドさ、彼氏顔面偏差値超たっけぇの!ちょーイケメン!」


「止めろよ!」


 思わず叫んだオレの声に反応して、教室がシン、とした。

 クラスメート達の視線が刺さる。

 サキコも見てる。その目には、オレへの好意なんか微塵もなくて。それがまたオレをイライラさせる。


 オレは教室を飛び出した。




 幼馴染で、いつもオレの横にいて、オレの事が好きだと言う顔をしていたサキコは、オレにフラれて直ぐに、別の幼馴染のユキ兄の彼女になった。


 5コ上のユキ兄は、同性のオレから見てもイケメンで、いつも隣には異性が並んでた。

 でも、ユキ兄はずっと前からサキコが好きだったって言う。

 ユキ兄はオレに礼を言った。

 サキコを振ってくれてありがとう、って。その瞬間、頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。


 心の何処かで、サキコはずっとオレを好きでい続けるって、根拠のない自信があった。

 サキコに想われてる内に、オレは無意識に自分に価値があるような錯覚に陥ってた。

 子供っぽさがあっても、サキコは可愛かった。可愛い幼馴染にずっと想われてるオレ──自惚れてた。


 ユキ兄と付き合い始めてから、サキコは可愛くなった。

 仕草とか、雰囲気とか、心なしかスタイルも良くなっていってる気がするけど、それは成長期だからだろう。

 頭の良いユキ兄から勉強を教わってるらしくって、成績もどんどん上がっていく。


 オレを追いかけて、オレの横に並んで歩いてた筈のサキコは、オレのずっと前を歩いてて、今はもう背中しか見えない。


 あの日、幼馴染はもう終わりだと言われた。

 オレの中では変わらずに幼馴染なのに、もう、違うってアイツは言う。


 オレの知ってるサキコは何処にもいなくなった。




 ◇




 幼馴染なだけあって、生活圏内が重なる所為で、ユキ兄とサキコが一緒にいるのを嫌でも目にする。


 並んで歩く二人は、手を恋人繋ぎして、楽しそうに寄り添って歩く。

 ユキ兄は前よりも優しい目でサキコを見つめてる。サキコが好きだって、目が言ってる。


「サキコちゃんがユキト君と付き合いだしたって言うの、ホントだったのねぇ」


 隣を歩く母親が言った。


「女は愛されると美しくなるって言うけど、ホントね!サキコちゃん、ホントに可愛くなったもの」


「……うるさいよ」


 毒づいたオレの肩を母親が肘で突く。


「ナニ不貞腐れてんの?アンタがフッたんでしょ?」


 そう言って母親は二人に大声で話しかけた。


「ばっ!止めろよ!!」


 あっちは恋人同士で歩いてて、こっちは母親と歩いてるなんて、なんなんだよ、スッゲェイラつく。


「オバさん、こんにちは。タケルも」


「オバさん、こんにちは。……タケルも、お疲れ」


「……おぅ」


 おまけのようにされる挨拶に、またイライラしてくる。

 そんなオレを見てユキ兄がフッと笑う。

 ──馬鹿にされた、そう思った。違うかもしんないけど、そんな風に思えて仕方なかった。


 以前は毎朝オレを起こしに来ていたから、母親とサキコはよく喋ってた。あれからサキコはうちに寄り付きもしないから、母親としては不満だったらしい。


 あんな可愛いコを振るなんて、いつか罰が当たるって言われた。そんな事言ったって仕方ないだろ。オレが好きになったのは椎崎だったんだから、と反論した。

 母親に頭を軽く叩かれた。

 アンタはサキコちゃんの気持ちを分かってた。その上であんな態度を取り続けたでしょ。それが悪いって言ってんのよ。人の好意の上に胡座かくようなマネして、いやらしい、と罵られた。


 サキコからオレに向けられる好意は、面倒くさく思う事もあったけど、悪い気はしなかった。思わせぶりに思われる事も、幼馴染なのを言い訳にして、サキコの気持ちがオレから離れないように、していたと思う。


「じゃあ、またね、おばさん」


「またねー」


 ユキ兄とサキコはまた手を繋ぎ直し、ユキ兄の家の方に向かって行く。


 マサル達の言葉が頭の中で回る。


『もう彼氏としたんかなぁ』


『相手、二十歳過ぎてんだろ?普通にするだろ』


 ユキ兄と抱き合うサキコの姿が頭に浮かんでくる。


「なんて顔してんのよ、みっともない。アンタもさっさとエリカちゃんだっけ?に告白して彼女になってもらったらー?」


「うるっさい!」


「あー、ハイハイ。逃したサカナは大きかったわねぇ」


 そう言ってオレを置いて母親も歩き出した。


 逃したサカナ──。




 ◇




 マンガを買いに行った本屋で、ユキ兄を見かけて、思わず身体がびくっとした。

 周囲を見回したけど、サキコはいないみたいだった。


 オレの視線に気が付いたのか、ユキ兄は本から顔を上げてこっちを見て微笑んだ。


「やぁ、タケル」


 この前と違う、いつものユキ兄の雰囲気にホッとした。


「ナニしてんの?」


「面白い本がないか探しに来たんだよ。サキも今日はユリカと出かけているから暇で」


「ユキ兄さぁ、大人なんだからもっと遠いトコにサキコを連れてってよ。幼馴染の二人がいちゃついてんのなんか、見たくねぇし」


 皮肉を込めて言うと、ユキ兄が目を細めた。


「わざとだからね」


「……え?」


「気持ちを知っていながら5年もサキを傷付けてたんだから、これぐらいで音を上げないでよ、タケル」


 血の気が引く。


「……ナニ、言ってんの?ユキ兄、つまんねぇよ」


 声が震えそうになるのを、腹に力を入れてぐっと堪える。


「サキはどんどん可愛くなっていくでしょ?もっと可愛くなるよ。タケルがサキの価値に気付いても、絶対にあげないけどね。

 サキも、自分の気持ちを知りながら、いいトコどりしてたタケルには不信感しかないみたいだから、どう足掻いても無理だけど……」


 ユキ兄は恐ろしくキレイな笑顔をオレに向けた。


「サキがオレに愛されていくのを、指を咥えて見ていると良いよ。

 オレはサキがこの世で一番大切だし、傷付けないように細心の注意を払って、オレだけを見てもらうように努力し続ける」


 足元の床が抜けるような感覚に襲われる。

 そんな、違う。

 オレが好きなのは椎崎なんだから、サキコの事は異性として好きじゃない。アイツは幼馴染なんだから。


「じゃあね、タケル」


 ユキ兄が去った後、どうやって家に帰ったのか記憶がない。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、考えがまとまらない。


 オレは椎崎が好きなのにと、椎崎の顔を思い出そうとするのに、チラつくのはサキコの顔で。


 オレはやってしまったのだと理解した。

 サキコの想いに応えられないのなら、ある程度はっきりした態度を取れば良かったのに。

 曖昧な態度でサキコの気持ちを良いように扱った。

 オレを好きでいて欲しかった。


 結果、オレは幼馴染を二人、失った──。


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