コンビニへ
真っ暗な道を歩く。遠くに見える光がコンビニだそうだ。周りにも建物はあるが民家ばかりで明かりがついていてもそこまで光らないので道は暗い。街灯が少ないうえに車の通りも少ないのでスマホのライトで明かりをつけなければろくに歩けない。さっきのこともあり正直動揺しているというのに、隣を歩く男は、
「へぇ、結構都会から来てんなぁ。なら、こんな真っ暗なん慣れへんやろ?親は?どうせなら車で送ってもらえばよかったのに」
理解はできる。しかし、どうも聞きなれないこの話し方が腹立たしかったが耐えつつ、
「親はいません。離婚しました。その後、両親とも再婚を望んでいたため僕が邪魔になり戸籍上は父親の子ということになっていますが、ここに一人、死んだ祖母の家を借りて過ごすことになっています」
こういった話をすると大体の人間は同情するか、黙り込む。少なくとも話し続けにくくなるようだ。それでいい。慰めの言葉をかけられるほど僕は落ち込んではいないし、話をしたいと思うほど僕は会話好きじゃない。だというのにこの人は…
「はー、大変やなぁ。まだ若いのに苦労して。でもまぁ、この町の人ら優しいし、たぶん大丈夫やで。大変やと思うけど頑張ってな。ところでさぁ、死んだ祖母の家ってもしかして旭さんじゃないよな?」
ずっと下を向いていたが、驚きのあまりその男の顔を方ものすごい勢いで見てしまった。
「そう、ですが、なにか?」
当然言葉に詰まってしまう。この男、祖母の知り合いか?怪しい、そして怖い。なぜ一発で当てたのだ。いろいろな思いが錯綜し、身構えていると男は、
「はー、やっぱりかぁ。いやさぁ、俺な?住所不定、家無しやからさぁ、どっかええ所ないかなって探してたら古いわりに妙にきれいな家があったから目つけててんけど、そっかぁそういうことなら他探さなあかんなぁ」
そう言われて、体から力が抜けた。なんだこの男、図々しくも空き家の査定をしていたのか。というか、住む気だったのか。危なかったもう少し引っ越すのが遅かったら家でこの男と出会うことになっていた。怖いにも程がある。
そうしているうちにコンビニについた。
男はコンビニでは付き添わず、休憩スペースで一休みすると言って座りながらコンビニ袋からお茶のペットボトルを出してくつろいでいる。今日はそんなに寒くないはずなのにホットだった。寒がりなのか?そう考え出すとここまで話しておいてなんだが、名前を聞いていないし教えてもいないな。まあ、必要かどうかは別問題ではあるが。あの男、家無しで、よそ者って言っていたが今はどこで寝泊まりしているのだろう。いろいろ考えながら買い物を済ませる。カップ麺を買ったので休憩スペースでお湯を入れていると、
「はー、若いのにカップ麺?体に悪いからやめたほうがええよ。もっと栄養あるもん食べや」
と言ってきた。出会いがしらフランクフルト頬張っていた上に、今もドーナッツ食べながら話している、コンビニ袋にポテチまで入っている男には言われたくない。なんだ?わざとか?ツッコミ待ちとか?そう思いつつも無視する。
「そういえば、名前、なんていうんですか?」
「ん?ああ、名乗ってなかったから呼んでくれへんかったんか。寂しかったんよなぁ。こんなにもおしゃべりしてるのに呼んでくれへんなぁって思ってた」
もっともみたいなこと言っているが、そういうあなたは少なくとも僕の苗字、祖母の家の表札で知っているのに呼んでないだろ。
「野衾焔っていいます。以後よろしくー。漢字の説明は省かせて欲しいって言おと思ったけどスマホで見せればいいな。こうやって書くよ。できることなら苗字で呼んでくれると嬉しいなぁ。ほら、ほむらって女の子っぽくない?」
名前を言うだけで何文字話すんだこの人。と、呆れている場合じゃない。
「僕は旭陽光です。一文字の旭に、太陽光の陽光で旭陽光です。どちらで呼んでもらっても結構です。よろしくお願いします」
淡々と挨拶を済ませ、カップ麺を食べ始める。
「ようこう、珍しい名前やなぁ。そういえば何歳?高校生ぐらいに見えるけど、大学生とか?」
人が食事をしているのに質問をしてくるとは、驚いた。この人はマイペースが過ぎる。
「高校生です。春から近くの朝貌高校に通います。二年生で転校生ということになります」
「ああ、あの面倒な字を書く朝貌高校。そっかぁ、二年生で転校となると空気に馴染めへんだり、いじめとか心配やし大変やなぁ。俺の知り合いもあそこ通ってるで。同い年やし仲良くなれるとええなぁ。その子の姉が生徒会長やってるから困ったときは頼るとええよ。そういえば、あの朝貌って漢字、アサガオって読むくせにキキョウの花のことらしいで。ややこしいよなぁ、漢字って。いろんな意味とか読み方があるから苦手やねんなぁ」
本当によく喋るな、この人。会話じゃなくて一方的なんだよ。どういう風に返事すれば正しいのかさっぱりわからない。あと、やっぱり関西弁が聞き取り辛い。それになんだって?この自称おっさん、高校生に知り合いがいる?この人が高校生と会話しているとかなんか犯罪っぽくないか?いや、僕も高校生なんだけど。
「そうですね、二年からなんで、とりあえず友達ができるのか心配です。でもまあ、浮きさえしなければいいかなって思っています」
「知り合いがいるのですか、それは安心です。何かあったら話しかけてみます」
「あれ、キキョウって意味なんですか。初めて知りました」
と、無難に返す。会話というよりは、メッセージの返信のような文章になったが問題ないだろう。これ以上喋られ続けても面倒なのでそそくさと食事を終え、コンビニから出る。
「そういえば、家無しということですが、今日までどこで過ごしていたのですか?」
気になっていたので聞いてみた。こちらばかり質問されて疲れていたのかもしれない。
「ああ、今日見てたあの工事中の建物に居座ってるよ」