未知との遭遇
霊感の有無に関係なく、妖怪というものは見えるらしい。
僕、旭陽光は動揺していた。骸骨が見える。変なオーラを放ちながら、その巨体を動かしていた。人の骨、骸骨であるのにも関わらず、そいつは人のサイズではなかった。建設途中の一階建てのスーパーマーケットであろう建物の天井をぶち破り上半身が出ていた。下半身はないのか、それとも地面に埋まっているのだろうか。何にしてもその大きさには度肝を抜かれたとしか言いようがない。工事中だったのか作業員たちが「出たぞー!」「非難しろー!」といっている姿を見るに僕だけではなく周りからも認知されている化け物がこの先も僕の前に現れるのかと思うと目眩がした。
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「ごめんな陽光」
「母さんたちも話し合ったのよ。でも、こうするしかなかったの」
「お金は二人で負担する。心配しなくてもいい。家は死んだおばあちゃんの家を好きなように使いなさい」
「じゃあね陽光、愛しているわ」
愛ってなんだよ、そんな顔で、こんなことしておいて、愛だなんて言わないでくれ。僕の中の愛の定義がわからなくなる。
僕が高校二年生になるころに、転校する羽目になった理由は、簡単だった。両親がともに浮気をしていた。両方が離婚と浮気相手との再婚を望んでいた。そして、再婚には僕が邪魔だった。僕は、何も反論せず了承した。もともと共働きで家にいることが少なかった両親との別れ、正直何も感じなかった。映画やドラマでは子供が泣きつき離婚しなかったりする。しかし、あれもフィクションなのだなと思うほどあっさりしていた。親権は一応父親が持ち、苗字は旭のまま、お金も住処の心配もなく高校生活を別の場所で送るそれだけの事だと思った。
しかし実際は、心に来るものがあったのか、これから自分の家になる場所への移動中、電車の中で僕は目を覚ました時、涙を流していた。馬鹿らしい、あんな勝手な両親のために涙を流すなんて、腹が立って仕方がなかった。
荷物のほとんどは先に送ってあったため、電車では身軽だった。都会から田舎への移動。正直、田舎といっても、どのレベルの田舎なのかも検討がつかず、電車からほとんど人がいなくなることに不安を感じていた。
「電車って、こんなに人がいないことなんてあるのか」
そうつぶやき、スマホで時間を見る。もう少しだな。電車の時間を調べた際、自分がこれから行く町の最寄りの駅に、電車が約三十分ごとにしか来ないことに驚かされた。
葉海町、僕がこれから住むことになる町の名前。改札を出て、さっそくスマホを使い、家の場所を調べる。父親には、「送っていこうか?」と聞かれたが、正直気まずいので遠慮した。地図を見て気づいたが、これから住む家は駅へも高校へも割と近く、優良物件じゃないかと心底喜んだ。なにしろ、もともとの高校へは電車を経由し、バスに乗っての登校だったのでこれだけ近ければ自転車もしくは徒歩で通うことができる。ありがたい話であり、今回の離婚から一人暮らしまでの一件、悲観することばかりではないのかもしれないと少し思えた。
難なく家につき、父親から預かっていた鍵で家に入る。父親曰く、家は業者に頼んで掃除してもらってあるそうだったのだが、少し古い以外人が住んでいた痕跡も見られなかった。もともとは祖母の家だが、祖母との面識はあまりなく、幼稚園の頃に一度と小学生のころに葬式で見た程度であまり覚えてはいない。二階建てで和室以外はフローリングで意外と新しさを感じさせた。風呂やキッチンもピカピカでどうも違和感があったがそういえば昔、父がこちらに移り住むかもしれないとリフォーム工事していたのを思い出した。一通り見て回ったが、仏壇などを含め、一切祖母のものはなく、新居のようにもぬけの殻の家に僕の荷物が入った段ボールが積まれていた。一階はリビングとキッチン、和室、物置っぽい狭い部屋と洗面所、トイレ、風呂だったため自室は二階にすることにした。この家は玄関を開けたらすぐ階段であり、階段が家の中心にある。階段から左が手前から和室、物置、洗面所と風呂、右がリビングとキッチンで会談の裏にトイレがあった。外見からも思ったがこの家は正方形である。二階は階段を上がってすぐにトイレ、階段を中心に左右に四部屋あった。トイレに近い二つの部屋は他二つの部屋よりは少し狭く窓二つとクローゼットがあり左右対称になっていた。残り二つの部屋は少し広めで同じく窓が二つあり、片方にのみクローゼットがあった。日当たりのこともあり、僕は広いクローゼット付きの部屋を自室にすることにした。
この町についたのが、十六時ごろで、荷物を片付け終えたのが十九時過ぎだった。辺りはすっかり暗くなっていた。家具は冷蔵庫に洗濯機、電子レンジと一通り揃ってはいたが食材がない。諦めてコンビニ飯にしようと思い検索をかけて驚愕した。駅からここへ向かってくるときにも思ったが、この町、コンビニどころか店も少なく民家ばかりなのである。なぜ駅前にコンビニがないのか理解不能だった。
「通学とか関係なく自転車、買ったほうがよさそうだな……」
ため息交じりに呟きながらスマホに従い、コンビニへ向かう。まだ七時過ぎだっていうのに店が少ないせいか、それとも街灯が少ないせいか真っ暗で薄気味悪い道をスマホのライトで照らしながら歩く。アスファルトにひびが入っていて普通に歩くだけでも危険極まりない。車の通りも少ないし、人なんて駅以降一人として見ていない。この町本当に人住んでいるのかと疑いたくなるが、民家は電気がついているし、かすかではあるが人の声も聞こえる。
「ここからまだ二十分もかけてコンビニに歩くって、ここドがつくほどの田舎なんじゃないか?」
絶望からか、疲れからか、独り言での愚痴が増える中、妙に明るい場所にたどり着いた。黒と黄色のトラ柄フェンスにクレーン車、大人の男性の野太い声から工事現場だと気づく。こんな時間までご苦労様です。そう思いながら横目に見た時、僕は驚愕した。
スーパーマーケットか何かを建設していたのであろうその一階建ての建物の天井から突き出したそいつは、小学生のころ理科室で見たことがある。人の骨、骸骨だった。しかし、そのサイズは過去に見たものと比較にならないほど巨大であった。頭から胴、上半身が飛び出していた。手だけでクレーン車をつぶせそうなその骸骨は、僕にだけに見える幻覚などではなくの周りの人間に見えているようでフェンス向こうでは「うわぁー」といった悲鳴と「非難しろー!」といった指示が飛び交い阿鼻叫喚であった。目の前で起こる非現実的な出来事に、引っ越しの疲れで実は今、僕は寝ていてこれは夢なのではないかという現実逃避をしていると、僕と同じくフェンスのこちら側からフェンスの向こう側で起きている、あの非現実的現象をへらへらと笑いながら見ている男が目に入った。
男は身長180cmほどの長身で体格は普通。スーツ姿で眼鏡をかけている。少し目つきが悪く笑い方もなんというか、品がない、悪巧みをしているみたいな笑い方だった。手にはコンビニ袋を持ち、フランクフルトを頬張っていた。僕がそちらを向いていたことに男も気づいたようで。
「なんか用?」
と、相変わらずへらへらと笑いながら話しかけてきた。おそらく関西弁で。あまり関西弁を聞いたことがあるわけではないので自信はないが少なくとも標準語の発音ではなくどこかの方言交じりの話し方である。こちらが返答する前にその男は、
「なんかお洒落さんやなぁ、町の外の人やろ。ここ最近は、あのがしゃどくろのせえで、ここら辺通る人なんかおらへんもん。妖怪、初めて見た感想はどう?にしても初めて見る妖怪があんなインパクト強いやつやなんてかわいそうになぁ。あかんでぇ?こんな時間に外、しかも徒歩なんかで出たら。他の人に言われやんかった?ここは妖怪の町やって」
方言がきつく聞き取り辛いが、なんだって?妖怪の町?そんなもの聞いたこともないしこの世に存在していいのか?そんな町……、そう思いながら骸骨の方を見る。あれ、がしゃどくろっていうのか、なんともわかりやすいネーミングだ。しかし、いろいろ話されたな、同返事をしたら正しいのだろう。そう困惑している僕を見てまたもや男が話し出す。今のところ僕、一言も発していない。
「ああ、こんなおっさんに急に話しかけられたら、そりゃ驚くよな。わかるわかる」
おっさんというには少し若く見えなくもないが、確かに声は低く、長身で、スーツなのになぜか黒い手袋、髪はきっちり固められたその男は、比喩表現などではなく歯がギザギザしていて、この男も実は妖怪なのではないかと警戒しているのは確かである。しかし、僕が今この男に返答できないのは、純粋にこの男の方言交じりの喋りと質問の多さ故である。
「まぁまぁ、警戒したい気持ちもわかるけどよそ者同士仲良うしよや。そういやなんで外出てんの?散歩?それともどっかに用事?」
初対面の人にこんなこと思うのもどうかと思うが、方言がうざったい。
この男に対してはいろいろ思うところがあったがとりあえず、
「あの、コンビニってこの先であっていますか?」
道を尋ねた。