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4話

『セックスしないと出られない部屋』が目的だが、いちおう、依頼は受けておくべきだろう。


 冒険者を統括するギルドがあった。

 そこは仲介業者や斡旋業者の属性も帯びている。冒険者が金銭をかせごうと思ったらギルドに依頼を見に行くし、パーティーを組みたいと思えば、やはりギルドの窓口に向かう。


 逆に冒険者に依頼を出したい者もやはりギルドを通すため、ギルドは仲介料という名の中抜きにより運営されているのだった。


 立場によってはギルドを通さず貴族などから直接依頼を受けられるし、私もそういった後援者に心当たりがないでもないのだが、貴族との会話は段取りから言葉遣いからあらゆるものが面倒なので、私は今回もギルドで依頼を受けることにした。


 ところで私はちょっとした有名人だ。


 魔王というのはだいたい十年周期で出ると言われている。それは『一生のうち何度か魔王発生のニュースを聞くが、実際に魔王討伐者に名を連ねられるのはごく一部』というぐらいのバランスだ。


 魔王を退治した実績があると仕事が舞い込みやすいこともあり、前回の魔王発生から十年ぐらい経つと『魔王を倒して一発当てる』というような若者が冒険者になりやすく、そうして冒険者人口は十年平均では安定した数値となっているらしい。


 では現在という時間軸だけを見ればどうかというと、つい三年ほど前に魔王が出て倒されたこともあり、冒険者界隈はやや閑散とした様相をていしていた。


 つまりギルドが空いていて、『人混みにまぎれる』ことができない。


神官(プリースト)! 神官じゃないか!」


 さっそく私を発見して接近してくる者があった。

 そいつはどうにもたくさんの若手冒険者に囲まれていたらしく、そいつを囲んでいた若手たちの視線まで私のほうに来るので、心底やめてほしいと思った。


 しかし無下にもできない。


 私は世間体をおそれていた。世間から『悪』と認定されることに心よりおびえていたのだ。

 世間は身勝手だ。世間は『あなた』の集まりで、世間は道理ではなくお気持ちで善悪認定をする。


 世間を形成する『あなた』には、実のところ自我がない。

『あなた』は扇動に弱い――ようするにカリスマの意見を自分の意見だと思い込み、カリスマのうったえる善悪を自分の善悪と信じて疑わないところがある。


 そして今まさに私に接近してくる黒髪の好青年こそが冒険者界隈における『カリスマ』その人――いわゆるところの『絶望の魔王退治の立役者』、私の二人いた仲間のうち一人、ジョブ的に言えば『戦士』なのであった。


「……私はもう神を棄てた。今の私は魔術師だ」

「ああ、そうか、そうだったな! いや、悪い悪い。ところでさ、今、お前の話をしてたところだったんだよ」


 戦士は心の底から嬉しそうな顔で言う。

 私は逆に表情をますますかたくした。


 戦士には悪意が欠如していて、見た目の通り脳天気な性格をしている。

 これは彼が悪意にさらされず育ったことが大きく影響しているだろう。真に恵まれた者の周囲には、やはり恵まれた者が集う。そして、恵まれている者たちが、互いに悪意をむき出しにすることはなく、そうして純粋培養されたのが戦士なのであった。


 しかし戦士はなかなか特別な身の上の持ち主だから、彼の周囲に集う若い連中もまた、戦士と同様に悪意を知らずに育ったとは考えにくい。

 そうして悪意を知る者は、人の話を聞いて悪意的な解釈をする。


 だから私は、私の知らないところで自分の話をされるのを極度におそれていた。

 そうして広まった根も葉もない話によって、私の本質を知らない世間は私への評価を決め、身勝手に善悪をジャッジし、一度『悪』と認定したならば、どんな攻撃でも許容するようになるのだ。


 だから若い連中にはかかわりたくもないのだけれど、この戦士、いきなり肩を組んできた。


「なあ、みんなに紹介させてくれよ。魔導機械を開発した偉大なる技術者にして、俺たちの戦線を支えた回復役! 今では魔術師としてもその名をとどろかせるお前のことを、みんなに知ってほしいんだ」

「……私はあまり、そういうのには向かない。それにこれから、仕事があるんだ」

「お、クエストか? 付き合おうか?」

「いい」

「そう言うなって。なにを狩るんだ? 『悲哀』のダンジョンに出た氷結竜か? あるいは『憤怒』のモンスターハウス調査? ああ、『絶望』も魔王を倒したとはいえ、調査は必要だろう。最下層まで行って戻ってこれる人材は貴重だしな。俺とお前なら、可能だ」


 私の目的は『セックスしないと出られない部屋』だよバーカ!!!!!


 私はギルドに足を運ぶにあたって、色々な想定をしていた。冒険者にからまれる想定もしていたが、その中でももっとも最悪の相手にからまれてしまった。

 悪意がないだけに、乱暴に振り払うと、私と戦士の会話を見てる連中の心証を損ねかねない。

 さりとて戦士をパーティーに加えてしまうと『セックスしないと出られない部屋』に入った時に事故が起きかねない。


 ギルドに来ること自体は必要な措置ではあった……セックス目的でダンジョンに行くなんて、もしエルフ少女に察せられたら私は耐えられる自信がない。

 大義名分がほしかった。ダンジョンにいどむ、セックス以外の大義名分が……そのために『ギルドで依頼を受ける』という儀式は必要だったのだ。


 私はどうにか心証を損ねずに戦士の誘いを辞する言い訳を考える。


「……私は今、弟子の育成中でね。戦士を付き合わせるのも申し訳な……いや、これは、弟子と師匠が、二人きりでやらねばならないことなのだ」


『申し訳ない』とか言うと『気にするなよ!』と力強く言われるので、私は言葉を軌道修正せざるをえなかった。

 戦士は「なるほどなー」とうなずく。


「そっか。お前は魔術師として……あ、いや、弟子がいるから『魔導士』だっけ? 魔導士として、ちゃんと歩き始めてるんだな……」


 私を立派そうに語らないでほしい。心が痛い。

 私は……私はただ……エッチなことがしたいだけなんだ。


「神官はいつも、しっかり考えて、地に足つけて生きてるよな」

「そんなことはないが……」

「お前は冒険者引退後のことだってきちんと考えてたじゃないか。魔導機械の開発……あの構想を知った時、俺、お前のこと、『本当にすげえやつだ』って思ったんだぜ。しかもさ、せっかく事業が軌道にのったのに、身を引いて……本当に、すげえよ、お前は」

「……そんなことはないのだが……」

「まあでもさ、弟子がいていそがしいかもしれないけど……たまにギルドで俺と会ってくれよ。妹もお前と会いたがってたし」

「……そうか。考えておこう」


 前向きに検討するが、会う機会を作るつもりはなかった。


 戦士の妹は私のことをひどく嫌っている。憎んでいると言ってもいいぐらいだろう。

 憎まれる心当たりはあんまり……なくもない。こればっかりは不運としか言いようがないのだが、妙に戦士妹の着替えシーンとかに偶然出くわすのだ。


 こちらとしては下着姿を見れたりしてちょっと嬉しいのは否定しないが……

 嬉しかったのも最初の何回かだけだ。

 着替えなどに出くわすたびに懲罰を受けるものだから、次第に『うわっ、また遭遇してしまった』と『精神力が尽きた時にゴースト系の魔物に出会ってしまった』みたいな気持ちになっていった。


 こればかりは下心もよこしまな欲望も関係ない、本当に天然で起きたトラブルなのだけれど、そのせいで戦士妹に理不尽なおしおきを受け続けた私は、乱暴で気が強い女性に苦手意識をもつようになってしまっている。


「依頼終わったら報告にギルド寄るだろ? その時に出くわせるように妹に声かけておくよ」

「え”っ」

「どうした妙な声を出して」

「……いや」


 ぶっちゃけ、戦士妹のほうも私に会いたくはないと思うのだが……

 戦士はなにかこう、ポジティブにしかものを考えられないので、私の中にある『やだなあ』という気持ちが想像もできないのだろう。


「おっと、弟子の育成だったな。邪魔した。悪い悪い。じゃあお前もがんばってくれ。俺も……俺でがんばってやっていくよ」

「……まあ、お前ならすべてうまくいくだろう」

「ありがとう。自信がついたよ」


 戦士がハイタッチをご所望なので、私は軽く手を合わせた。


 そうして浅い階層ですみそうな依頼を受けて、私とエルフ少女は『後悔』のダンジョンへ向かった。

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