2話
私は愛を欲する者だ。
先ほど購入した性奴隷の少女を家に招きいれ、魔導機械たちに彼女の身なりを整えるよう命じた。
私が開発し、今では世間に広く普及している魔導機械は本当に便利なものだった。
ある程度の資産を持っている者たちはこぞって買い求め、需要が発生したことで研究開発も進み、今では改良を重ね、様々なタイプが存在する。
おかげで開発者ということになっている私は『冒険したダンジョンで偶然設計図を発見しただけで、私がいちからアイデアを出して創造したわけではないんだ』と言い出せない空気を感じていた。
世間に『あいつ開発したわけじゃねーじゃん!』と言われるとプライドが傷つくので、発掘した設計図は燃やしてしまって、おかげで開発からは手を引くほかになかった。
それが功を奏して世間では『人類の文明を何段階も進め、役割を果たしたあとに静かに身を引いた』と評価されているのだから、世の中の人はみんな馬鹿だと思う。
さて、私が魔導機械たちに命じたことは三つだった。
少女の身なりを綺麗にすること。
少女に食事をあたえること。
少女に屋敷を案内すること。
私の家の魔導機械たちはいわゆる女性型であり、みな、整った容姿をしている。
趣味でメイド服など着せているが、物静かに家事をこなす様子がメイド服とマッチしていて、なかなかいい趣向なのではないかと自分で自分を褒めてあげたい。
なぜ『高価なだけで特化型に比べて仕事効率の悪い女性型魔導機械をたくさん買ったのか?』と問われれば、それはもちろん私が女の子に囲まれるのが好きだからである。あとお金もたくさん持っている。
最初は魔導機械たちと退廃的で淫蕩な暮らしをするべく買いそろえた。
実際に私の特注した魔導機械たちにはそういう機能もあるのだが……
全然逆らわない相手は、それはそれでイヤだった。
機械みたいにハイハイと返事をするだけだし(機械だから)、私が命じない限り自分で動くこともしないし、本当に機械すぎて、無理だった。
私は適度に反抗し、羞恥に顔を赤らめ、倫理観を持っているが私の変態性欲的命令には逆らえない、そういう性奴隷がほしかったのだ。
己の欲望の正体に気づいた私は魔導機械をたくさんそろえたことを結構ガッツリ後悔した。
が、それはそれとして私の好みを反映した容姿を持つ彼女らに愛着もあり、美女たちにそば仕えされるのは気持ちがよかったので、分解などをせずメイドゴーレムたちを維持することに決めたのだった。
どのみち家事担当の存在は必要だったので、こうしてメイドゴーレムたちは我が家のそこらで黙って突っ立っているのだ。
さて、しばらくすると体を磨かれ、美しい衣服を身にまとったエルフの少女が私の部屋に運ばれてくる。
メイドゴーレムが部屋を辞すると、エルフの少女は不安そうな、おびえるような目で私を見て、それから視線をあちこちに泳がせた。
いい。すごくいい。
その不安そうな姿は興奮案件だ。
こうして二人きりになるとエルフの少女の幼さがちょっとアレだが、私はもう先週ぐらいから性奴隷を手に入れてアレコレすることを夢に見て今日まで生きてきた。
はちきれんばかりの性欲が体内にうずまいているので、もう奴隷少女を前に我慢するという選択肢はなかった。
体格の小ささはたしかに気になるところだが、私は予習をかかさない。
文机の上には貴重な媚薬や『ぬめり液』、それに各種性玩具が並べられている。これなら未成熟な肉体にも優しくアレコレできるだろう。
メンテナンスも万全だ。最近は毎日磨いたり動かしたりして、性奴隷にこれらを使用する日を楽しみにしていたのだから。
「あの」
これからのプレイに思いをはせていると、いきなり声をかけられて、超びっくりした。
しゃべれるのか……予想外だ。しかも大陸共用語だ。そういう不意打ちはいらない。私は言葉も満足でないエルフ奴隷と肉体を介したコミュニケーションをとりたかったのだ。
しかし私は愛を欲する者である。
いやがる少女を権力、腕力、魔法力、財力でねじふせるプレイとかももちろんやりたいが、それはあくまでも根底に信頼があってこそで、ようするに今後長いおつきあいになる相手には私のことを好いていてほしいと願っているのだ。
バランス的には『抵抗は少々あってほしいが、ガチで嫌われたり憎まれたりするのは絶対イヤ』というぐらいで、ゆえに私は基本的に彼女に好かれたい。
ここで『無視して服をはぎとる』という選択はできなかった。
「なんだね?」
私はローブで体の前を隠しながら言った。
チラチラと横のベッドを何度も見てしまわないようにするのに、かなりの精神力が必要だった。
エルフの少女は真っ青な目でジッと私を見ている。
あまり見られると私は視線を逸らしそうになるが、そうするとなんか負けた気がするので、私も私のプライドのために少女の目をジッと見つめた。
この時にこれからの情事を想像してニヤついたり、また『生きた女の子に見つめられている』ということにひるんで目を泳がせたりせず、威厳ある表情を維持するのはとても大変なことだった。
「あの、魔法使いさん、どうして私を買ったの?」
ここで『性奴隷にするためだ』と答えると好感度が下がる気がした。
どうにか好感度を損ねずに手早くベッドにインする方法はないものか……私は考えた。おそらく人生三十年でもっとも頭を働かせた。
「なんでだと思う?」
答えが見つからなかったので、質問に質問で返して思考時間を稼ぐことにする。
少女は悩むそぶりを見せたあと、言う。
「……私を、あわれに思ったから?」
「あわれみではない」とっさに否定してから、少し考えて、「……私には君が必要だと感じた。だから君を買った。君は……そうだな、『条件』を満たしていた、といったところか」
「『条件』?」
「不憫な身の上で、物静かで、愛想が悪く、そして……女の子だった」
「……どうしてそれで、私が必要になるの?」
うーん、なんていうの?
性処理のために?
私は少女の質問に答える言葉を持たなかった。
少女はぎこちなく――笑った。
「魔法使いさん、優しい人、なんですね」
「クァッ!」
「え!? なに!?」
「いや」
心が痛かったんだ。
君の笑顔はこんなところでこんな相手に見せていいものではない。
「……少女よ。君は私を信用しているようだが……信用する相手は選んだほうがいい」
「でも、あなたは私を助けてくれました」
「君が必要だっただけだ」
「ヤケドも治してくれたし」
「私のプライドのためだ」
「こんな素敵な服と、食事まで」
「そうする必要があったというだけだ」
「あなたを信用できなかったら、私はもう、この世に信用できるものは、一つだってありません。私の信じる人たちは、故郷の森と一緒に燃えてしまったから」
……境遇が重い!!!!
クソッ、ここからどうやってエッチな雰囲気にすればいいんだ!
私は未練がましく文机の上の媚薬をながめた。
媚薬。媚薬か……『飲めば老婆でさえ往年の盛りを取り戻す』とかいう謳い文句だったが、この空気で『ハイ、じゃ媚薬飲んでー』とは言いにくいし、そのあと盛られても手を出しにくい。
やらしい雰囲気への持って行きかたがわからない。
夜景か? はたまた豪華なディナーか? 私は悩んだ。しかし私の『やらしい雰囲気へのエスコート知識』は書物で得たものばかりであり、実践経験を伴わないものしかなかったのだ。
おお、神よ! 僧侶だった時の癖で天を仰いだ。見慣れた天井がそこにはある。
私はかつて信仰あつい信徒であった。神を信じ、聖なる書物に記されるまま己を戒め、そして預言に従い『絶望』を打ち払った。
仲間はできた。ただ、仲のいい女性はいなかった。
純潔を旨とする教義があったのだ。私はそれに従った……だが、私と同世代の神官連中はなぜか女性僧侶たちと所帯をもち、子供がいたりする。
神の嘘に気づいた。
私は神を恨んだ……だが、神に反旗をひるがえしたその時、私はすでに三十手前。
『絶望』を打ち払ったことによりいくらかの知名度もあり、今さら市井の女性に『性交渉どころか女の子と手をつないだことさえない』と発覚するのはイヤだった……
あと風俗とかで童貞を捨てるのも負けた気がするし、なんかこわいし、イヤだった。
だから陰で私を馬鹿にしたりしないような性奴隷がほしかった。
だが、なんという皮肉! なんという神の罠! 市井で経験を積まなかったばかりに、今! やらしい雰囲気にできない!
私はエッチなことがしたいんだ!!
息子が『そうだよ』って縦揺れしてるんだよ!
しょうがない……
「君は――それほど私を信頼している君は、私が命じたことはなんでもするのかな?」
「……はい。私にできることでしたら」
ん? 今、なんでもするって……
しかし少女の目は真摯だった。あまりに強い光と、全幅の信頼があった。
たぶん彼女の想定する『なんでも』は『命を懸けろ』とかそういうアレで『エッチなことさせて』は想像してない気がする。
私は『じゃあ、スカートをまくりあげろ』と言いたかった。
しかし言えなかった……エッチなことを命じたら絶対『えっ?』って顔をされる。その『えっ?』に耐えきれるハートの強さが、私にはない。
完敗だ。
私はエッチなことするのをあきらめた。
「……今日のところは、なにもない。まずは部屋で休みなさい。……だが、ゆくゆくは……君のすべてを、私に捧げてもらおう」
「はい。努力して――立派な魔法使いになります」
ん? なんでそうなるの?
ああ、そっか、『弟子をとる』っていう建前を奴隷商人からそのままふきこまれたのか……
どうするか……弟子にするか。
好感度稼ぎのためには会話が必要だが、共通の話題がない女の子と会話する方法とか想像もつかないからな……それに『授業』っていう名目でアレコレできるかもしれない。弟子にしよう。
「いいだろう。精進しなさい」
私は鷹揚にうなずいた。
少女は拳を握りしめて「はい」とうなずいた。
少女が立ち去った。
その部屋の中で私は、文机の上の性玩具を握りしめ、起動する。
細長いそれがウィンウィンという音をたてていやらしく震動するのを、私はじっとながめ続けた……