2節
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……………………。
ああ、夢だったんだね。
都合が良すぎる気はしていたんだ。
それこそ自分で作ったかのような。
……あれ?
わたし、そこまでして何から逃げたかったんだろう。
今まで生きてきてどこか違う世界に逃げ込みたくなるほど嫌な目にはあったこと、ないよ、ね。
テストで点が悪かったとかはあるけど、それとは別次元の話だろうし。
んん、思い出せないな。
「薔薇……。」
考える時の癖で右手を頭に当てて気付いた。
わたしの腕にブレスレットがしてある。
寝る前につけた記憶は無いし、だいたいこんな腕輪持っていない。
青い薔薇の模様が入ったブレスレットだ。
いや、ブレスレットというよりもバングルかな。模様がステンドグラスみたいになっていて、とても綺麗。
光に透かしてみたい。
リビングにいってやってみようかな。
わたしの腕についていたんだし、それくらいのことはしてもいいはず。
わたしの部屋は窓が西向きだから、朝は光があまり入ってこない。
目覚めはそれなりにいい方だから朝起きれなくて困ることはないけど。
よっ、とわたしはベッドから起き上がる。
視界の端にある時計は朝の七時を指していた。
二〇八九年六月十二日。
天気は晴れ。
最高気温は二十四度で最低気温は十九度。
昨日と特に変わりはないかな。
お母さんが前に、昔はこんなにも便利じゃなかったと言ってたな。
今じゃ誰かと通話する時なんかいつもつけてるメガネで簡単に出来るけど、お母さんが子供の頃はわざわざ四角いデバイスを使わないとできなかったんだって。
ゲームとかも自分が入り込めなかったという。
VRの技術はあったらしいけれど。
たしかに今つけてるメガネが国民全員につけるよう義務づけられる法律が通るのに相当な時間がかかったとも習った。
わたしからしてみたら、当たり前のことなんだけどね。
昔はどうやって過ごしていたんだろうなぁ。
なんて、他愛ないことを考えながらリビングに続く扉を開けた。
「おはよぉおっ!?」
――死体が、転がっていた。
ケイサツ。
そうだ、警察呼ばないと。
「……はい、こちら○○警察署です。」
「お母さんとお父さんが――っ、」
死んで、いた。
それから何分が経ったのだろう。
わたしにはわからない。
いや、時刻を見たらわかるけど。
そういう問題ではないのだと思う。
朝起きて、いきなり親が死んでいたらさすがに呆然としてしまうし。
「やあ、娘さん。あなたが第一発見者なのかな。」
わたしが顔を上げた先には、一人の少女がいた。
ボブカットの頭の上からベージュ色のベレー帽を被り、白ブラウス・紺スカートの制服の上から、こちらもベージュ色のコートを羽織っている。
なんで殺人現場に女の子なんているんだろう。
わたしは、ほら、仕方ないけど。殺された人の家族だから。
「そう、ですけど。」
一応そう答えておく。事実だし、嘘をつく理由もない。
「あなたは?」
聞いておかないと。
無断侵入なら警察に突き出そう。
いまどき無断侵入をするなんて不可能なんだろうけど。
「おっと、言ってなかったね。アタシは優井上実瑚。名探偵優井上圭介の娘と言ったらアタシのことさ。」
今時名探偵なんているもんなんだね。
ま、いっか。
「警察はあなたがここにいることを知っているのですか?」
「そう。アタシの父がよく事件を解決していて、警察のお偉いさんとも仲がいいの。父は前の仕事の後始末をしてて、今はこの現場にいないけどね。アタシは父に頼まれてここにいるワケ。君も胡散臭いオッサンよりかは同年代の女子の方が話しやすいでしょ。」
そりゃあ、そうだけど。
でも、話すことなんてそうない思うけどな。
昨日まで怒ると般若みたいになるけどいつもは優しいお母さんと、食事の時はいつも小さく微笑みながらわたしとお母さんの話を聞いていたお父さんに囲まれた、ありがちな幸せな家庭だった。
そう人から恨まれるような親じゃなかったから、言えることなんてほとんどない。
「娘さんの部屋に案内して欲しい。そこで話そう。」
わたしはコクリと頷いた。