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夫に殺されそうになり、逃げ出しました。

 昔から、勘の良い方でした。

 だからでしょう。馬車が見慣れぬ道を走り出した時、わたくしはいいしれぬ不安を感じ、従者のロバートに訴えました。

 ロバートはすぐまさわたくしを抱き抱え、走る馬車から飛び降りましたが……。



「ろ、ロバート……っ、わたくし、足がもう……」

「しっかりして下さい! ほら、俺に掴まって!」


 ただいま逃げ込んだ林の中で、夫に雇われたと思われる男達に追われております。

 危険だな、とは思っていたんですよ。夫とは政略結婚で、お世辞にも仲が良いとはいえない間柄。

 わたくしの実家の方が家格が高く、夫はなかなか離縁できない事に不平を漏らしていました。……愛人がいることは知っていましたけれど、まさか。


「こんな、直接的な手段を使ってくるなんて……」

「あれじゃないですか? 奥様が無事に事故死した後、後添えとして迎えたいとか。最近、出来ちまったらしいですし、愛人の方」

「え。おめでたですか。まあ……」

「って、ほっこりしない! ほら、頑張って走って下さいよ」


 ロバートに言われて、必死で足を動かします。彼は、実家からついてきてくれた従者で、わたくしの幼なじみでもあります。

 どんなに夫から冷たくされても耐えられたのは、彼が傍に居てくれたから。面と向かっては恥ずかしくて言えませんが、心から感謝しています。

 だからこそ。


「ロバート、わたくしを置いていって。せめて、あなただけでも……」

「何を言っているんですか! 馬鹿なこと言うより、頑張って下さいよ!」

「で、でも、もう……」


 足が、動きません。悔しくて、情けなくて涙が滲みます。ああ、せめてドレスじゃなくて乗馬服なら……なんて、考えても仕方ないですよね。

 こうしている間にも、覆面で顔を隠した男達が近づいてきます。

 どうにかしてロバートだけでも助けてもらえないかしら。

 焦りながらも立ち上がれないわたくしをロバートは見下ろすと、唇を噛み締めました。


「……奥様、いえ、お嬢様」

「ロバート?」


 ロバートがわたくしをお嬢様と呼ぶなんて、何年ぶりでしょう。


「……少しだけ、目を閉じていて下さい。俺がいいというまで、決して開けないで。いいですね?」


 ロバートの手がわたくしの目を隠しました。わたくしは――言われた通り、目を閉じました。

 そして……ロバートの手が離れて、数分程がたち、悲鳴が聞こえてきました。


「ロバート!?」

「大丈夫ですよ。目を閉じたまま、じっとしていて下さい」

「……わかり、ました」


 わたくしはかたく手を握りしめながら、頷きました。もし、わたくしが言い付けに背いて目を開けたなら――きっと、ロバートは、彼は居なくなってしまうから。


 何時間にも思える時間が過ぎて、ようやく悲鳴や罵声、怒号といった恐ろしい声や音が聞こえなくなりました。

 蹲ったまま、震えるしかないわたくしの肩に、そっと誰かの手が乗せられた時、飛び上がるかと思いました。悲鳴をあげかけたわたくしに、優しく囁いたのはロバートでした。


「……お嬢様。もう、いいですよ」


 ロバート。彼の声を聞いて、わたくしは目を開けた。


「……ロバート」


 そこにいたのは、確かにロバートでした。でも、姿が違う……?


「すみません、隠してて。俺、実は魔族とのハーフで……以前の戦争で孤児になって死にかけていたところを大旦那様、お嬢様のお父上に助けてもらったんですよ。この姿も魔力も封印することを条件に、ですけど」


 ロバートはこめかみにある角を突きながら苦笑しています。その姿は変わっても、その表情はロバートのまま。わたくしはほっと息を吐きました。


「……助けてくれてありがとう、ロバート。でも、これからどうしたらいいのかしら?」

「そうですね……」


 ロバートは少し考え、躊躇いがちに口を開きました。


「お嬢様が望むのなら、憂いの原因を排除してみせますが」

「駄目」


 わたくしはきっぱりと断りました。たとえ殺されかけたとしても、だから殺そうとは思えませんし、第一、ロバートにそんな事を命じるなんて、出来ませんもの。


「……そう仰られると思いました。では、どうしますか?」


 問いかけられてわたくしは笑みを浮かべて立ち上がり、ロバートに手を差し出しました。


「とりあえず」

「はい」

「逃げましょうか」

「はい?」


 もう屋敷に戻るわけにもいきませんし、実家に戻っても、また利用されるだけでしょうし。父はわたくしを愛してはくれていますが、そういった面で甘い人ではありませんから。


「ですから、わたくしと逃げてくださいな。ロバート」

「……俺で、よろしいので?」

「あら。あなたはわたくしの従者ではなくて?」


 わざと気取った顔をしてみせますと、ロバートは破顔して恭しくわたくしの手を取りました。


「わかりました。お嬢様。では、何処へなりとお供いたしましょう」


 自然と微笑みがこぼれます。そうですね、まずはロバートの姿をなんとかしなくては。それからは……。

 それから、考えましょう。



 こうして、夫に殺されかけたわたくしは夜闇に紛れて消えたのでした。

 頼りになる、わたくしの従者と共に。

お読みくださり、どうもありがとうございます。

やや強引な展開かな、と悩みつつ投稿。

よければ感想などいただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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