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革命阻止  作者: 頼富 すみれ
第1章 ノイジェ内戦
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1 見知らぬ少女

 彼女にとって今日は運の良い日だった。

 三日間ほどずっと空を覆っていた雨雲はどこかへ吹き飛んで行ってしまったようで、朝から清々しい青空を見ることが出来た。せっかくの良い天気だからと散歩に出かけると、八百屋の主人が売れ残りの果物をくれた。彼女の診療所に、病人は一人も来なかった。訪ねてくるのは健康に良い菓子を買う客ばかりで、常連の女性がいつものお礼にと花束をくれた。


 そして何より、今日は彼女の十六歳の誕生日だ。


 イチゴとラズベリーでケーキを作る。花を質素なテーブルに飾る。楽しみに取っておいたワインを開けてグラスに注ぎ、ほんの少し栄養バランスを無視して好物ばかりを食卓に並べる。食器もお気に入りのものだ。一緒に祝ってくれる人がいないことを残念には思ったが、それでも幸福な気分で満たされていた。


「誕生日おめでとう、リラ・フォニア」


 彼女は自分自身にそう言って、ワインを一口飲んだ。



 ちょうどその時、ドタン、と大きな音が鳴った。寝室の方からだ。何かの荷物が床に落ちたような音だった。けれど、リラの寝室にそんな音を立てる荷物はない。


 リラの家は診療所と同じ建物内の二階にある。前にも気の狂った患者がリラの寝室に忍び込んだことがあったが、今ここに入院患者はいない。

 診療所を閉めてから、客や泥棒が訪ねてきた覚えはない。リラがたった一口のワインで前後不覚になるほど酔っているのなら断言は出来ないが、少なくとも彼女は椅子から立ち上がって歩くことが出来ている。

 ランタンに火を灯し、護身用に薬品の入ったガラス瓶を持って、さほど離れていない寝室を目指す。


「どなたかいらっしゃるのですか……?」


 人を癒すのは得意だが、攻撃するのは不得意である。

 窓から忍び込んだのなら、ネコだろうか? いや、それならばむしろ人より危険だ。一度外に出て、誰かに助けを求めるべきか。


 寝室の前まで来た。コンコンコン、と軽く扉をノックする。扉の向こうから応答はない。もう一度ノックする。やはり何も聞こえない。


 この寝室に鍵はない。開けようと思えば、内からも外からも簡単に開く。

 ということは、中に誰かがいるとしても、無差別に暴れ回るようなものではないということだ。ネコという可能性はこれでなくなった。


 もしも扉を開けてみたらどうなるだろう、とリラは考えた。あの時聞こえた物音は単なる空耳だったのかもしれない。誰もいないならそれが一番安全だ。けれど悪人がいたとしたら……。


 迷った末に、リラはもう一度ノックした。相変わらず応答はない。

 カチャリ。静かにドアノブを回す。慎重にドアを開ける。古びた扉がキイと鳴った。


 そこにあったのは、特にいつもと変わらない寝室だった。ランタンで照らして隅々まで見る。荒らされた形跡はない。窓はしっかり閉まっている。枕の位置さえ変わっていない。ベッド脇の空のガラス瓶も数は合っている。


「……誰もいませんね?」


 呼びかけてみたが、部屋は不気味なほど静かだった。


「……気のせいか」


 リラは扉をバタンと閉めた。何事もなかったのだ。本当に良かった。


 そう思った瞬間だった。


 ガタッ、パリン!

 また音が聞こえた。今度こそ空耳ではない。躊躇せずに勢いよく扉を開けた。


「誰ですか!?」


 ──そこにいたのは、一人の少女だった。


 割れたガラス瓶の一番大きな破片を持って、途方に暮れたような顔でこちらを見ている。


「や、ヤバっ」

「ええと……?」

「……あっ、ご、ごめんなさい! 怪しい者ではないんです……」


 少女は何度も頭を下げた。少なくとも、悪意や敵意は感じない。

 しかし見覚えの無い少女だ。肩辺りまである焦茶色の髪に、カンテラの灯を反射する黒い瞳。服装はカラフルで、見たこともないデザインだった。


「ど、なた……でしょう?」

「えっと、その、えーっと……」


 少女はキョロキョロとしながら慌てている様子だった。自分がどこにいるのかも、理解していないようだ。


「ここは暗いので、移動しましょうか?」


 リラは無意識のうちに、患者と接する時と同じような口調で少女に話しかけていた。怯えきっている彼女があまりにも哀れに思えたからだろう。


「良ければ一緒に夕飯を食べませんか? せっかくご馳走を作ったので、誰かと食べたかったんです」

「え、えっと……良いん、です、か?」

「異端者と悪人はお断りですが、貴女は正常な良い人に見えますので」

「でも、これ……」


 彼女は申し訳なさそうにガラス瓶の破片を見つめていた。


「後で片付けます。あまり触ると危ないので、放っておいてください」

「……割っちゃってごめんなさい。あの、扉が閉まって、出て行ったんだと思って気を抜いてたら……躓いて、瓶に手が当たって……」

「構いませんよ。薬が入った瓶ではなくて良かったです。さあ、どうぞこちらへ」


 まだ座り込んだままの彼女に、リラは手を差し伸べた。彼女はおずおずと手を取り立ち上がった。


「破片を踏まないように、気を付けてくださいね」

「は、はい……」


 彼女が立ち上がったことで、彼女が履いている水色の靴が見えた。

 ブーツともサンダルとも違う。モカシンに近いだろうか。よく見ると、規則的に並んだ穴が開いてある。そこに白く細い紐を通してある。紐は交差し、最後にリボンのように結ばれていた。


 見たこともない靴。知らない少女。

 彼女はどこから来たのだろう。リラはとても興味を持った。


○○○


「私はリラ。この診療所を経営しています。貴女のお名前は?」


 部屋に戻ると冷めきった食事が待っていた。しかしリラは、それを不快に感じるよりも先に、こうして話し相手が出来たことを嬉しく思っていた。

 彼女は迷ったように口をもごもごとさせ、ようやく名前を教えてくれた。


「……かんな、っていいます」

「カンナ……珍しい名前ですね? この辺りでは聞いたことがありません」


 でも、綺麗なお名前ですね。

 そう付け足すと、カンナは照れたように顔を赤くした。


「カンナはどこから来て、どうして私の寝室にいたのですか?」

「……異世界、転生……」

「すみません。よく聞こえなかったので、もう一度言っていただけますか?」

「あああ、いえいえっ、何でもないんです! ええと、私もよく覚えていなくって、気付いたらあそこに……」

「それはそれは……」


 見たところ外傷はなさそうなのだが、これは記憶喪失と診断して良いのだろうか。もしかすると、何かとんでもないショックを受けて、一時的に記憶が曖昧になっているのかもしれない。


「咄嗟に、怪しまれたらどうしようと思って隠れて、あんなことに……すみません」

「いえ、良いんです。貴女が思い出せる、一番最近の記憶は?」

「……えっと……く、車に轢かれ……た、ような……」

「はい?」


 先ほどから何度かカンナの声が小さくなる。それをリラが指摘すると、カンナは決まって手を慌ただしく動かして、首を横に振った。


「あ……歩いていた、ような?」

「どの辺りを歩いていたのか、思い出せますか」

「……え……っと……」

「あ、思い出せないなら結構ですよ。家の場所や生まれた街のことは覚えてますか?」

「……すみません。わかりません」

「なるほど……」


 リラは一つの結論を導き出した。


「もしかすると、叛乱軍の仕業かもしれませんね」

「叛乱軍?」

「はい。王国に楯突く異端者の集まりです。貴女は実験台か何かとして捕まっていて、その過程で脳にも何かされて、用が済んだから適当なところに飛ばされた……とか、そんなところだと思います」


 それならば、カンナの奇妙な服装にも説明がつく。

 叛乱軍は、他国との貿易や交流を完全に断ち切ったこの国に、他国の文化を持ち込もうとしているらしい。

 用が済んだとはいえ、実験台を最後まで役立てようとしているのかもしれない。服を着せ替えて健全な国民の家に送り込み、広告塔のような役割を果たさせ、自分たちの思想を広めようという魂胆だろう。

 そうなるとカンナは、知らずのうちに叛乱軍に何らかの反逆的な思想を植え付けられているかもしれない。リラは背筋が寒くなるのを感じた。


「一つ、お尋ねしたいのですが」

「何でしょう……」

「このノイジェ王国について、どう思います?」

「どう、って……具体的に言うと、どういうことですか?」

「何でも良いんです。ここが好きとか、ここが嫌いだとか、そういうざっくりしたことで」


 カンナは少し悩んでいた。リラはただ待った。

 やがて、カンナが口を開いた。


「すみません……私、まだ混乱してるのかも……この国のことも、思い出せなくて……」

「……そうですか」


 リラはこの答えを聴いて、むしろ安心した。

 叛乱軍に思想を植え付けられているなら、もっと積極的にノイジェ王国を罵るだろう。本当に、カンナは記憶を失っているだけなのだ。それもゆっくり思い出していけば良い──そう考えた。


「あ、でも」


 考えたというのに、カンナは思いついたように言った。リラは再び、悟られないように構えた。


「こんな……どこからどう見ても怪しい人間に良くしてくれた貴女みたいな人がいるなら、良い国なのかな、って、思います」


 ふ、と緊張が解けた。リラは自分の口許に笑みが浮かんでいくのを感じた。


「そうですか」


 リラがナイフとフォークを手に取ると、カンナも真似をした。話すことに夢中で、二人とも食事のことなど忘れていたのだ。

 冷めたローストチキンは硬くなっていた。出来立てをカンナに振る舞えなかったことが、今日という最高の日の中で、唯一のミスだった。

 不定期でポチポチ更新していきます。何かと不慣れですがどうぞよろしくお願いします。

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