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魔王兄弟の花嫁は魔族と平和に暮らしたいっ!  作者: 由岐
第1章 魔王の花嫁
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5.染まる色

 翌日、一人だけで朝食を済ませた私は書庫に足を運んでいた。

 ヴェーチル先生に習ったように、二つの宝石に魔法を付与する作業を無事に終え、後は職人さんにお任せしてアクセサリーにしてもらう。

 完成まで時間が掛かるという事なので、アレクサンダー様とヴァルナル様にお渡し出来るのはもうしばらく先になる。

 なので私は午後からのダンスのレッスンまでの間、自主的に魔法について学ぼうと思ってここにやって来たのだった。


「付与魔法といっても、武器そのものに属性を付与する事もできるのですね」


 気になった本をテーブルに何冊か置いて、まずは一冊眼をを通してみた。

 昨日先生に習ったのは、物に魔法を宿す付与魔法だ。

 そして、この本には宝石だけでなく、剣や槍自体に炎の力を纏わせたりする魔法が記されている。

 宝石に魔法を宿す場合は、武器にあしらわれた宝石の中の魔力を使用者が使う事によって効果が発揮される。

 一方、宝石が無い武器にも似たような効果を与える事が可能になるのが、魔法の直接付与という方法らしい。

 この場合は自身が属性付与魔法を使うか、他者にその都度(つど)付与してもらう必要があるそうだ。

 しかし、これでは誰かが魔力切れを起こしていると属性攻撃の手段が無くなってしまう。

 おまけに付与出来るのは術者が得意とする属性に限られる為、複数の属性を宿した石を使った武器よりも戦略の幅が狭まってしまうのだ。

 自分一人で何種もの適性がある魔法剣士であればまだしも、一般的な剣士には厳しい。

 けれども、付与石はとても高価なものだ。一つだけならまだしも、数種類もふんだんに使用した武器はそうそう手を出せないだろう。


「もしも私が付与魔法を使えるようになれば、お二人のお役に立てるのでしょうか……」


 そう呟いてから、ハッとして頭を振った。

 姫が戦場に立たせてもらえるはずもないのに、こんな事を学んで何になるというのか……。

 それに、彼らは汚泥の魔王を倒す程の力を持った者たちだ。

 私なんか、出る幕も無いのでは……?


「でも……私だって、少しでも力になれるのなら……!」


 そこで脳裏(のうり)(よぎ)るのは、五年前に顔を合わせたきりの隣国の戦姫(せんき)の姿だった。

 彼女の名前はラルウァ。

 鬼神のような強さを持つ姫であり、彼女によってかの国の王都だけは被害が最小限に抑えられているという話は聞いている。

 彼女とは親しい仲ではないものの、その真っ直ぐで折れない心で敵に立ち向かう姿勢には目を見張るものがあった。

 ラルウァ姫のように魔物に立ち向かう事は出来なくとも、やれる事はあるはずだ。

 魔王の残党さえ討伐してしまえば、世界の平穏を取り戻せる。

 一刻も早くそれを実現する為ならば、私は努力を惜しまない。

 お飾りのお姫様でいるなんて……政治の道具として生きるだけなんて、そんなのもう嫌だもの!


 その時だった。


「ああ姫、ここに居たか」


 広い書庫にやって来たのは、ヴェーチル先生だった。

 何やら荷物を抱えているが、どうやら私を探していたらしい。


「あら先生、どうかなさいましたか?」

「昨日、研究室を出る前に言っていただろう? 魔力の流れがいつもと違うと。それが原因で、以前より上手く魔法が扱えるようになったのではないかと思ってな」


 先生は台座に乗せられた水晶をテーブルの上に置く。

 丸く磨かれたその水晶には見覚えがあった。


「これは確か、魔力測定に使われる水晶でしたよね?」

「そうだ。去年も測定させてもらったが、改めてもう一度確認したい事がある」

「魔力量を測る以外にも、何か出来る事があるのですか?」

「ああ。前回はこの水晶にただ触れてもらうだけだったが、今日はこれに魔力を流してもらいたい」


 水晶に魔力を流すというのは、魔法付与と何か違っているのだろうか。

 そんな疑問が顔に出ていたのか、すかさず先生が答えた。


「ただ魔力を流すのではなく、この水晶に込めた魔力を吸い上げ、また送り込む。それを繰り返す事で、体内の魔力の巡りの良さを知る事が出来るんだ」

「その結果が良ければ良い程、私でもより高度な魔法を扱える可能性があるという事なのですか?」

「その通りだ。あたしの予想が正しければ、の話だがな」


 去年測定した限りでは、私の魔力量は平均より上だ。

 けれど魔力の扱いが下手だったのか、昨日までは微妙な効果の魔法しか使えなかった。

 魔法が下手な人というのは二種類に分けられる。

 一つな魔力が極端に少なくて、必要な魔力量に達せず不発に終わる人。

 そしてもう一つが、身体を巡る魔力の流れが悪く、なかなか思い通りに効果を発揮出来ない人だ。

 私は後者のタイプだったはずなのだけれど──


「水晶の中へ渦状(うずじょう)に魔力を流すイメージでやってみろ。吸い上げる時は深呼吸をするようにゆっくりと、少しずつだ」


 私に何らかの変化が起きているのは間違い無い。


「……やってみます」


 そっと水晶に右手をかざし、先生の指示通りに魔力を流し込んでいく。

 私の掌から送り出した魔力は、透明な水晶玉の中で水色の光の()を描き、ぐるぐると回っている。


「よし、次はそれを吸い上げるんだ。自分の魔力なら取り込みやすい。落ち着いてやってみろ」

「はい……!」


 次に、その光の渦を吸い寄せるイメージ。

 冬場に吐き出した白い吐息を吸い込むように、右手に意識を集中させた。

 先生の言う通り、通常では難しいとされている魔力吸収だけれど、自分のものなら簡単に体内に戻せる。

 渦を作っては吸い込んで、また作っては吸い込んでを繰り返していると、先生から次の指示が出た。


「……そろそろ良い頃合いだろう。今度は水晶の中を魔力で満たしていけ。流し方は深く考えなくて構わない」

「分かりました」


 すると、水晶玉に大きな変化が現れた。

 私の魔力で満たされていく水晶が、次第にその色の濃さを増していったのだ。

 明るい水色だったそれは、少しずつ赤みが混ざっていく。


「せ、先生、これは一体……」

「……まさかこれ程まで深く染まるとはな。これは師団長クラスの濃さか、それ以上だぞ」


 毒々しい程に濃い紫色に染まった水晶玉を見て、ヴェーチル先生は苦笑している。

 師団長並みの魔力の流れの良さだなんて、そんな才能が私にあったの?

 信じられないけれど、目の前の光景がその事実を裏付けている。


「これだけ染まっていれば昨日の事も納得だが……」

「ええと、もう魔力を流さなくても大丈夫でしょうか……?」

「ああ、もう充分だろう。それにしても不可思議だな。姫には才能があるのは間違いなかったんだが、ここまで凄まじい素質を持っているとは予想外すぎたぞ」

「わ、私もです」


 先生は何か考える素ぶりを見せながら、私に質問を投げ掛ける。


「……身体の変化に気付いたのはいつ頃だ?」

「昨日です。ですが、それによく似た高揚感を覚えたのは、勇者様に出会った後の事でした」


 正確にはアレクサンダー様達と婚姻契約をした時なのだけれど、ありのままの真実は自分の口からは言えない。


「そうか……。すまないが、この事実は陛下に報告させてもらうぞ」

「どうしてですか?」


 私がそう言うと、先生は呆れたように溜息を吐いて言う。


「もう忘れたのか? 魔王は姫を嫁に寄越せと言って来た。姫のこの力を知っていたのかは分からないが、もしそうなのだとすれば理由は一つだ。これだけ素養のある魔術師の姫との間に子孫を残す……」

「その為に私を……?」

「違うか? 人間との間に産まれる子供がどのようなものかは想像が付かない。だが、生贄(いけにえ)ではなく嫁として迎え入れようとしていたんだ。あたしにはそれしか考えられない」


 その考えには納得出来る部分があった。

 でも、先生は知らないけれど魔王の子供は既に居る。

 汚泥の魔王は、アレクサンダー様とヴァルナル様以外にも子供を欲していたのだろうか?

 そうだとしたら、その理由は何なのか。

 ……考えても答えは出て来ない。けれど、何か嫌な予感がするのだ。


「それを踏まえて、念の為結果を報告させてもらう。魔王軍の生き残りが姫を狙わないとも限らないからな」


 そう言い残し、先生は水晶を持って書庫を出て言った。

 残された私は勉強の続きをしようかと思ったのだけれど、どうにもさっきの事が気になって手が付けられなくなってしまった。

 結局自主勉強は次の機会にする事にして、私は気晴らしに庭園で花でも愛でようと本を片付ける。



 庭園へと向かっていると、城門付近で鐘が鳴った。

 城下の視察に行っていたお父様が帰っていらしたのだろうか。

 ならば出迎えに行こうと行き先を変えると、陽の光に煌めく金糸の髪が視界に入った。


「お帰りなさいませ、アレクサンダー様」

「おう、戻ったぜ」


 こちらに気付いたアレクサンダー様が、軽く片手を上げて返事をする。

 彼の隣に視線を移すと、見慣れない青年が控えていた。

 草木を思わせる緑色の短髪に、澄んだ金色の瞳の彼は重装の鎧を着込んでいる。


「アレクサンダー様、そちらのお方は……」

「コイツは俺の臣……じゃねえや、仲間のフォレスタ。重騎士だ」

「お初にお目に掛かり光栄です、シャルミア様」


 丁寧に礼をするこの彼が、きっとアレクサンダー様が探していた臣下の一人──魔族なのだろう。

 ここには門番達の目があるので、その事は伏せておかなくてはならない。


「今日からしばらくこちらでお世話になるとお聞きしました。このフォレスタ、未熟な身ではありますが、アレクサンダー様の婚約者であるシャルミア様を守護する騎士としての務めを果たさせて頂きます」

「そのお話はヴァルナル様からお聞きしています。こちらこそどうぞ宜しくお願いします、フォレスタ様」

「どうか自分の事はフォレスタ、と。気楽に呼び捨てて下さい」

「……フォレスタさんでは、駄目でしょうか?」


 友人であるなら別として、どうにも名前を呼び捨てにするには抵抗がある。

 それを察知してくれたらしい彼が一つ頷いた。


「シャルミア様の望むようにお呼び下さい」

「ありがとうございます」

「シャルミア、ヴァルは今どうしてる?」

「昨日、東の森へ騎士を率いて討伐に向かわれました。戻られるにはもう数日は掛かるかと」

「そうか。じゃあフォレスタ、俺が戻るまでシャルミアを頼むな」

「はい。お気を付けて行ってらっしゃいませ、アレクサンダー様」

「え、今から向かわれるのですか?」

「すぐに終わらせてくる。じゃあまた後でな」


 それだけ言って、アレクサンダー様は目の前で転移して消えてしまった。

 ちょっと散歩に行ってくる、とでもいうような気軽さで東の森へ行ってしまったのだろう。その行動力に驚かされる。


「……ええと……」


 初対面のフォレスタさんを置いていった彼に困惑しながら、私はひとまず彼の部屋を用意してもらおうと近くを通り掛った侍女に声を掛けた。

 すぐに戻ると言っていたけれど、どうすれば良いのだろう。


「……シャルミア様」

「は、はい! 何でしょうか?」


 あまり表情を変えないフォレスタさんと二人きりというのは、かなり気不味い。


「この城は草木の手入れが行き届いていますね。もし宜しければ、庭を見て回りたいのですが……」

「でしたら、私がご案内させて頂きます。庭師の方々がとても丁寧なお仕事をして下さる、このお城の自慢の庭園なのですよ」

「そうと聞いては是非とも拝見させて頂きたい。案内の申し出に感謝致します、シャルミア様」


 空気を読むのが上手いのか、それとも本当に草木を愛する男性なのか。

 庭の案内なら私にも出来るので、彼の申し出にこそこちらが感謝すべきだと心底思いながら、早速私達は庭園へと向かった。


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