ようこそ拷問部屋へ!
無駄に明るいBGMが鳴り響き、ポップな看板が掲げられウサギのマスコットキャラが練り歩く裏野ドリームランド。客入りが少なくなりつつあろうとも賑やかなままの外に比べ、その奥に聳え立つ城の中は静かなものだった。
造りは豪奢でも壁には蝋燭を模した淡い灯りしかない、薄暗い廊下が続くドリームキャッスル。
園内のメインアトラクションの一つとはいえ、マスコットキャラが住むという設定の城でしかなく、その内部の様子を記念撮影したり、不定期にマスコットキャラ本体が客をもてなしてくれる程度の楽しみ方しかない。
遊園地自体の人気も低迷した今、こんな場所を訪れる客は極々限られていた。
「西野、お前本当にここが好きだよな」
前崎はそう言って西野の横を歩く。へらへらとした金髪と真面目そうな黒髪の男子高校生二人組だ。
カップルでもいればまだ雰囲気がいいと表現できそうなそこも、人気のなさと噂のおかげでただの不気味な場所に成り果てていた。ドリームキャッスルだけの話ではないのだが、この噂も間違いなく遊園地の人気低迷に一役買っている。
――なんでも、地下に拷問部屋があるらしい。それで時折急に人がいなくなったり、拷問される人間の声が響くというのだ。
おかげでメインターゲットの女子供はめっきりと来なくなり、そういった類を好き好んで来る者とそれの付き添い、ちょっとした度胸試しに来た学生というまばらな人影しかなかった。……西野と前崎は前者だった。
気まぐれに部屋を覗くばかりで適当に歩いていただけの一階見学も終わりに差し掛かり、
「そろそろじゃないか?」
と前崎が振り向くと、西野はもうそこにはいなかった。壁に設置された仕掛けが発動して、ぐるりと回り西野を例の部屋に連れ去ったのだ。
うっかり独り言を呟いたようになってしまい気恥ずかしさもあるが、この時間、前崎は少しだけ緊張して不安になる。
何度も経験したことなのでわかってはいるが、足の歩みが心持ち早くなった。
がらんとしたホールに戻り、二階に上がってすぐに飾られた真っ赤な唇をした女の絵は、噂が広がる前も後も品良く綺麗に笑ったままだ。喋りかける相手のいない退屈な時間をそれを横目に見て紛らわせる。
少し歩いた先の角を曲がると様子は変わって、目玉らしき豪華な調度品(いくら不気味と言っても本当に目玉が飾られているわけではない)が展示されているスペースに移った。合間合間にある部屋を時々覗くが、一階同様、もう何度も来ているので記念撮影だの、マスコットキャラクターのお部屋だと喜んだりするだのという気になれない。
引き続き広い廊下を歩いていると、前触れもなく、突然前崎の耳にひゃひゃひゃとイかれた笑い声が届いた。
「何もねーじゃん」と先ほどまで呟いていた前方の学生二人組はヒッと声をあげ、顔の色を失って、それでも
「こういうアトラクションなんだよ」
「そ、そろそろ見飽きたしここから出ようぜ!」
とお互い誤魔化し、強がり合って走るように去っていった。
思わず前崎は苦笑するように溜め息を吐く。
噂では拷問部屋は地下にあるというし、引き込まれたのも一階だというのによくもまあここまで響くものだ。
耳慣れない人間にとってはイかれた処刑人の声に聞こえるらしいが、あの笑い声はどう聞いても愉快で愉快で堪らない、という感じの声だし、何より西野の声だった。前崎にすれば、薄暗く広い廊下を一人で歩いている時間よりもよっぽど怖さがない。
「また随分とくすぐられてるみたいだな……」
そう。ここで行われている拷問というのは、所謂くすぐりの刑に過ぎなかったのだ。
だから前崎は近所にあるこの遊園地に行く時も、ドリームキャッスル見物に誘われるのも断らないし、ビビッて逃げ出した先ほどの学生を早計だと思っている。楽しんで、もはやリピーターになっている西野が良い証明だった。
中には本当に消えてしまったという人もいるそうだが……このふざけた噂に尾ひれでも付いたのか、もしくは仕掛けのミスや二階からの落下事故でもあったのだろう。少なくとも訴訟沙汰にはなっていないようだから、穏便に済ますよう示談させたか不穏な話は嘘っぱちという事である。
今のところ西野は毎度無事に帰って来ているし、本人に聞いても「平気平気」と言うので、まあ事故にだけは気を付けてくれと前崎は願っている。
残り少ない部屋を過ぎ、階段を降りて再び一階のホールまで戻って来ると、前崎は冷たい壁に少し寄りかかった。
初めての時もそうだった。ここは出口でもあり入り口でもある唯一の扉だから、どこで何をしようと間違いなく西野はここに来る。分かれ道など殆どないが、どこかではぐれたのかもしれないとスマホをちら見しながら数分待っていた。
すると、ガコンと横から大げさな音がして、ぺッと西野が壁から吐き出されるのだ。
「悪ィ悪ィ。待たせたな」
気の抜けた顔でへへへと笑い、淡い栗色の髪をガリガリと掻いて謝ってくる西野に、前崎は「楽しかったかい、拷問。……そりゃよかった」と肩を竦めた。
折角入場料も取られているのだからとその他のアトラクションでも遊び、すっかり夕暮れとなった帰り道。
前崎は妹への土産であるクッキー缶を抱えて西野に訊ねた。
「なぁ、そんなに面白いのか。地下の拷問って」
西野はその問いに弾んだ声で勿論、と答える。
「そうじゃなきゃ男と二人で遊園地に遊びに行こうなんて言わねーよ」
前崎としては他のアトラクションも楽しめるし、親友が喜んでいるだけでも嬉しいのだが、他のクラスメイトから見れば多分、男二人で遊園地などこいつら何かあると思われてしまうのだろう。無論何もない。あって堪るものか。
純粋な妹の土産も、それを踏まえた周囲への口止めであった。
「……俺も一回、行ってみたいかも。その拷問部屋」
くすぐられるだけなら死にはしない。現に西野は何度も戻ってきては楽しかったとまた行くのだから、興味がそそられる一方だ。それに前崎自身も少なからずこういった悪趣味染みた嗜好を持つからこそ、親友を付き合いしていられるのだろう。
そんな何気ない前崎の言葉に、西野はぴたりと足を止めた。
「うーん。お前にはまだ拷問されてほしくねぇなぁ。お前だとそんなに笑えないと思うし」
「……確かに」
前崎はくすぐりに強い。薄暗く怪しい類の噂は好きだが、くすぐりの刑だけでは真顔で「なるほど、こんな感じか」と納得するだけで帰ってきそうだ。
気持ちの通じ合えた前崎に、西野はにかりと笑って
「やっぱりお前とは一生親友でいたいや」
と前崎の心がこそばゆくなるような言葉を掛け、夕暮れの道を並んで歩いた。
数週間後、遊園地は閉園される事が決まった。とうとう世間でも数々の黒い噂を看過できなくなったらしい。
始めに現場検証されたアトラクションでは、真相という名の闇が暴かれた。証拠が見つかれば警察が大挙し、園内の他のアトラクションも全て調べ上げられ、あるいは解体されて次々に闇が明るみに出る。
ドリームキャッスルの拷問部屋もその一つだった。
壁の一部が客を引き込み滑るように地下まで落とすと、そこには凄惨で無機質な部屋が現れる。出口の鉄の扉は堅く、鍵を閉められれば処刑人からは逃れられない。
磔用の十字架に拘束具の付いた寝台、錆びた血がこびり付いた拷問器具の数々。死体は更に奥にある別の部屋に転がされ、床には様々な染みが付いていた。
しかし、このドリームキャッスルでは、犯人の罪を追及できなかった。
数週間前。既に犯人は、拷問部屋で死んでいたからである。
なろうさんの公式企画「夏のホラー2017」に参加するために書いた作品です。
私が書くホラーってあまり怖くない上にありがちな感じなのですが……企画に参加すること自体が楽しいので、奇を衒わなくてもいいですよね……?
読んで下さった方に少しでも楽しんでいただけたら幸いです。