第一話「僕と先輩が出会いなおして、それから」3
机を一脚、椅子とパソコンを二人分用意して、作業を行う。先輩がラフレイアウトを紙に書いて、僕はそれを真似してWordを使って写真や文章を載せていく。自分の見聞きした言葉を形にするのがこれほど難しいことだとは、正直想像もしていなかった。稚拙なものにならないように。なおかつ履歴書のような堅苦しいものにならないように。折り合いをつけながら、僕と先輩は記事を作っていく。
新聞部としては初めての活動。
写真をトリミングしたり、テキストボックスに入れた文章で細かく位置を調節したりで、できるだけ見栄えがいいように調整する。
この作業は想像していたものよりもずっと楽しいものだった。
それを、一時間ばかり続けたころだろうか。
時計の針は六時半を指して、帰宅を示すチャイムが鳴った。作業は校了を含め完成していて、はあ、終わったあと僕は安堵のため息を漏らす。
「結城くん、お疲れ様。あとは明日プリントアウトして、先生にこれを掲載していいか許可を取りに行く。許可が下りたら、いよいよ掲示よ。私たちの書いた記事が校内の掲示板に載るの」
「でも何だか、思っていたものより難しかったです……」
「そのうち慣れるわ。来週からは私一人で担当していた〈少年記者〉の記事も分割して作業してもらうことになるし……私も、いよいよ荷が下りるって感じだわ」
「先輩の荷を下ろせるのかと思うと、ほっとしますね」
「ありがとう、結城くん。あなたが来てくれたおかげで助かったわ」
「いえいえ」
そんなやり取りを交わして、お互い、荷物をまとめ始める。
「……結城くん、もしよかったら、なのだけれど。これからあなたの歓迎会をしたいと思っているの」
「え」
「迷惑だったら、いいんだけど……」
「いえ、そんな、迷惑なんかじゃ、ないです」
喋る声が小さくなる。
でも、だけど。
「そんなことをしてもらって、いいんですか」
僕の素朴な質問に、先輩は「何を言っているのよ」と胸を張って答えた。
「あなたはうちの、大切な部員よ。ぜひ歓迎しなくちゃ」
その言葉があまりにも嬉しくて、僕は満面の笑みを浮かべながら頷いた。
「先輩がいいのなら……よろしくお願いします!」
先輩もクスリと微笑んだ。
「じゃあ、どこか寄って帰りましょうか」
「あれ、外食になりますか……?」
「難しいんだったら家とかでもいいけど。確か結城くんの家、近かったわよね?」
そういえば、先輩は文化祭のとある騒動で一度僕の家を訪れていたことを思い出す。
「弟が遅くなるんで、どの程度遅くなるのかっていうことと外食してもいいかっていうことさえわかれば大丈夫だと思うんですけど……」
といって僕はスマホを取り出すと、まるで見計らったかのように慧からの通知が来ていた。
『お兄ちゃんごめん、外食みたいだから、やっぱ夕食いらないや』
『こっちもそうなったから大丈夫』
そう送り返して、先輩の方を見る。
「外食でも、大丈夫になりました」
「ならよかった。この近く……だと結城くんの方が詳しいかしら?」
「そういえば、先輩は家どのへんなんですか?」
「私、結構遠いわよ。自転車で二十分くらいだもの」
となると、四、五キロくらいか。
先輩が自転車に乗って帰る姿を想像する。どことなく優雅で面白かった。失礼か。
「んーこの近くとなると、ラーメン、居酒屋、タイ焼き屋さん、あ、ファミレスもありますね」
「なら無難に、ファミレスにしましょうか」
行き先が決まると、早いものだ。
僕は徒歩で、先輩は自転車を押して、道路を歩いていく。
「そういえば」先輩が柏手を打ちながら言った。「片桐先生と、随分親しそうに話していたけど、仲良くなれた?」
「ええ、仲良くなれました。きっといい先生です」
先生に言われたことが、脳裏に鮮やかに蘇る。
――少なくとも気持ちの一つくらい、色褪せる前に伝えておくといい。
かっこよくても、なんでもできても、でも一つの、大きすぎる欠点を抱えている先輩。
僕はこの気持ちを、色褪せる前に、忘れてしまう前に、伝えなくちゃいけない。
でも、色褪せるのはずいぶん先になりそうだ。
だって、こんなに胸が熱くなるんだから。
僕はこれから先、もっともっと先輩を好きになっていくんだろうから。
そう考えると、ドキドキが止まらない。
二人、道なりに歩いていく。
先輩は何やら考え込んでいるのか、唇をきゅっと引き結んでいた。
やがてファミレスのある繁華街に着く。
店内は中高生や仕事終わりの男女で溢れていて、どうにか座る席は確保できた。
ドリンクバーと各自食べ物を注文し、伝票をもらう。
僕はオレンジジュースを、先輩は烏龍茶をドリンクバーから運んできて、そして席に着く。
「少し遅れたけれど、合格おめでとう、結城くん。それと、入部ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます」
カラン、とグラスを打ち鳴らした。
その時の先輩の微笑みは――僕の疲れをまとめて吹き飛ばすくらいの、柔和なもので。
また一つ、僕が先輩を好きになった瞬間だった。
第一話 了




