蝶の帰郷
神殿前の広場。
目の前には、勇者一行。
その後ろに王家一族。
そしてはるか遠くに、町の人々。
その前で、私は、これから、舞う。
夜の帳が下り、すっかりと暗くなってもまだ、誰も帰ろうとはしない。
それもそうね。私の舞がメイン。
それが終わったら、勇者一行は旅立つ。
夜のうちに、闇に紛れるように。
私はそれを見送る役だ。
祈りと舞で祝福を捧げて。
なぜなら、私は祝福の巫女だから。
舞台に上がり、目を閉じる。
それから…髪の先からつま先まで霊力を纏わせた。
きっと、今の私は暗闇の中、月の光のように銀色に淡く光っていることでしょう。
『蝶の帰郷』
そう言葉を歌うように発し、右手の杖を軽く振る。
途端、光を振りまきながら無数の白い蝶が舞う。
私の周りを。
ふわふわと。
それを合図に私の舞がはじまった。
音は私の髪につけられた、鈴だけ。
それは、とても、静かな舞。
通常見せる祝福の舞とは、違う。
静かで、優しくて、泣きたくなるような。
ただただ、誰もが、魅入ってしまう。
途端、勇者一行の一員の神官が慌てて、立ち上がる。
私を止めようとしたけど、もう無理。
だって、はじまってしまっている。
舞を途中で止めるのは、祈りを止めること。
そんなこと、出来ないでしょ?
貴方には。
ねえ、神官さま?いいえ、先生。
わかるかしら?
『祝福の舞』ではなく『鎮魂の舞』を私が舞う意味。
私は幼い頃、先生に拾われた。
なんでも1人で森の中を彷徨っていたらしい。
そして、神殿で保護された。
最初は、神官である先生の小間使いとして。
そして、巫女に必要な霊力があるとわかってからは、巫女として。
私は先生と一緒に居られれば、なんでもよかった。
喜んでくれれば、なんでもした。
巫女になんか、なりたくなかったけど。
先生のために頑張ったら、祝福の巫女として、崇められるようになった。
それでも相変わらず
私が祈るのは、先生のため。
私が舞うのは、先生のため。
私の全ては、先生のためにだけあった。
そんな私だけど、1つだけ、先生にも言っていなかった事がある。
ある日をきっかけに、女神が未来を夢に見せ教えてくれた。
そう、魔王がこの世に現れた日から。
夢で、勇者一行に先生が選ばれた。
回復役の神官として。
そして、途中で勇者をかばい、先生が命を落としてしまう。
それは、ただの可能性。
あくまでの未来のうちの1つ。
なので、先生が生き残る道を探した。
画面を切り替えるように、夢を切り替えた。
勇者のルートをかえる。
日にちをかえる。
…ダメだった。
どれも先生は勇者をかばってしまう。
何度も繰り返す先生の最後の時を見るたび、その度に私の命は削られていく。
そう、この女神の夢は代償を必要とする。
その代償は私の命。生命力だった。
きっと、先生はこの力を使うことを禁止する。
優しい人だから。
だから、内緒。
毎日私は先生の生き残る可能性を探した。
そして、やっと見つけた。
先生が出発するまでに、間に合った。
それは、私が代わりに、先生の代わりに行くこと。
私が代わりに勇者をかばい、命を落とす。
これだけだった。
でも、充分。
先生を守れるの。
ねえ、先生。
この舞は、私の、心。
私の恋心を鎮めるためなの。
だから、怒らないで。
綺麗でしょ?
ねえ、先生。
私が勇者を守るから。
先生の代わりに守るから。
だから、先生が私の分も、この国の行く末を見続けてね。
きっと平和な世界が来ると思うの。
女神がそう教えてくれた。
私は先生がいてくれるだけで、
この世界にいてくれれば、幸せなの。
だから、
私がいなくなっても、
怒らないでね。
この舞は、途中から、歌が入る。
魂を鎮める祈りの歌。
ただ、この国の言葉では無いらしい。
聞いてもほとんどの人には、意味がわからない。
舞を舞う巫女のみに口頭で伝えられる祈りの言葉。
高く、低く。
遠く、近く。
細く、どこまでも透明に。
繰り返される祈りの言葉。
悲しく、それでいて優しい、祈り。
最後の一節が、歌い終わり。
舞っていた蝶も、消える。
誰もが身動きが取れなかった。
今目の前で起こっていた、幻想的な世界から帰れていない。
そんな中、巫女だけが、動く。
そして、一言。
「勇者様、お願いがございます。私をそこの神官の代わりに連れて行って下さいませ。」
※※※※※※※※※※
勇者一行が旅立ってから、約半年。
勇者一行が一時的に、王都に戻ってきた。
訃報とともに。
新しい回復役を連れて行くために。
そして同時に、以前、先生と呼ばれていた神官の前に白い蝶が帰郷した。