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第1話 おにはそうじゃないだろ 

 むかしむかし、あるところにお爺さんとお婆さんがおったそうな。

 お爺さんは山へしば刈りに、お婆さんは川へ洗濯に。

 お婆さんが川で洗濯をしていると、どんぶらこどんぶらこ――というのが、皆さんもよくご存じの、日本昔話の”桃太郎”。

 ただこれは、そんな誰もが知る”桃太郎”とはちょっとだけ違うお話のようです――。




◇◆◇




 ニッポンは瀬戸内、打ち寄せる波は穏やか至極。からからとしたお日様ののぞく空の下には豊かな大地と青々とした海原のかぎり。本州と四国の間に横たわる母なる海に点在する大小さまざまな島が、このお話の舞台。

 


 一周するのに徒歩で一日とかからない、とてもとても小さな島。

 のどかでゆったりとした時間の流れる浜辺に、いま、一人の少年がおりました。


「けーんをっかっかげてえんやこら~♪ じゃ~まっだどっけどけぶっちのめせ~♪」


 陽気に歌をくちずさんでいるのは歳の頃11となる元気な少年。

 日に焼けた肌に黒々とした眉、小さいながらも威圧感のある鼻に勝気な目。歩調に合わせて木の棒を上下にふると、精悍な顔つきがますます格好良く見えるものです。


 しかし、それは長続きしませんでした。

 ふう、と溜息をつくと浜辺にどさり。腰を下ろす姿は完全に老人のそれ。後ろ手に空を仰ぐ顔も憂鬱そうです。


「はーあ。つまんねえなぁ」


 これでもかというくらいに燦々と輝くお日様とは対照的に、少年はちっとも浮かないご様子。手にしている木の棒も彼の心をあらわしたかのように、細く頼りなげに見えます。


「なんか面白いことねえかなぁ。だれか争いでも起こしてくんねえかなぁ……」


 なにやら不穏なことをのたまっているこの少年。名を桃園太郎。

 そう、彼こそ、かの有名な”ももたろう”の子孫なのです。


「これも全部”おに”のせいだ。くそっ!」


 桃園少年はふわぁと後ろに倒れると砂をぐっと握りしめます。力のこもった有り様から随分な怒りを感じ取ることができます。

 その怒りのキーワードとなっているのが、彼が先ほど口にした”おに”であることは間違いないでしょう。

 それははるか昔、”ももたろう”と呼ばれた青年の、悔しくも虚しい物語。

 皆さんに語るためには、実に1000年ものトキをさかのぼることになります――。




◇◆◇




 とある島、川を流れていた大きな桃から生まれたももたろうは、優しい老夫婦に拾われすくすくと育ちました。

 青年となったももたろうは、近頃ちまたで噂のやんちゃな”おに”とやらを退治するために、お爺さんとお婆さんから”キビタンゴ”という怪しげな食べ物をさずかり、意気揚々と旅立ちました。

 道すがら”キビタンゴ”を使用して”サル” ”イヌ” ”キジ”の3人を洗脳し伴として、用意されていた舟に乗りこむと、はるばる遠く”おに”とやらが棲む島へ向かいます。

 雨風にもまれ、荒ぶる波に苦戦しながらも、なんとか一つの島に辿り着いたももたろう一行。おにを退治せんと内地へ踏み入った彼らでありましたが、待っていたのは無情なる現実。

 というのも、”おに”は既に島民によって退治されていたのです。


 簡単に説明すると、でかい図体と類まれな腕力にものを言わせてぶいぶいと幅をきかせ、横暴のかぎりを尽くしていた”おに”に怒った村人たちが大挙して”おに”の自宅に押し寄せ、集団でたこなぐりにしてしまったとのこと。

 数の暴力、恐ろしいものです。

 泣きながら謝罪する”おに”に村人たちの溜飲も一段落。もう金輪際でかい態度は取らないと誓約書を書かせたことで満足した村人は引きさがり、”おに”はおにで改心したようで村人たちとも仲直りをして一緒に畑仕事に汗を流す始末。

 ももたろう一行が辿り着いたのは、そんな彼らが畑で談笑し手拭いで汗を拭っているところだったのです。


 とはいえ、ももたろうたちとて黙ってはいませんでした。

 遠路はるばるやってきたわけでありますから、もうおに退治は終わりました、あなた方に用はありませんよと言われたところで、はいそうですかと納得できようはずがありません。

 なにせ故郷の島ではお爺さんとお婆さんが自分達の凱旋を待っているのです。なんの手柄もなしに手ぶらで帰るわけにはいかん! というのが彼らの言い分でした。


 どうしたものかと思案すること数分。笑顔で畑仕事に精を出している”おに”。

 退治に来たという自分達を気にする素ぶりは無いどころか、完全な無視です。

 むかむかしてくるではありませんか。

 彼らは決めました。というか、ももたろうが一人で決めました。お伴の3人は洗脳されていますからね。相談する必要もありません。

 ももたろうが着目したのは”おに”が手にしていた(くわ)。鍬といえば、地を耕す先の部分は鉄でできています。鉄、鉄、鉄……。うん、これは凶器だね。当たったら危ないから。仕方ないね。


 そう判断したももたろうたちは一斉に”おに”に襲いかかります。

 これに驚いたのは”おに”と周囲の村人たち。突如として武器を手に突進してくる彼らに狂気を感じたのは無理もありません。村人たちが”おに”の側に立って応戦するのも必定です。

 だって”おに”はもう、皆の友人だったのですから……。

 

 死闘を繰り広げること一時間。双方傷つき、疲れておりました。

 睨み合うこと数瞬、ももたろうとおには武器を手にしたまま前へ進み出ました。その他の者達は肩でぜいぜいと息をしながら見守るだけ。こんな熱い中、もう動きたくはないというのが本音です。


 一歩、また一歩と歩み寄る両者。言葉はありません。観衆も固唾を呑んで見つめます。

 そして、ついに手の届く距離になったとき、おもむろに両者は手を前に差し出しました。

 そう、握手です。がっしりと握手が交わされました。

 考えてもみてください。したたる汗、負傷した身体、こびり付いた血の痕。流した汗と血と涙が両者に不思議な絆をもたらす! ――よくある話です。


 いまここに、戦は終わりを告げました。

 歓喜する者達、感動に涙する者達、洗脳が解け呆然とする3人。

 ももたろうとおにの間にもう憎しみはありません。というか、憎しみは最初からありませんでした。ただちょっとももたろうがイラッとしていただけですから、少し暴れて気が晴れたようです。おには元より応戦していただけ。相手が矛をおさめるのであれば否やはありませんでした。


 さて、万事めでたく解決したももたろうは、すっきりとした気分で舟へと戻っていきました。

 別れの際にはお土産としてお弁当も貰い受け、大きく手を振る村人たちに見送られながら後にしました。

 決して振り返らぬよう、振り返ってしまえば自分はどうなるか――。こみあげる涙を押し殺し、未練を断ち切るように向けられた背に、おに達も涙目にならずにはおられません。

 いつまでも続く送り言葉に、ももたろうはきっと顔を上げて勇ましく浜辺へ向かいました。


 ところが、です。

 そんな感動的なももたろうを待ち構えていたのは無残に破壊された舟。

 ももたろうは狼狽しました。とても直せるレベルではありません。そもそもこれは貰い物です。自分で舟を作ることなどできようはずがありません。つまり、帰る手段が失われたのです。


 誰がこれを! 

 ももたろうは怒りに打ち震えました。

 くそっ! くそっ! なんてひどいことをっ!

 何度も何度も、拳が砂をうがちます。跳ね返った砂粒が頬を打つことなどお構いなしです。

 許さねえっ! こんな、こんなことするやつは人間じゃねえっ!

 ももたろうの声なき慟哭が浜辺にひびきます。


 と、そこへ、ぽんぽんと肩を叩く衝撃がありました。

 まだ怒りの抜けきらないももたろうは憤怒の表情で背後を振り返ります。

 途端、さぁーっと血の気の引いていく音がはっきりと聞こえました。

 そこにいたのは、”サル” ”イヌ” ”キジ”の3人。

 ちょっと(つら)貸してもらおうか。まるでそう言いたげな3人の顔は修羅のようでした。


 後日、ももたろう一行は村人たちの下へと舞い戻り、末永く幸せに暮らしましたとさ。おしまい。




◇◆◇




 あれから1000年、結局は手柄もなく帰れぬと、この島に永住することを決めたももたろうの直系の子孫である桃園太郎は、いつまでも先祖の果たせなかったおに退治を夢見て、こうして日々を過ごしているのでした。


 空に浮かべたおにの顔、心からの笑顔を浮かべるそれに憎悪がつのります。

 握りしめた砂が空へと放たれました。

 直後、その砂が自身の顔を覆いました。

 ごほごほと咳き込み、ぺっぺと口に入った砂を吐き出す姿は哀れでなりません。


「全部おにのやつが悪いんだ!」


 短く乱雑に切られたぼさぼさの黒頭が吠えます。

 完全に無関係です。でもそんなことは彼には関係ないのでしょう。理不尽なものです。

 頬についた傷痕は冒険の証でしょうか。伊達に腕白坊主を気取ってはいません。

 と、かつてももたろうが打ちのめされ這いつくばったように浜辺に寝転がる桃園の叫びに、予期せぬ応えが一つ。


「え? ぼ、ぼく、なにかした?」


 声のほうに目を向ければ、そこには一人の怯えた少年が。

 霧がかった薄明の空のような霞色の髪はくるくると。垂れ目はいかにも意志薄弱そうで気に入りません。細くて小さな鼻に薄く繊細な唇も女のようでイラッとします。

 それでいて、おでこの左右からにょきっと生えている小さな角はちょっとかっこいい。

 彼の名は鬼瓦権座衛門おにがわらごんざえもん

 そう、あの”ももたろう”に登場する”おに”の直系の子孫とは彼のこと。くしくも、桃園とは同学年でした。


 桃園はあまり彼のことが好きではありません。

 こういうなよなよした部分がいちいち気に障るのです。

 それでも男か! と叫びたくなる声を抑えて、桃園はのそりと上半身を起こしました。


「鬼瓦、おまえさ」

「う、うん?」


 おどおどとしつつもかわいらしく首を傾げる鬼瓦に、桃園は言いました。


「世界征服しねえ?」

「へ?」

「なあ、もういいだろ。十分のんびりしたろ。1000年だぞ、1000年。なんでおにが1000年も呑気に暮らしてんだよ! 立ち上がれよ! 元気出せよ! お前の野望はどこにいった! おにだろ、おまえは! 世界を征服しねえでどうすんだよ! 役目を果たせよ! 使命を忘れるなよ!」

「ちょ、ちょっと、桃園くん」

「わかった、世界はいいよ。さすがにちょっと言い過ぎたわ。でも、この島くらいは征服しようぜ。じゃないと俺がおに退治できないだろ。なあ、分かってくれよ。俺にも立場ってもんがあんだよ。そろそろおにの本性を思い出せよ。本当は暴れたいんだろ? なにもかも滅茶苦茶に壊したいんだろ? 分かってるって。俺には分かるんだよ、おまえの気持ちが。その胸の中にたぎっているおまえの熱い気持ちが!」

「ちょ、揺さぶらないで、痛いよよよよよ」

「いまだ! いまこそそのときなんだ! なあ鬼瓦!」


 そのとき、浜辺に猛烈な勢いで駆けて来る影がありました。


「こおおぉぉぉらあああぁぁああああ! 桃園くん! また鬼瓦くんにちょっかいだしてえええぇぇぇえええ!」

「あ、先生」

「やべっ」


 鬼瓦を投げ捨て、桃園は走ります。ぐんぐんぐんぐん走ります。

 先生が到着したころには、桃園ははるか遠く。ため息の一つも出るというものです。

 桃園からしてみれば全くもって不当なことではありますが。


「ちっくしょおおおおお。いつになったらおに退治ができるんだよおおおおおぉおぉぉお」


 桃園の切なる叫びが時報のように青天の下こだましています。




◇◆◇




 前略 ご先祖様、


 鬼ヶ島は今日も平和です――。


むしゃくしゃしてやった。

続きを書くかは未定です。

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