第九十七話 俺が人間を辞めた記念の日
俺のところに押しかけてきた魔王から、今脅威となっているシャロンという女が、異世界のろくでもない君主であることを聞かされた。
ちょうど魔王も彼女のことをあまり良く思っていないようなので、このままいけば、誰から提案するまでもなく、シャロンと闘って打ち滅ぼそうというお決まりの流れになろうとしていた。
だが、それを遮るように、俺の頭にもう一つの打開案が閃いたのだった。ただし、作戦としては、普通に打ち滅ぼすよりも、最悪なものだったのだがね。
「おい、魔王! 良い作戦を思いついた。あいつの居城に乗り込んで、ルネを奪還するついでに、シャロンを昏睡状態にして拉致するんだ。そして、とある富豪に一億円以上で売って、その金でルネを買い取る! そうすれば、お前らも目障りなやつがいなくなるし、俺もルネを正式に雇える。万事、めでたしめでたしではないか!」
シャロンの性悪な性格を考慮すれば、間違いなく臣下に嫌われている筈だ。むしろ連れて行ってくれることに感謝されるんじゃないだろうか。後は、アルルのように眠らせたままにして、観賞用にでもすれば、コレクションとして他の追随を許さない逸品になるだろう。
いや、とある富豪に限らず、高値で買いたいという物好きは絶対にいる。金が有り余っていて、特殊な性癖を持つ変態は、探せばいる筈だ。
「激しく抵抗するだろうね。他人をコレクションするのは大好きだけど、自分がコレクションにされるのは御免被ると、全力で抵抗してくるのが、目に見えるよ。プライドが魔王様の次に高いから!」
「しかも、昏睡状態にした上でなんて……。ただ倒すだけでも大変そうなのに、さらに難易度を上げていませんか? そもそも宇喜多さんの計画、倫理的にも問題大ありです」
「に、人間的には問題があっても、魔王的には何の問題もないだろ? それにシャロンにとっても、殺される訳じゃないんだし、結果的にみんなが救われるのなら、終わり良ければ全て良しじゃないか!」
自説の正当性を、かなり強引に証明しようとしている。こんなに必死にアピールしたのは、就職試験の面接のとき以来ではなかろうか。人を攫う計画を声高に叫んでいる自分自身に、疑問を覚えそうになるが、構わずに続ける。
「お兄ちゃん……。あんなおばちゃんを高値で買い取るようなもの好きはいないよ? 私レベルの美少女でなければ無理だね、うん!」
シロが美少女かどうかはさておき、シャロンがおばちゃんだから売れないというのであっても、解決策はある。
「魔王……。あんた……、人を子供にすることが出来るんだろ……?」
出来ないとは言わせない。ミルズたちを破った後、子供の姿にしていることは、既に情報として得ているのだ。それが魔法なのか、呪いなのかは知らないが、出来ることは確かだ。シャロンの幼女化に成功すれば、俺たちの雇い主である富豪のストライクゾーンにも引っかかるのではなかろうか。
俺の提案は以上だった。後は、他の者が賛成してくれるのを待つだけだ。俺的には自信があったのだが、賛同する意見は、なかなか聞こえてこない。失言だったかと自信を無くしかけていると、魔王から笑いが漏れてきた。予想通り、最初に乗ってきてくれたのは、この大蛇だった。
「ギャハハハア! お前もなかなかの悪じゃねえかああ! いや、お前みたいなのは、屑って表現した方が、適切なんだっけええ? どうしてシロに気に入られたのか、よおおおく分かったぜえええ!!」
好意的に捉えてくれるのはありがたいが、屑呼ばわりは控えてほしい。せめて悪でお願いします。
「いいぜええ! 俺も褒められた性格じゃねえし、屑の大博打に協力してやるよおお! おい、今日という日をちゃんと胸に刻んでおけよおお? 自分が人を捨てた記念日なんだからなああ!!」
人を捨てた……。まあ、相手の性格が悪いとはいえ、人身売買を勧めている訳だから、否定は出来ないか。
「むうう~! 魔王様が首を縦に振るのなら、随一の忠臣であるこの私も、賛成せざるを得ないね!」
魔王に続いてシロも乗ってきてくれた。傍らで魔王が、随一の忠臣発言に首を捻っているが、敢えてツッコむようなことはしないでおいてやろう。
「それでこれからの作戦なんだがなああ……」
「ちょっと待ってください! まだ私が残っていますよ。この話に乗りますから! 私も異世界に行きますから、空気扱いは止めてください!」
いてもいなくても変わらない戦力外キャラとして、参加の有無すら聞かれずに、空気として処理されかけていることを感じ取った城ケ崎が慌てて、異世界行きを嘆願していた。いいのか? そんな勢いに任せて、危険の中に自分を放り込んじゃって。
何はともあれ、この場の全員が、俺の意見に賛成してくれた。魔王とシロは、あっさり承諾してくれると思っていたが、城ケ崎まで乗って来てくれたのは予想外だったな。とりわけ、魔王も含まれているというのが、何より心強い。
「ただし……! 今回限りですからね。これを機に、人攫いに目覚めないでくださいよ。もしそうなったら、私が勇者になって、宇喜多さんを仕留めますから」
「ははは……、シロたちには歓迎されそうだから、成敗される前に助けてもらおうかな……」
俺は冗談を吐きながら苦笑いしたが、城ケ崎の目は笑っていなかった。彼女の本気が伝わってきて、思わず身震いしてしまう。心配するな。俺も、シャロンを売った金で、ルネを買い取ったら、危ない真似はこれっきりにして平穏に生きると誓うよ。小心者だから、本当は今だって、危ない真似はしたくないのだ。
「でもさ~! だんだんお兄ちゃんの考え方が魔王様に近付いてきているのを感じるよ! もう私の知っているビビりのお兄ちゃんはいなくなっちゃったのかな?」
「私たちの雇い主の富豪とも、考えが合うと思いますよ? あまり褒められたことじゃありませんけどね。あ~あ……、宇喜多さんは、最初はまともな人だったんですけどね。異世界と交わっている内に、すっかり悪い方向に目覚めてしまいましたね。大人になってからぐれるとは……。私は悲しいですよ」
ところどころから否定の言葉が聞こえてくる。お前ら、俺が大人しくしているからって、好き放題言い過ぎだろ。だが、裏腹に口調は明るい。さらに言うなら、俺を見る眼差しも明るい。
「とにかく! お兄ちゃんの意見をまとめると、魔王的には、グーな意見だと思うよ! 私、シャロンのこと、大嫌いだからね! 良いじゃん、是非やろうよ!」
議論はシロの一言でお開きになった。さて、シャロンをどう料理するかの議論の次は、どう殴りこむかについてだった。
「俺は正面突破が一番だなああ~~! 細かいことを抜きにして、邪魔者をまとめて蹂躙出来るところが良いぃぃ!」
いかにも暴力の権化といった発言だ。なんとも魔王らしいことで。いよいよ異世界への殴り込みが現実味を帯びてきたと、体温が上昇してくる。……と思ったが、先に鼻がムズムズときてしまった。
「「ハックション!!!!」」
城ケ崎と仲良く盛大なくしゃみをする。本当にタイミングが一致していて、きれいにはもってしまった。魔王も話すのをピタリと止めている。そういえば、服が濡れたままなのを忘れていた。シャワーも浴びていない。
俺と城ケ崎は気まずい視線を感じながら、照れたように提案する。
「作戦会議も良いんだが、その前に温まってきていいか?」
当初予定していたよりも、主人公が悪い方向に流れています。
このまま魔王の臣下にならないか、ちょっと不安だったりします。




