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第九十五話 いらっしゃいませ、魔王様

 勤務中に異世界の勇者軍団から襲撃を受けて、やつらのリーダー格であるシャロンから、拉致同然で異空間に連れ去られてしまった。そこで散々痛めつけられながらも、どうにか逃げ出すことに成功し、ホテルの部屋で一息つこうと帰路に就いた。


 ほうぼうの体でホテルの部屋に戻ると、キャンピングカーほどのサイズを誇る大蛇が待ち構えていた。不意打ち過ぎて、悲鳴すら漏れない。ドアノブを掴んだまま、電池の切れたロボットのように、思考まで停止してしまいそうになる。


 シャワーを浴びて、缶ビールを飲むことしか考えていなかった頭で、どうしたものか考えるが、疲れた頭では妙案はそうそう閃いてくれるものではないらしい。城ケ崎もおそらく気持ちは同じ筈だ。顔を見るまでもなく察することが出来るよ。


「お兄ちゃ~~ん!!」


 こう着状態を打破してくれたのは、部屋の奥から、軽快な動きで大蛇を避けつつ突進してきたシロだった。


 シロは突進の勢いを利用して、俺に向かってダイブ! そのまま抱きついてきた!


「ぐおっ!?」


 ぶつかってきたのが、ちょうど腹の良い場所だったので、不覚にもむせてしまう。体勢も揺らぎかけるが、そこはちゃんと踏みとどまった。


「爺さんに電話で聞いていた通りだな。というか、まだ元気が有り余っているみたいだ。もう少し痛めつけられて、グロッキーになっていた方が良かったんじゃないのか?」


 シロとは、シャロンから拉致られた時に別れているが、その時点で二対一と不利な状況に追い込まれていたのだ。最悪、やられてしまっている事態も覚悟していたのだ。


「全く! 一時は本気で心配したんだからな!」


「ふっふっふ! あの程度では、私はビクともしないのです! 知っての通り、頑丈ですので!」


 嘘をつけ。涙目だったくせに。周知の通り、泣き虫なんだから、必要以上に強がるものじゃないぞ。


「怪我は……、大丈夫みたいですね。さすがに無傷とはいかなかったようですけど」


 巻かれている包帯や絆創膏を見る限り、無傷とは言えないまでも、動き回る元気があれば、ひとまずは大丈夫と言い切っても良いだろう。


「……聞いたぞ。仲間を奪還されてしまったんだってな」


「うん! しかも、ルネまで連れて行かれちゃった……」


 仲間……。施設を強襲してきた二人の幼女と共に、かつて魔王に戦いを挑んだというやつのことか。俺の聞いた話では、俺と城ケ崎を雇っている富豪の元でコレクションの一つとして監禁されていたらしいが、ついに解き放たれたのか。単純に考えて、敵の数が一人増えた訳だ。おまけとばかりに、俺のルネまで拉致していきやがって。本当に勇者かと糾弾したくなるほど、手癖が悪い。


「宇喜多さん。再会の挨拶も良いですけど、ひとまず部屋に入りませんか? 人に見られたら、面倒でしょう」


「ああ、そうだな……」


 面倒どころか、騒ぎになって、ホテルを追い出されるだろうな。また宿無しになるのは遠慮したい。シロを抱えたまま、城ケ崎と部屋に足を踏み入れると、ドアを閉めた。


 外と隔たれた室内を見回すと、俺と城ケ崎とシロ。そして、我が物顔で中央に陣取っている大蛇……。


 コンビニで買ってきたばかりの缶ビールを一本取りだして一気飲みすると、気持ちが落ち着いてきた。早速シロに、この大蛇は何だと質問することにした。あまりにもインパクトが強かったので、聞きあぐねていたのだが、ようやく決心がついたのだ。だが、まさに質問を口にしようとしたところで、悪寒が全身を走った。一瞬で悟る。この大蛇は只者じゃないと……!


 この大蛇のことを短絡的に判断するのなら、シロの使い魔かペットで片付けるのが、最も手っ取り早い。


 だが……、俺の第六感は、この大蛇から只者ではないというオーラがとめどなく溢れてきているのを感じるのだ。何かこう……、気分を害させてはならないような……、傍若無人な圧力を感じるのだ。


 結果的に言うと、俺の直感は当たっていた。シロが大蛇のことを紹介してきてくれたのだが、いやはや、驚いたね。


「あ、紹介するね! こちら、魔王! 私のボスでね、異世界で一番強くて、偉いんだよ、エッヘン!!」


 蛇が勝手にホテルの部屋に入って来る訳がないので、異世界の生物であることは察していたが、まさか魔王とはね。


 しかし、胸を張って、自信満々に言いきってくれたな。というか、そのあっさりとした説明は何だ? お前の話が本当だとして、仮にも異世界の魔王だぞ。もっともったいぶって紹介しろよ。あと、どうしてお前が得意げなんだ?


 てっきり魔王は人間の姿をしていると思っていたのに、まさか蛇とはな。どうリアクションを取ったものか困っているのを、迷惑がっていると勘違いした魔王が口を開く。……喋れたんだ。


「そう迷惑丸出しな顔をするな。こんな虫かごみたいな部屋、話が済んだら、こっちから出ていってやるからよお!」


「はあ……」


 狭い東京暮らしに慣れている俺には、この部屋も広い部類に入るんだがね。というか、あなたが我が物顔で占拠しているせいで、狭くなっていると言いたい。


「まあまあ。ちょうどコンビニで食料を買い込んできたことですし、話をしましょうよ。彼らも用件があって、顔を出したんでしょう」


「ああん? 小僧の割に、なかなか勘が鋭いじゃねえかああ! 回りくどい説明が省けるから、助かるぜええ!」


 話があるねえ……。言っておくが、俺は疲れているので、簡潔にお願いするぜ。相手が魔王だからって、そこは容赦しないぞ。


 とりあえず部屋の中央にとぐろを巻いて陣取っている魔王を囲むように、俺たち三人は腰を下ろした。話をしながらつまむために、コンビニで買ってきた惣菜や飲み物を、適当に空いているスペースへ無秩序に置いていく。


 ふと魔王と目が合う。そういえば、異世界の覇者は、何が好きなんだろうか。魔王というと、ワインを片手に悠長に構えているイメージがあるが、酒の類は飲めるんだろうか。悩んだが、買ってきた物の中に高級品は含まれていなかったので、見栄を張らずに、缶ビールを渡すことにした。


 俺の渡した缶ビールを口で器用に受け取って、これまた器用に飲みだすかと思ったら、そのまま丸飲みしてしまった。缶ビールを差し出した時のままになっていて、今は何も持っていない右手を眺める。なんとなく、蛇がゆで卵を丸呑みしている映像が、頭に浮かんだ。


「こっちの世界の飲み物は美味いよなああ! 五臓六腑に染みわたるぜええ!」


「はあ……」


 味わうことは出来ているらしい。ビールで勢いづいたのか、次は封の開いていないポテトチップスを丸呑みした。放っておいたら、全ての食糧を丸呑みしそうな勢いだ。もういっそのこと、ビニール袋ごと口の中に放り込んでやろうかと思ってしまう。


「それで、ここに来た用件についてなんだがなああ!」


 用件について覚えてくれていたみたいだ。正直、このままフードファイトに突入されたらどうしようかと本気で危惧していたのだ。


「今日お前らを襲ったシャロンって女と、その愉快な下僕どもについて教えてやろうと思ってなああ!!」


 さっきまで俺を苛めてくれていた女の名前を聞いて、コロッケを口に運ぼうとしていた手が止まる。


「確か……、勇者の一団を率いているようなことを口走っていたっけ……」


「おっ? 興味津々みたいだなああ!」


 俺の食いつきが良いことに、魔王はご満悦のようだ。俺も今まで断片的にしか知らされてこなかった異世界の勢力図について、突っ込んだ話が聞けそうでドキドキしているよ。


個人的に好きなビールのおつまみは、ピザとおでんとうどんの3つです。

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