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第九十四話 ゆとり世代は何が何でも我を通す

 ミルズが事情を知らない間宮たちによって病院に運ばれている頃、俺と城ケ崎は濡れた体を引きずりながら街を彷徨っていた。


 何も悪いことをしていないのに、通行人からは顔を伏せられるんだ。濡れ衣を着せられている気分だよ。……念のために言っておくが、リアルで濡れ衣を着ているじゃないかという突っ込みは受け付けていませんから。


 財布の中に偉人たちも濡れてしまっていて、このまま買い物に行って精算の際にレジで渡したら、確実に店員から嫌な顔をされることだろう。乾かさないと使えそうにない。携帯電話も使用不能になっていたらどうしようかと危惧したが、電源を入れると、見慣れた画面が開いてくれたので感激した。


 ともかく! これで仕事先に、俺たちの無事を伝えることが出来る訳だ。不幸中の幸いとばかりに電話を掛けると、ワンコール鳴り終わるより先に爺さんが出てくれた。俺たちからの電話を、首を長くして待っていたかのような早業だね。


 しばらく電話で報告した後で、城ケ崎にも申し送りを伝える。


「勝手にいなくなったことに怒っていました?」


「まさか! 俺たちは拉致られたんだ。被害者なのに、怒られてたまるか。向こうも被害が大きいから、今日はこのまま帰って良いってさ!」


「それは、ずいぶんと寛大な処置ですね。ちょうど疲れていたので、願ったり叶ったりですけど」


「後な……。雇い主の富豪が、ちょうどこっちに来ているらしく、良い機会だから、会って話をしたいって言っているそうなんだ」


 富豪の話をした途端、それまでほころんでいた城ケ崎の顔が、にわかに険しくなっていく。俺は何かまずいことでも口走ったのだろうか。


「……!!」


 驚愕の表情を浮かべる城ケ崎をよそに、俺の耳は聞きなれたエンジン音をキャッチしていた。そこら辺を走っている安物とは違う。高級感のある振動音……。


 見ると、向こうの通りに、おれを毎朝送り迎えしてくれている黒塗りの高級車が走っている。さっき電話したばかりなのに、もう到着したとは……。まだこちらには気付いていないみたいだが、行動が早いな。


 濡れたままでは嫌な顔をされるだろうが、一刻も早く温かい風呂につかりたいので、爺さんに向かって手を振ろうとすると、城ケ崎に止められた。


「何だよ?」


「あっ、いえ……。こういうことをお願いするのは、気が引けるんですが……、富豪と会うのは断りませんか?」


「……何で?」


 相手は俺たちの雇い主だぞ。こっちが会いたくないからといって、そんな我が儘は通らないだろう。生憎と、俺はお前と違い、ゆとり世代の考え方は持ち合わせていないんだよ。


「か、風邪を引いたって言えば、向こうも分かってくれると思いますよ……? 無理強いはしないでしょう……」


 弱々しい声で、訴えるようにすがりついてくる。というか、断りの電話すら、俺に入れさせようという魂胆なのか!?


「はあ!? どうしてそんな回りくどいことをしなくちゃいけないんだよ? ホテルのシャワーより、富豪の邸宅の広い風呂の方が、疲れだって取れる。富豪に会って、ちょっと顔見せ代わりの挨拶をするだけだ。どうせたいした用事じゃないよ。ほんの短い間の辛抱じゃないか」


 言って聞かせようとするが、城ケ崎は頑なに拒み続ける。話は平行線をたどり、ついには暴挙にまで出られてしまった。


 城ケ崎のやつ……、俺の右手を掴んだかと思ったら、いきなり自分の胸に押し当てやがった。


 着痩せするタイプみたいで、右手に柔らかな温もりが満ちる。体温が爆発的に上昇する。頭もショートしそうなくらいに熱くなり、冷静を保とうとするが、声が上ずってしまうので、動揺しているのはバレバレだ。


「なっ……!? 何をするだ……!」


「こ、この姿を見られたら、宇喜多さん、ただじゃ済みませんよ……!」


「俺を……、脅しているのか?」


 こいつ……。富豪と会うのが嫌だからって、ここまでするか……? ただ単に嫌な上司と会いたくないというレベルじゃないぞ。


「ねえ……、いいでしょ……? 富豪が諦めて屋敷からいなくなるまでの間で良いですから……!」


 城ケ崎自身、やっていて恥ずかしいのか、真っ赤な顔になりながらも手を離す気配はない。異世界の少女たちをコレクションにしてしまうような富豪を嫌うのは分かるが、体を張り過ぎだろ。そんなに会いたくないのかよ……。


「こ、これは、誤解だということを懇切丁寧に説明する。分かってもらうまで……」


「信じてくれますかね? そもそも私が話を合わせると思いますか? 実は付き合っていて、宇喜多さんが発情して、行為に及んできたって言い切りますから」


「ぐ……、ぐぐぐ……!」


 その場合、城ケ崎の方が有利になるだろう。悲しいことに、俺の話には、誰も耳を傾けてはくれまい。


 たいへん面白くないが、こうなっては、城ケ崎の要求を呑むほかあるまい。せめてもの抵抗として、これだけは条件として受け入れさせよう。


「缶ビールと酒のつまみを奢れよな……」


「お安いご用です」


 勝ったと笑みを漏らす城ケ崎のドヤ顔が、どうも気に食わない。人を脅してくれたことへの報復も兼ねて、コンビニでカゴに商品を入れまくってやる。軽はずみに奢ることを了承したことを後悔させてやるからな。




 一悶着から一時間ほど後、ホテルの廊下を物でパンパンに詰まったビニール袋を両手に持った二人が歩いている。幸いなことに、爺さんは突然の無茶苦茶な要求をすんなり呑んでくれた。説教を覚悟していたのに、不自然なほどアッサリと了解してくれたのだ。まるで駄目もとで誘ってみたが、やっぱり駄目だったかというような声色だった。怒られなくてホッとしたよりも、俺の知らないところで、どんな確執を繰り広げているのか気になってしまう。


「ずいぶんと買い込んでくれたものですね……」


 買ったばかりの食料品を見ながら、疲れた口調で城ケ崎が呟く。これだけの量を買うとなると、値段も軽いものでは済まない。自業自得とはいえ、城ケ崎の財布が受けたダメージは甚大なものになった。


「……ちなみにですけど、本当に完食出来るんですよね? 結局、食べきれなくてギブアップってオチは止めてくださいよ」


「ああ、もちろんだとも! 腹が減っちゃってな!」


 善戦はするさ。ほとんど口を付けないでギブアップはしないよ。当初の目的である城ケ崎の涙目も拝めた訳だし、問題はない。


 さて……。


 現在俺が宿泊している部屋の前まで帰ってきた訳だが、朝出勤した時と比べると、確実に変化が生じていた。同居人、……というか、使用人のルネの不在だ。


「部屋の中、やっぱり気になりますか?」


「シャロンの話だと、強引にルネを連れ去ったみたいだからな。それなりに荒らされていることは覚悟しないとな」


 そう言って空元気を見せたが、本心ではルネさえ戻って来るのなら、仮住まいの部屋などいくら荒らしてくれても構わないと思っていたりする。


 とはいえ、ドアの前でいくら立ち尽くしたところで状況が好転してくれる訳でもないので、観念してドアを開けると、室内を占拠している大蛇と目が合った。


「……」


 未知との遭遇に全身が硬直する。金縛りにかかった訳ではないが、ここから取るべき正しい行動が思い浮かばず、ドアノブに手をかけたままの姿勢で直立不動してしまう。俺の様子を不思議に思って、肩越しに大蛇を確認した城ケ崎も同じように固まってしまう。


 互いに言葉を交わすことはないが、この状況をどうしたものか、城ケ崎も考えあぐねているらしいな。とりあえずホテル側にクレームを入れても解決しないことだけは分かっている。


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