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第九十三話 廃墟の幼女

「おい……、そこにいるんだろう? 出て来いよ……」


 魔王との戦いで傷ついた体を廃墟で一人癒すミルズの前に、ストレス発散を目的に同じく廃墟を訪れていた間宮たちが目に入った。興味を持ったので、二人の様子を後ろから観察していたら気付かれてしまい、出てくるように要求されてしまっていた。


「なかなか出てこないっすね。あ、それとも、もう出てきているけど、姿が見えていないだけとか! 万丈、バッドをスタンバイっす!」


「アホか。こんな明るい内から、悪霊が出る訳ないだろ。ああいうのは、辺りが暗くなってからって、相場が決まっているんだよ!」


「そうかね? もし、そんな存在がいたら、昼夜を問わずに出てくると思うんだがね。それよりも、幽霊の類は信じていないような顔をして、案外信じているものなんだね。ただ私は幽霊ではなく、れっきとした生きた人間さ」


「「!!」」


 隠れていることがばれたのなら、悪あがきをしても仕方がないと観念したのか、ミルズは潔く彼らの前に姿をさらした。


「あれ……、君……?」


「ふふふ、気配は上手く消していたんだがね。よくぞ見つけたものだね」


「いつぞやのフード被ったガキか。素顔の方が似合っているな」


 こいつらは初対面ではなく、以前街中で顔を合わせているのだ。顔見知りというほど親しくもないが、山中での思わぬ再開に顔がほころぶ二人。だが、すぐにこんなところに幼女が一人だけいるのはおかしいことに気付く。そして、見つけてしまったのだ。ミルズの腕から垂れている赤い一筋の血を。


「あん? お前、怪我をしているのか」


「よく見ると、全身が痣だらけじゃないっすか」


 和んでいる空気が、一気に殺伐とする中、万丈はミルズに歩み寄ると、彼女に顔の高さが合うように屈んで話しかけた。


「……誰にやられた?」


 万丈の目つきが一気に険しくなる。ほとんど喧嘩前の臨戦態勢の状態だ。どうやらミルズが、自分たちの他にここへ肝試しに来た連中から、ひどい目に遭わされたと判断したのだろう。もし、そういったやつらが近くにまだいるのならば、叩きのめす気満々だ。


 そんな険しい目を子供に向ければ、普通は怯えて泣かれそうなものだが、ミルズは物怖じすることなく、廃墟の上の階を指さした。


 そこにはたった今床が崩れたと思われる、穴の開いた天井があった。


「探検していたら、足を踏み外してしまってね。この様さ」


「ここには、君一人で来たんすか?」


「そうだね。一人で山に入って、夢中で遊んでいたら、この廃墟に迷い込んでしまったのさ。帰り道も分からなくて、これはもう笑うしかないね」


 ミルズは説明終了とニッコリしたが、二人の少年は苦虫を噛み潰したような顔をしている。彼らとしては、もっと詳しい説明が聞きたかったのに、思いのほか、あっさりと済んでしまったので困っているのだ。そもそも夢中になって遊ぶような子供に見えない。聞いた人間の年齢がもっと上なら、馬鹿にするなと怒ることも出来るが、幼女相手では怒るのもためらわれる。


「まあ……、そういうことなら良いんだけどよ……」


「この建物はぼろくなっているんだから、気を付けないとダメっすよ」


 仕方がないので、質問を打ち切る。表面上は納得したように思えるが、もちろん二人ともミルズの嘘を信じている訳ではない。こんな見え透いた嘘を信じるほど、二人とも騙されやすい人間ではないのだ。


 それに……、廃墟の二階から転落したくせに、ミルズは目元に涙を浮かべていない。普通の子供なら、痛みで泣きじゃくっている筈だ。


「はあ……、怪我人を見つけちまったんだから、もうキャンプどころじゃないな。おい……、撤退だ。お前、先生の番号を知っているんだろ? 連絡を取って、こんなところから帰るぞ」


「うぃ~っす」


 間宮が携帯電話で会話をしている間に、万丈はリュックに入っていた絆創膏で、簡単に傷口を応急処置してやった。ただし、あくまで素人の手当てなので、ないよりはマシといったレベルに過ぎないが。あらかた終了すると、腰をかがめてミルズに背中を向けた。


「ほら、俺が運んでやるよ。その傷じゃ、歩くのもきついだろ。もうすぐ迎えの車が来るから、病院まで運んでやる。その後で家に送ってやるから、安心しな」


「うむ……、済まないね」


 歩くくらいなら出来ると言おうとしたが考え直して、ミルズはニッコリ笑うと、万丈の背中に覆いかぶさった。少女のような見た目に似つかわしく、「ありがとう!」と大きな声で、お礼を言う。ついさっきまで孤独を寂しがっていたので、人肌の温かさが恋しかったのだ。その温もりを確かめるように、顔を擦り付けている。


「ていうか、お前も、その話し方、どうにかなんねえのかよ! どいつもこいつも回りくどい話し方をしやがって……」


 悪態をつきながらも、ミルズをおんぶしてやる万丈。不良のくせに幼女には優しいらしい。「ふん!」とわずかに声を漏らして立ち上がったところで、間宮が携帯電話をポケットにしまった。


「先生に連絡着いたっすよ。すぐに引き返してくるそうっす」


「ここを出発してから、そんなに時間も経っていないからな。引き返すのにも時間はかからねえだろ」


「それから、弁解もしておいたっすよ。先生、万丈が幽霊と間違って女の子を殴ったんじゃないかと狼狽していたんで、あいつもああ見えて小心者だからって付け加えておいたッす」


「お前……、もし本当に言っていたんだとしたら、俺にも考えがあるからな……」


 顔を真っ赤にして怒る親友を笑いながら、後を追う間宮。だが、その際に目に入った物を見て、顔が一瞬強張る。


「ん?」


 担がれるミルズから何かが零れ落ちるのを見たのだ。しかも、わずかに反射して光っている。


 単にゴミかもしれないが、胸に引っかかるもののあった間宮は、こっそりと拾う。


「これは……、プラスチック?」


 人の肌と同じ色をしたプラスチックだった。まじまじと見ると、血もついている。

 顔を上げて、ミルズの傷口を遠巻きに見ると、傷口の何か所かが、ひび割れたプラスチックに見えなくもない。


「……馬鹿馬鹿しい」


 ミルズはまるでプラスチック製の人形と、頭に浮かんだ考えを、一笑に付して改めて二人の後を追った。


 あの子が人形なんて……、そんな馬鹿なと思いながら。


 辺りがうっすらと暗く鳴りだした頃、彼らの女性教師が運転する車のエンジン音が聞こえだした。


 本当はシャロン様に迎えに来てほしかったと、ミルズは内心で呟いているが、そんなことを知らない万丈は、こんな悪趣味な場所から帰還出来ることに安堵していた。


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