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第八十六話 カツアゲをする者とされる者の、心理状況と力関係

 シャロンという女性に、ルネを渡すように要求された。だが、実際には拉致同然でルネを強制的に保護しているという。俺のところへは、その報告だけに来たような感じだ。


「ふざ……、けんな……!」


 俺の気持ちは、その一言で、全てだった。保護したと言っているが、やっていることは、誘拐じゃないか。それで、ルネのことを考えていますと言われても、信用出来るか。


「あ~ら! 心配しなくても、彼女のことは大切に扱うわよ。ルネのためのきれいなお洋服もたくさん用意しているわ」


「それ……、お人形遊びの延長じゃないですよね」


 ルネのことを第一に考えているような物言いだが、実際はただ新しいおもちゃが欲しいだけじゃないか。


「あら、嫌だわ。まるで人を犯罪者みたいな言い方じゃないの。訂正してほしいわね。私は、親切心で彼女を保護してあげただけなんですから」


「保護、保護、うるさい。じゃあ、会わせろよ。本当に保護しているかどうか、俺の目で見定めてやる。そうしなければ、絶対にルネは渡さん!」


 俺はあいつの父親ではないが、ご主人様なので、それくらいの権限はある筈だ。仮にないと言われても、押し通してやる。


「ふふ……、うふふふ……♪」


「な、何がおかしい……?」


 人が真剣に怒っているというのに、シャロンは顔を伏せて、小刻みに震えだした。泣いているのではない。込み上げてくる笑いを必死に抑えているというのが伝わってくる。笑い方が気に食わなかったので、何がそんなにおかしいのかを強い口調で聞こうとしたら、シャロンが先に顔を上げて話し始めた。


「ねえ、あなた、カツアゲされたことはないかしら?」


「は!?」


 城ケ崎は、突然の謎の質問の意図が読めず、困惑している。俺は素っ気なく「ねえよ」と答えた。カツアゲされそうになっていた下級生を助けたことはあるがね。……こんなことは、今はどうでもいいことか。


「あら、そうなの。でも、自分より力の強い者の圧力に屈したことはあるでしょ? 暴力、権力、経済力……。力の差が圧倒的だと、人は刃向かうことすら考えられなくなって、意思とは関係なく、従順を決め込むようになってしまうものなのよ」


 そっちは否定しない。物心ついた時に、厳格だった母方の祖母に屈したことに始まり、様々な猛者に屈していた。中には、猛者とは言えないやつも含まれていたがね。卒業が懸かっている時の、日頃は馬鹿にしていた老教授とかな。


 シャロンがこれから何をしようとしているのか分かってしまった。顔は笑っているが、どんどん醜悪の度が濃くなってきている。格下である俺に舐めた口を利かれたことへの怒りは微塵も感じられない。ひたすら愉しくて仕方がない様だ。これから分からず屋を屈服させるのに心が躍って、たまらないというのが、ひしひしと伝わってくる。


「ぐっ……!」


「宇喜多さん!?」


 俺の脚に巻き付いていた蔓が、縦横無尽にところ構わず叩きつける。激痛といえば激痛だが、この程度ならまだ耐えられる。伊達に毎晩、『黒いやつ』にしごかれていないのだ。痛みによる恐怖で、俺を屈服させるつもりだったようだが、残念だったな。


「あら。ムカつく顔をしているわね。こんな攻撃、いくら受けても、俺は平気だぜって表情をしているわよ。この世界でなら、いくら痛めつけられても、死ぬことはないから、反抗的な態度を取っても大丈夫だと勘違いをしているのかしら?気に入らないわあ……。下賤の民風情が、私の攻めに物怖じしていないなんて……」


 表情はそのままで、どんどん口が悪くなっていく。この人、どうしようもない程、性悪な性格なんだな。とりあえず俺の態度が気に食わないから、次の手を繰り出してくるつもりなのは察した。


 足に巻き付いていた蔓が離れたかと思うと、今度は俺の顔に突進してきた。突き刺すつもりかと身構えていたら、蔓は俺の口の中に入っていった。そのまま体内で暴れ出す。


「ご、ごばごぽっごごご!?」


「おほほほ! そのままあなたの腸を中から思い切りエクササイズしちゃうわ。死ぬことはないけど、どこまで自分を保てるかしらね」


「む、ごい……!」


 城ケ崎もドン引きするほど、この仕打ちは筆舌に尽くしがたい苦痛に襲われる。しかも、口いっぱいに蔓が詰め込まれているようなものなので、呼吸も満足に出来ない。


「おほほほ! その蔓を抜いてほしかったら、きれいで人格者のシャロン様にルネをお渡しいたしますと大きな声で宣言なさいな」


 さりげなく自分を褒め称えろとまで、付け加えてきやがった。渡すものか……。笑顔に裏がある人格破綻者なんぞに、俺のルネを渡してなるものか……。


 だが、決意とは裏腹に呼吸不全による窒息がどんどん進む。頭の中が真っ白になっていくが、気絶してくれないので、苦痛がエンドレスで強まっていく……。


「無茶を言わないでください。口から蔓を入れられた状態で話せる訳がないじゃないですか。宇喜多さん、ほら、深呼吸!」


 駆け寄ってきた城ケ崎が俺の口に手を突っ込んで、蔓を引っ張り出してくれた。抵抗してくるかと思ったが、蔓は素直に俺の体内から出ていってくれたため、新鮮な空気を存分に取り込むことが出来るようになった。焦って呼吸したせいで、多少むせってしまったがね。


「はあ……、はあ……、死ぬかと思った……。ありが……、じょう……」


「今、『ありがとう、城ケ崎」って言ったんですか? それとも、『ありがとう』しか言っていないんですか? むせり過ぎで、聞き取れませんよ」


 この世界では、死ぬことはないだろうが、その代わりに終わらない苦痛のせいで、気が狂うことになっていただろう。


「宇喜多さん。私はルネという人が何者なのかは知りませんが、この人に預けるのは賛成しかねます。とても人を保護出来るような人格者には見えません」


「当たり前だ。初対面でいきなり脅しじみた実力行使するやつに、ろくな人間はいない!」


 いくら死なないからって、苦痛の地獄に陥れやがって……。決めたぞ! 何が何でも、こいつにルネは渡さねえ!


「あら~? あらあら~ん。私のお願いを断れると思っているのかしら~。……また過酷なお仕置きを受けることになっちゃうわよ」


 こいつ……、間違いなくドSで、性格がひねくれてやがる。自分に従わない者には容赦がなく、且つそんな人間を屈服させることに至上の喜びを抱いている。悪く言えば、軽い変態……。


「まるで、要求を断った私たちをいたぶるのが目的みたいな言い方ですね。この傲慢さ……。あなた、魔王の関係者ですか? もしくは、あなた自身が……」


 疑問を口にする城ケ崎の体が、蔓の一撃によってはたかれてしまい、木の葉みたいに軽やかに宙を舞う。


「城ケ崎っ!」


「失礼なことを言わないでもらいたいわね。よりによって、この私を魔王なんかと間違えるなんて」


 民家の壁に叩きつけられて、呻いている城ケ崎に駆け寄る。怪我は負っていないが、かなり痛そうだ。


「思いつきで話したにせよ、今の一言は聞き捨てならないわ。万死に値する勘違いよ」


 城ケ崎を抱き起す俺の背後に、いつの間にかシャロンが立っていた。ベタな表現だが、気配を全然感じなかった。


「むしろ私は魔王を討伐する側。光の勇者を従える者なのよ」


「勇者を……、従える者……!?」


 嘘だろ!? 魔王がどんなやつなのかは知らないが、とてもこいつがそれを倒す側の人間には見えない。どう見ても、味方の振りをしているが、実は敵側に寝返っていたという裏切り役の人間だろう。


 震撼する俺たちをシャロンは満足そうに見下している。ていうか、こいつが勇者側なら、それの敵役となる魔王は、どれだけ最低なやつなんだよ……。


 衝撃の事実にたじろいでいる俺たちの上空で、黒い影が揺らめいていた。シャロンとは別の脅威も迫っているのだ。やつはこちらに向かって暗い殺意を抱いていた。今日こそ殺してやるとでも言いたげに、目の辺りが歪んだのだった。


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