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第八十二話 最強だった三人

 脅威が去ったことで、先ほどまであんなに激しい戦闘が行われていた場所も、今では嘘のように静まり返っていた。


 シロもすっかり泣き止んで、頬を伝っていた涙も乾きつつあった。傍らに置いてあるキャリーケースは、とっくにもぬけの殻になっていて、時折風でカタカタと鳴るだけだった。


「お兄ちゃん……」


 俺の名を気弱そうに呟くシロ。この場に俺がいたら、よしよしと頭でも撫でて慰めてやりたいところだが、生憎とシロに近付いていたのは、別の人間だった。


「ほっほっほ! 準備にいささか手間取ってしまいました。敵は本丸の中に侵入してしまった後のようですじゃの」


 雇い主の富豪の部下である爺さんが快活そうに、シロへと語りかけた。準備に時間がかかったと言っているが、腰をさすっているので、張り切り過ぎてぎっくり腰にでもかかっていたのだろう。ただシロからすれば、失敗で傷ついたプライドを、さらに踏みにじられたようで、顔を伏せてしまった。


「ついでに申しあげますと、お嬢様の姿も見えませんが……」


「ぐ……!」


 爺さんからすれば、旦那様のコレクションなんぞより、城ケ崎の安全が第一なのである。当初の予定では、彼女の安全を確保した後で、戦闘に移る予定だったのが、肝心のお嬢様がおらず、爺さんの顔には困惑が浮かんでいた。それを聞かないでと、シロはさらに俯いてしまった。


「攫われちゃった……」


「……何ですと?」


 お嬢様は攫われるし、賊には負けるし、シロには良いところが全くない。小さい体をさらに縮こませて、反省の態度を示していた。


「ふむ……。今まで好きなように泳がせておきましたが、お嬢様にまで手を出すとはの……。お痛が過ぎたようですじゃ……」


「ひっ……!」


 いつも勝気なシロが、珍しく悲鳴を上げた。無理もない。いつも温厚に笑っている爺さんの目が、堅気ではないと分かるほどに冷たい光を放っていたからだ。もし、この場に俺がいたら、恐怖で失神していたかもしれない。


「い、言い訳をする気は毛頭ないけど、良い知らせが一つあるよ! ま、魔王様が直々にやつらを追っているの!」


 『魔王』という単語に、じいさんの眉がぴくりと反応した。ちょうど連絡を入れて、増援を頼むつもりだったのだ。なのに、まさか本人が来ているとは。部下の不手際の詫びのつもりかと、爺さんはシロを見ながら、ほくそ笑んだ。


「とはいっても、来ているのは、魔王様……、の一部だけだけど、もうやつらを追っているから。今頃、追いついて戦闘を始めている辺りじゃないかな?」


「ほお……!」




 その頃、確実に敵を増やしていることも知らずに、勇者の仲間だった二人組は、建物の中を迷うことなく進んでいた。


 だが、彼女たちへの脅威は確実に迫っていた。


 最初にそれに気づいたのは、フードを被った幼女だった。


「どした?」


 立ち止まったかと思うと、怖いくらいに目に力を入れているフードの幼女に向かって、おかっぱ頭が問いかけた。


「気付かないかね。背後から、とてつもない強大な力の持ち主が迫ってきているのをさ……」


「脅威? ……なっ!?」


 言葉の意味が分からず、きょとんとしていたおかっぱ頭も、直に魔王の気配を察知し、顔色を変えた。無理もない。二人にしてみれば、魔王相手に負けたことがある上に、幼女の姿に変えられたという苦いおまけまで味わっているのだから。


「……魔王。何故、今」


 邪魔なシロを撃破して、後は仲間を救出するだけだった筈なのに、魔王の乱入で、一気に暗雲が立ち込めてしまった。半ば勝った気でいたおかっぱ頭の苛立ちは半端なものではない。


「やれやれだね。もう少しでアルルを救出出来るというのにさ。このタイミングで邪魔してこなくてもいいものだよね」


 苦笑いして、肩をすくめるフードの幼女。笑顔を作っているものの、目は笑っていない。彼女も、魔王の登場を前に、先ほどまでの余裕はあっさりと捨てたようだ。


「アルルを諦めて、一旦逃げるかね?」


 フードがおかっぱ頭を見ながら、自信のなさそうな笑みを浮かべたが、返ってきた言葉は、徹底抗戦の構えだった。


「冗談じゃない。魔王を倒して、アルルを助ける」


 前回、負けている相手なのに、戦おうとしているおかっぱ頭を頼もしげに見つめた後、フードはゆっくりと頭を横に振った。


「アロナ。先に行っていてくれよ。僕が時間を稼ぐから、その隙にアルルを救い出すのさ」


「無理。相手は魔王。一人じゃ、また返り討ち」


 魔王によほど恨みがあるのか、せっかく仲間が先に行けと言っているのに、その好意を突き放した。魔王を前にして、逃げる訳にはいかない。不利なことを承知で挑んだ、さっきまでのシロと同じ目をしていた。その一致に気付いたフードが、皮肉そうに顔をほころばせた。ちなみに、アロナというのは、おかっぱ頭の名前だったりする。


 そして、おかっぱ頭の肩に手を置くと、もう一度自分を残して、先に進むように説いた。


「我が儘を言って、私を困らせないでほしいさ。君とアルル、そして、私。聖剣を持って、その気になっていた坊やもいたが、魔王の力の前に屈したのは、記憶に新しいね」


「最強の三人。プラスおまけ一人」


 過去の栄光に想いをはせる二人。勇者の一団として、魔王討伐に勤しんでいた頃の話。向かってくる敵は、片っ端からぶっ倒して、自分たちは無敵だと意気込んでいたあの頃。


「シロ、魔王に、寝返る。代わりに、アルル、加入。最強のパーティの、完成」


「楽しかったね。三人で、誰が一番制限時間内に、多くの魔物を倒すかで勝負したのも、良い思い出さ」


 恍惚の表情で、饒舌に語るフードの幼女。だが、その顔には陰りがさした。


「だが、それでも魔王には敵わなかったね。分かるね? 実力では、完全に魔王が上なのさ。何を言いたいのかというと、今、二人がかりでリベンジしても、その事実は揺るがないということだね」


「む……」


 おかっぱ頭は何か言いたそうにしたが、反論出来ず、眉間にしわを寄せて黙り込んでしまった。


「ほら、実力差を痛感したら、早く行くのさ。勝つことは出来なくても、アルルを入れて、三人ならば、逃げることは可能だろうさ」


「了解した……。すぐ戻る。だから、負けるな……」


 泣きそうな顔のおかっぱ頭を寂しげな笑みを浮かべて送り出すと、フードの幼女は目を閉じて、覚悟を決めた。


 黒い影が訪れたのは、おかっぱ頭が場を去ってすぐのことだった。それを苦々しそうに一瞥した後、作り笑いを浮かべて、フードの幼女は語りかけた。


「やあ、久しいね、魔王」


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