第七話 俺も魔王も、醜い争いをご所望です
前日、藤乃に先回りされてしまい、まんまと二万円をかすめ取られた俺は、通勤ラッシュが落ち着く時間に、例の部屋の前へと立っていた。
ちょうど今日が休日なのを良いことに、あの部屋で賞金が発生するのを待ち構えてしまおうという魂胆なのだ。姑息かもしれないが、最も確実だろう。それに、同じやり方を藤乃からやられているのだ。文句は言わせない。
大家に見つかってしまったら、トラブルになってしまうが、シロが勝手に部屋を改装してもばれていないのだ。きっと大丈夫だと自分に言い聞かせる。
これで四万円は俺の物だと、ほくほくした顔でドアノブを回そうとした瞬間に、声をかけられた。大家かと思ってしまったが、立っていたのは城ケ崎だった。
「抜け駆けですか、宇喜多さん」
「……悪いか?」
言い訳をしようとも思ったが、城ケ崎が全てを悟ったように肩をすくめているのを見ると、そういう気は萎えてしまった。なので、悪びれることなく、あっさりと認めてやった。ていうか、この時間にここにいるということは、城ヶ崎だって同じ目論見なんじゃないのか。
俺が追及すると、城ヶ崎もあっさりと認めた。
「お互い考えることは同じようですね」
「……みたいだな」
同じことは認めるが、どうしてこいつは、俺がドアノブに触ろうとしたところで、声をかけてくるのだろうか。それに気付かないで、毎回にやけた面を目撃されている俺も、相当間抜けだろうね。
「シロちゃんにルール違反だって言われたらどうしましょうかね」
「そんなルールは聞いていないだろ。だったら、文句は言わせないさ」
「頼もしい意見ですね。じゃあ、シロちゃんの応対は、宇喜多さんに●投げ下いましょうか」
「おい……!」
何か厄介事をさらっと押しつけられてしまった気がする。物腰こそ丁寧だが、案外油断の出来ないやつなのかもしれないな。
俺が苦虫を噛み潰したような思いに浸っている横を、城ヶ崎は涼しい顔で通過していった。そして、ドアノブを回したのだった。
「あれ?」
「む?」
二人同時に、室内の様子を見て、首を捻ってしまった。室内の様子が、またも変わっていたのだ。
昨夜は、簡単な生活雑貨が置かれていただけなのに、たった一晩のうちに、昨日置かれていたよりも大きな冷蔵庫。見るからに寝心地の良さそうなダブルベッドと、家具がグレードアップされていた。
その他、ゲーム機やテレビまで置いてある。どれも最新型じゃないか。あいつの力を使えば、こんなものまで作り出せるのかよ!
「すごいな……、これ」
「ええ! 人知を超えた存在とは知っていましたが、もう何でもありですね」
城ケ崎も素直に感嘆の声を上げていた。
「俺……、シロと友達になっちゃおうかな。そうすれば、常に最新の家電がタダで手に入る……」
「シロちゃんなら、自らの結婚相手も自分で作っちゃいそうですね」
「違いない。俺の携帯電話を蛙にしたくらいだからな」
変なところでテンションが上がってしまい、雑談に花を咲かせながら、室内に足を踏み入れた。リモコンを操作すると、テレビは問題なくついたので、遠慮なく鑑賞させて貰うことにした。
テレビ画面に映し出されたのは、芸人が各地を旅して、美味しいものを食べたり、温泉で汗を流したりするというものだった。
「俺たちがテレビを見ているように、魔王も俺たちを見ているんだろうな」
「そうでしょうね。今頃、シロちゃんも、魔王と一緒に、僕らの様子を盗み見しているかもしれませんよ」
「ははは。あり得るな」
最悪の場合、俺たちの日常生活を全て盗み見ている可能性すらある。プライバシーなどあったものじゃない。
「覗くなら藤乃さんですかね」
「唯一の女性だからか?」
城ケ崎がにこりと微笑む。単純だな。魔王が男色をお持ちかもしれないのによ。
「シロちゃんが羨ましいですよ。あの力があれば、一生衣食住に困らないでしょう。一人だって生きていける筈です。どうして魔王の軍門に下っているのか、不思議なくらいだ」
「あいつにも事情があるんじゃないのか?」
俺は金が手に入ればそれで構わないので、シロのことなど、異世界からやってきたとんでもない幼女のままでも十分だがね。
「あ、そうだ。宇喜多さん」
「何だ?」
「ルールを決めませんか」
「ルール?」
ソファに腰を下ろしたかと思えば、妙なことを提案してくるな。詳しく聞く前から、余計なことを言いだすような気がしてならない。
「このまま賞金が吊り上っていったら、どんどん手段を選ばなくなっていくでしょうね。いえ、そうなるようにシロちゃんが仕向けるでしょう」
「だろうな」
あいつは、魔王のためとか言っているが、もしかしたら自分の悦楽のためにもやっているのかもしれない。元々Sっ気のある性格だからこそ、この件が任されたのではないかとも思っている。
「それで? 行き過ぎないようにルールを作りたいと。そういうことか?」
「ええ」
ルールというと、例えば、この部屋に入る時間をあらかじめ決めておくとかか? ……駄目だな。
「断る!」
「……あっさり言い切りましたね。ほんの少しでもいいので、考えていただけませんか?」
「考えたところで、結論は同じだ。金が絡んでいるんだ。ルールを決めたところで、額が増えていけば、みんな無視するようになる」
特に藤乃の場合は顕著だろうな。あの筋肉質の青年だって、どうなるかは分からないし。いや、一番怪しいのはこいつじゃないのか? 大抵の場合、こいつみたいに人畜無害を装っているやつが一番腹黒かったりするのだ。
「そんなことを言わないで、ルールを決めて楽しくやりませんか? 見たところ、宇喜多さんはお金にも困っていないでしょう?」
この発言で、いっそう城ヶ崎への疑いが強まった。自分だって、さっき抜け駆けしようとしていたくせに、それはないだろう。
「人より多くの福沢諭吉の愛が欲しいだけだよ。それも、出来る限り楽してな」
それがこの世界に生きる者たちの一般常識だろ。どう使うかは、彼らと結ばれてから考えるさ。
俺にあっさりと断れてしまったが、城ヶ崎はやれやれと軽いため息をついただけで、たいして気を悪くしなかった。俺と話すのを止めて、テレビを観始めたくらいだな。
ちょうど外国の映画が始まったので、俺も会話を止めて、テレビ画面に集中することにしたのだった。
それから二時間ほどして、映画が終わるころ、次第に空腹を感じるようになっていた。
「……お腹好きませんか?」
「もう何時間もこうしているからなあ……」
何を思ったか、城ヶ崎が備え付けの冷蔵庫を勝手に開けたのだった。まさか内緒で拝借するつもりなんじゃないだろうな。
「すごいな……。冷蔵庫の中が食べ物で満杯です」
「食べる気はしないがな」
そう言ったら、城ヶ崎から意外そうに見られた。何だよ、その顔は。俺なら食うとでも思っていたのか?
失礼なやつだと思いつつ、このまま部屋にいても、腹が鳴るばかりなので、外にラーメンでも食べに行くことにした。その旨を伝えたら、城ヶ崎もついてくるとか言いだした。言っておくが、おごってやらないからな。
「そういや、学校や仕事は大丈夫なのか?」
「女友達の家に居候しているんです。仕事は最近辞めたので、職探しの最中なんです。そういう宇喜多さんこそ、社会人が昼間からブラブラしていていいんですか?」
「今日は休日なんだよ。シフトの都合で、たまに平日が休みになることがあるんだ」
「へえ~」
「へえ~」じゃねえよ。まさかとは思ったが、お前、やっぱりニートだったのか。あ、でも、職探し中って言ったし、違うのか? 確か、仕事もしていなくて、勤労意欲も無のがニートだっけ?
そんなこんなで、昼休憩へと繰り出し、一時間ほどして、チャーシューメンと餃子で満たされた腹で戻ってきた。そして、ドアを開けて愕然としたね。
室内の様子がまたも、変化していたのだ。というか、明らかに広くなっている。リビングだけで、さっきの三倍ほどの広さだ。部屋の数も増加している。
「また変わっていますね」
「ああ、大幅にリフォームされたな」
「そんなものじゃないですよ。明らかに中が広くなっているじゃないですか」
俺たちがラーメンを貪っている間に戻ってきて、超早業で改装したのか? それとも、部屋が自動的にリフォームしていくようになっているのか?
「ふむ……。異世界は奥が深いですね」
「お前、何でも異世界で片付くと思っちゃいないよな」
シロの力に驚かされっぱなしだが、その時、廊下の隅から俺たちを見ている視線があることに気が付いた。
振り返ると、視線の主と目が合ったが、顔をそむけようともしない。まっすぐに俺たちを観察するような目で見続けていた。
そいつは俺と同じくらいの背なのだが、目つきが鋭く、まとっている雰囲気が普通じゃない。
「どうしました?」
城ヶ崎は、やつにまだ気が付いていないのか、間の抜けた声で聞いてきた。
「いや……、あいつがな……」
男を指差そうとするが、俺が城ヶ崎の方を見るために、視線をずらした間に、どこかに消えてしまった。
「? 誰もいませんよ」
「さっきまでいたんだって! こっちをものすごい目で睨んでいた」
「大家さんじゃないですか?」
「いや、違うね」
あの男の顔に心当たりはない……。だが、ただの通行人じゃないことは分かった。俺たちのことを知っているような顔をしていたからな。だが、参加者でもないみたいだった。じゃあ、一体何者だよとなるが、皆目見当がつかないのだ。
ああ、もう! こっちは楽して大金を稼ぐことが出来れば、それいいのだから、余計なトラブルはごめんだ。




