第七十八話 電撃モーニングコール
地鳴りのような轟音と共に、巨大な雷が、施設を直撃した。その威力は凄まじく、建物の一つが一撃で粉々に吹き飛んでしまっている。
「これが宇喜多さんの話していた毎日あるという襲撃ですか? かなり激しいですね」
「いや、いつも激しいが、建物が崩壊するようなことはない。今日のやつは格別に激しい」
雷の威力に驚嘆した城ケ崎に抱きついてこられたが、俺だって驚いている。第一、いつもは無数の昆虫が攻めてくるだけなのだ。それに引き替え、今日は電撃。向こうも、いよいよ本腰を入れてきたということか。
「あいつは……!」
落雷の衝撃が収まらない騒然とした現場に降り立ったのは、おかっぱ頭の幼女だった。フードの幼女だけじゃ、仲間を救出できないから、応援を頼んだようだな。これは、いつもより激しくなる訳だ。
一人で納得していると、おかっぱ頭の幼女の周りを、施設の警備員たちが素早く取り囲んだ。みんな、警棒を手に持っていて、いつでも振り下ろせる体勢で構えている。相手が幼女だろうと、手を抜く様子は、一切伺えない。
おかっぱ頭の口がわずかに動く。「邪魔……」とでも呟いているように思えた。
号令と共に、大の男が集団で、一人の幼女に一斉に飛びかかる。彼女が危険なことを知らないで見ていれば、かなり直視するに堪えない光景だろう。
だが、事情を知らない人も、おかっぱ頭が次の瞬間にはなった電撃の雨を見れば、その訳を知る筈だ。
「ぐおおおおおお!」
「うああああああ!」
逃げ場がないように、全方位から取り囲んでいた攻撃部隊が、一瞬のうちに電撃の餌食になってしまった。豪快な断末魔と共に、その場に力なく倒れていく。一見して不利かと思われたおかっぱ頭だが、自分に向かってくる者を一網打尽に出来る分、助かったのかもしれない。
「う、嘘だろ……!?」
ピクリとも動かなくなった警備員たちの中心に立つおかっぱ頭が、破壊の化身に見えてしまう。彼女が強いのは分かっていたが、ここまでとは……! 警備の連中を叩きのめしたおかっぱ頭は、こっちに向かって真っすぐ歩いてくる。俺たちがここにいることを分かっているかのように、迷いなく向かってくる。
「あの子、こっちに来ますよ。次は僕たちを襲うつもりなんでしょうか」
「手当たり次第だな。あっ、もしかして俺たちを締め上げて、監禁場所を吐かせるつもりじゃないのか?」
城ケ崎と無駄話をしている中、おかっぱ頭は人差し指から小さな電撃を放ち、窓ガラスをへばりついているクワガタごと、吹き飛ばした。
「うっ……!」
「ひっ……!」
思わず小さな悲鳴を漏らす俺たちを無表情の顔で見つめながら、おかっぱ頭は部屋の中に入り込んできた。
「……よお、また会ったな」
「そのようだ。何度も警告した。でも、お前。懲りもせず、シロと組んでいる。そろそろマジで殺すぞ」
うわあ……、面と向かって、堂々と威嚇してきたよ。ていうか、以前に無人の車をぶつけてきたことがなかったか? あれも、警告というのか。こっちは、マジで死ぬかと思ったぞ。
「う~~ん!」
今にもおかっぱ頭が襲ってきそうな、緊迫した空気の中に、場違いな間延びした声が響く。シロがお昼寝から目覚めて、大きく背伸びをしているのだ。
良いタイミングで起きてくれたものだ。いや、これだけの騒ぎが起これば、どんなに鈍感なやつだって、目を覚ますか。
「全く……。人が気持ちよくお昼寝していたっていうのに……、それを邪魔するお馬鹿さんはどいつかな~?」
背伸びを終えると、シロはゆっくりとおかっぱ頭へと視線を動かした。向こうもシロを凝視していて、しばらく互いに睨み合った。
「機嫌は最高か? 裏切り者」
「いや~、それが良くないんだよね。アラームが安物のせいかな~? 日本人形!」
日本人形って……。言い返しているのは分かるし、人形に見えなくもないが、悪口になっていないぞ。
「心配ない。もうアラームはいらない。お前は、私に殺されるから」
「ふん! そうはいかないよ! 逆に私がぎったんぎったんのぼっこぼこにしてあげるんだからね!」
いつも通り、威勢だけは言うことなしのシロだが、敵は目前のおかっぱ頭だけではない。もう一人いるのだ。
「シロ! 気を付けろ! いつも来ているフードのやつの姿が見えない。おそらくどこかに隠れて、隙を見つけて攻撃してくる気だ!」
「ふふん! あいつのことだね! いつも昆虫に戦わせて、自分は安全な場所に隠れている引きこもりちゃん!」
「引きこもり。言うな……」
仲間のことを馬鹿にされて立腹したのか、強烈な雷がこっちに浴びせられた。ていうか、挑発したのはシロなのに、俺や城ケ崎にまで電撃が放たれたぞ。
「ふう~! ありのままを言ったまでなのに、攻撃してくるとはひどいねえ~」
「あいつの悪口、許さない。もう一発、食らうか?」
「ふんだっ! 悪口を言わなくても、電気でビリビリしてくるんでしょ! それなら、もっと悪口を言ってやるもんね! 馬~鹿! ア~ホ! おたんこな~す!」
なんて低レベルな挑発をしているんだろうか。今時、幼稚園児だって、もっと心をえぐるような言葉でなじってくるぞ。
「あいつ、用事で遅れている。戻って来る前に、私、お前ら、ぶっ潰す」
遅れているか。わざわざ自分が不利になるようなことを言うとも思えないし、嘘の可能性もあるが、本当だったら、助かる。
「はっはっは! たった一人で私に挑んでくるなんて、良い度胸だね! それで勝てるとお思いかい?」
「この間、私、勝った。それ、忘れたのか?」
「……今日は勝つもん」
「……」
「……」
一通り挑発した後、再び沈黙して、睨み合いを再開したが、俺は感じていた。この後、激戦の火ぶたが切って落とされることを。
俺の予想通り、わずかな静寂を打ち破って、巨大な火柱と強力な電撃が激突した。それを合図に、互いに火球と電撃を、相手に向かって乱射していく。
俺と城ケ崎は巻き添えを食らわないように、攻撃の当たらないところまでいち早く非難した。その後、さっきまで自分たちのいた部屋を見ると、パソコン類が木っ端みじんに破壊されていくのが目に入った。
「やはり異世界の者同士の戦いは激しいですね」
「ああ、とても俺たちの出る幕じゃないよ……」
せめて、『黒いやつ』を手なづけていたら、援護射撃が出来たのにな。せっかくフードの幼女が遅れてきているっていうのに、その穴を付けないのが悔しい。




