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第七十六話 他人と間違われて、裏切り者呼ばわりされて、気の毒なシロ

「ここをこうしてだな……」


「ああ、なるほど。分かりました」


 シロがアイスを美味しそうに頬張る中、新入りの城ケ崎への指導が続いていた。どれほどの実力かと思っていたら、かなり飲み込みが早い。


「宇喜多さんの指導のおかげで、仕事の内容がだいたい掴めました。教え方が上手で、とても助かります」


 俺のことを持ち上げてくれるのは嬉しかったが、謙遜するなとも思っていた。


 城ケ崎は思っていたよりスキルがあった。というか、俺の実力を遥かに凌駕している。これでは、どちらが先輩か分からないじゃないか。もし、城ケ崎の性格が悪かったら、鼻で笑われても文句が言えないレベルの差を感じた。


「スキルだけが高くても、それが出世や給料に反映されないのだとしたら、あまり意味はありませんよ」


 遠回しに城ケ崎のことを褒めると、遠い目でそんなことを言われた。どうやら自分のことを過小評価しているようだね。俺なんて、その才能を分けてほしいと思っているくらいなのに。


「給料はともかく、出世は出来なくてもいいんじゃないか? 余計な責任が増えなくていいし、部下のミスに振り回されることだってない。上と下からの圧力でサンドイッチにもならずに済む。たまに駄目な上司を人知れずあざ笑うのも一興じゃないか? 本当に我慢出来ないんだとしたら、起業してみるのもいい。お前なら出来そうな気がするよ」


 思ったことをただ口にしただけだったが、城ケ崎の表情はだいぶ緩んでくれた。多少ではあるが、俺のアドバイスが利いてくれたのかもしれない。


「……成る程。良い考え方ですね。起業すれば、その瞬間から、僕がナンバーワンですからだ。出世なんて気にしなくて良くなります」


「あ、だからといって、俺のことは見下すなよ。そういう意味でアドバイスした訳じゃないんだからな」


 少々慌て気味で釘を刺すと、「心得ています」と笑われた。


「さて。指導が一通り済んだのでしたら、仕事にかからせていただきますね。あ、もし、教えられていないことが必要になったり、緊急事態が起こったりしたら、その時はお願いしますね。頼りにしていますよ」


「あ、ああ……」


 お願いされたが、俺だって十分な対応が出来る訳じゃないぞ。何せ、ここの緊急事態は、他とは一味も二味も違うからな。


 唯一の救いは、城ケ崎が自分の才能を鼻にかけるようなやつじゃなかったということか。もしかしたら、俺とは別に任したい相手がいるだけで、俺など眼中にないだけかもしれないが、下に見られないことには助かった。


「ん?」


 窓が叩かれたような気がしたので振り返ると、クワガタが窓ガラスに激突して死んでいた。よほど勢いよく激突したのだろう。窓ガラスにへばりついたまま、もうぴくりとも動かない。


 悲劇なのは、その数が、一匹だけではないということだ。まるで、何かに突き動かされるように、次々と死の突撃を繰り返していく。シロが食べているアイスにでも、飛びつこうとしているのかね。


「この建物は、クワガタが窓ガラスにぶつかってくるものなんですか?」


 怪訝な顔の城ケ崎に、冗談めいた口調で質問されたが、そんなことがある訳がないだろう。似たような現象なら頻発しているがね。


「昆虫……? フードの幼女……?」


 俺がここに配属されてから起きたことを城ケ崎に教えると、顎に手を当てて考え込んでしまった。どうした? 心当たりでもあるのか? まさか既にどこかで襲われているとか?


「こ、ここの主人がな。そいつらに恨みを買っているみたいでさ……」


「知っていますよ」


 一瞬だけ俺を見た城ケ崎の目は冷たく、話しかけた俺の方が驚いてしまった。


「まあ、こんな用途不明の施設を建てるような人間だ。人の恨みの一つを買っていたところで、誰も驚きはしませんけどね」


 お前の言う通りだ。ただ俺が驚いたのは、お前とここの主人が、赤の他人でもなさそうだという新事実に対してだ。


「しかし、面白いですね。本当にあった怖い話として、ネットに投稿してしまいましょうか。現在も続いている話だと付け加えておけば、食いつきが良いかもしれませんよ」


「読む側はそそられるな。体感する側としては、冗談じゃないが」


 容器を空にしたシロも、俺と城ケ崎の間から首を覗かせる。


「ねえ、クワガタさん達、何か文字を作っていない?」


「そうみたいだな」


 最初は不規則に激突を繰り返しているだけだと思っていたら、へばりついたクワガタの群れが、徐々に文字を形成していた。


 何が出来上がるのかと息を飲んでいると、クワガタたちの特攻は終わった。出来上がった文字はたったの三文字。『裏切り者』と書かれていた。


「裏切り者……?」


 どうやら俺のことではないらしい。『くそったれ』や『幼児愛好家』だったら、心当たりはあるがね。城ケ崎はどうだろう。ここの主人と関係があるみたいだし、一緒に恨まれている可能性も丸っきりない訳ではない。


 だが、城ケ崎以上に恨まれていそうなやつが、俺の隣にいた。


 ちらりとシロを見ると、握った手がぷるぷると震えている。なるほど。やはりこいつが裏切り者呼ばわりされている訳ね。詳細は不明だが、異世界にいる時に何かやらかしたのか?


 試しに聞いてみようかとも思ったが、せめて機嫌が直ってからにしようと、放っておくことにした。


 『アルル』の件といい、裏切り者の虫文字といい、シロには俺たちに話していない秘密がありそうだな。そりゃもちろん秘密なんて誰の胸にも一つや二つはあるものなのだが、シロが隠しているのは、それとは違って、今明かしておいてほしい類の秘密に思えるのだ。




「前々から思っていたけど、この機会に、はっきりと言わせてもらうね。君って、お馬鹿さんだよね。君のおかげで、予告通りに襲撃が出来なくなって、私は彼らの笑い者さ」


 地上には、パトカーが多数止まっていて、完全に包囲されていた。仕方あるまい。幼女が、大人の女性を抱えて、建物から建物へと飛び移っていたのだ。真昼間にそんな大胆なことをすれば、騒ぎになるのは当たり前のことといえる。


「どうしてこんなことをしでかしたのさ。いくら君が無鉄砲だからって、強引過ぎると思わないかね?」


 フードちゃんに見据えられて、おかっぱ頭は罰の悪そうな顔をしたが、すごすごと口を開いた。


「シャロン様のいつもの我が儘だ」


「……やれやれだね。私たちは、アルルの救出で手一杯なんだから、余計な仕事を頼まないでほしいところさ」


 シャロンという人物が何者なのかは知らないが、気まぐれで無茶を要求してくることが多く、二人の幼女はそれを拒否出来ないとみた。パワー的には、シャロンという人物の方が上位にいるのは間違いなさそうだ。


「だから、力を貸す。お前の昆虫を使って、下のうるさいやつ、眠らせる。そして、私たち、この娘をシャロン様に届ける。その後で、アルルを助ける」


「あの方の命令じゃ、突っぱねることは出来ないね。全くやれやれさ」


 ため息をつくも、素早く気持ちを切り替えたフードちゃんは、自身の能力で、異世界産の蛾を百匹近く呼び寄せた。そして、彼らを、下で見上げている警察官や野次馬共の元へと向かわせた。


「その蛾がまき散らす粉で、眠りに落ちるといいさ。一息吸い込むだけで、安眠確実だね。寝不足の人には、効果大さ」


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