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第七十三話 去っていったあいつ、やってきたこいつら

 送迎の車のドアを開けたまま、俺は唖然としてしまっていた。後部座席のシートに知り合いの城ケ崎が座っていたからだ。アパートが崩壊した夜以来の再会となる。


「お前……、城ケ崎か……?」


「ええ、そうですよ。僕のスーツ姿、そんなにおかしいですか?」


 いや、おかしくはないが、こんなところでお目にかかることになるとはな。こいつとは住んでいるアパートが一緒なだけの仲だった筈だ。


 聞きたいことは山ほどあったが、ドアに手をかけたままで呆けているのも何だったので、とりあえず乗車した。だが、頭に浮かんだクエスチョンマークは消えない。


 俺が乗ると、車は軽快に速度を上げていった。こんな横に長い車を市街地で、制限速度を遥かに超過したスピードで疾走する爺さんの腕前には脱帽するが、ふとした拍子にコンクリート塀にでも車体をぶつけないかと冷や冷やしていた。


「それで? お前が車に乗っている理由を聞かせてもらってもいいか」


 車が環状線に出たのを見計らって、気になっていたことをぶつけることにした。


「僕から説明してもいいですが、運転席の方が話したがっているようですよ」


 ちらりと爺さんを見ると、ちょうど向こうも俺を見ていたらしく、バックミラー越しに目が合ってしまった。


「驚かれたようですな」


「ええ。知り合いが車に乗っていたもので……」


「そういうこともありますわい。今日から宇喜多様と同じ部屋で業務にあたっていただくことになったのですじゃ」


 つまり同僚ってことか。驚きはしたが、ドアを開けて目が合った時に比べれば、事態を冷静に呑み込めた。


「僕の前に、宇喜多さんと仕事をされていた方の代わりらしいですよ」


「ほほほ……。我々も手を尽くして連絡を取ろうとしたんですがの。業務に穴をあける訳にもいきませんので、苦渋の決断を取らせていただきましたのですじゃ」


 苦渋の決断という割には、晴れ晴れとした顔をしている。腹の底では、礼儀知らずの若者を厄介払い出来たと、ほくそ笑んでいるのではなかろうか。


 そうか……。結局、パンクは発見されなかったのか。だが、連絡が取れないといっても、一日だけではないか。こんなアッサリと切り捨てられるものなのか?


「悪く思わんでくだされ。どんな事情があろうとも、仕事を無断欠席するような輩を雇うほど、旦那様は優しくないのですじゃ」


 まるでパンクが、ただ仕事をさぼったような言い草だ。もちろんそんな輩は言語道断だが、俺にはやつの失踪について心当たりがあった。爺さんには、昨日の時点で説明していた筈だぞ。


「何か……、事件に巻き込まれたかもしれないじゃないですか」


「お察しくだされ。事件の可能性も考慮した上での判断なのですじゃ」


「食い下がっても無駄ですよ、宇喜多さん。彼らはそういう人たちなんですから。異世界の魔王と関わりを持つような人種ですよ? まともな理論が通用しないことは、ご存じの筈です」


「う……」


 城ケ崎から諭されて、俺も興奮で浮かせていた腰を再び席へと下ろした。俺より年下で、ここも初日だと思っていたら、妙に落ち着いているな。口ぶりから察するに、爺さんたちのことを知っているのか?


「それに……。異世界と関わりがあるからこそ、何か知りえたことがあるんじゃないでしょうかね」


 爺さんの眉間がぴくりと動いたのを、俺は見逃さなかった。成る程、そういうことか……。


 独自の情報網で、パンクがもう戻ってこないことを確信したから、代わりを補充したのか。それにしたって、対応が早い気もするが、合点はいった。


「そ、それにしても、代わりに来たのが、まさかお前だとはな……。マジでビックリだよ」


 一番驚いたのは、爺さんたちの冷酷さを知った上で、いつ切り捨てられるか分からないことを承知で働くことにした不可解な無謀さについてだがな。


「驚くことじゃありません。再就職することにしたんです。僕も良い歳をした大人ですからね。いつまでも親友のすねをかじっている訳にはいきませんから」


「そうか。まあ、働くのは良いことだ」


 だが、就職先は選んだ方が良いぞ。働ければどこでも良いからといって、ブラック企業に進んで勤めるのはいかがなものか。


 城ケ崎に対して呆れていると、やつはおもむろに冷蔵庫に手を伸ばした。


 冷蔵庫が備え付けられているのは気付いていたが、勝手に中を開けるのはまずいと我慢していたのに、城ケ崎のやつめ。何の躊躇もなく、さらりと開けやがった。


「飲みます?」


「結構だ」


 当たり前のように冷蔵庫から冷えたウーロン茶を取り出すと、グラスに注いで飲み始めたではないか。しかも、俺がじっと見つめているのを、飲みたいと勘違いして進めてくる始末だ。


 というか、新入りのくせに、寛ぎ過ぎじゃないのか? いい加減にしないと、爺さんからドヤされるぞ。


 車外の景色を満喫しながら、喉を潤している城ケ崎よりも、何故か俺の方が気になってしまい、爺さんをちらりと盗み見た。青筋でも浮かべているかと思えば、涼しい顔で運転に集中していた。怒りを我慢しているようには見えない。


 ひょっとして冷蔵庫の中の飲み物は自由に飲んで良かったのか? 城ケ崎を見ると、グラスに二杯目を注ぎ込んでいる。こうなると俺も飲みたくなってきてしまう。


 誘惑に負けて、グラスに手が伸びようとしていると、快調に高速道路並みの速度で飛ばしていた車が減速を始めた。


 まだ目的地に着いていないと不思議に思っていると、前方に小さい人影があった。


「シロ……?」


 俺の部屋から姿を消していたシロが立っていた。しかも、スーツ姿で。


 金髪をオールバックに固めて、出勤する社会人を演じようとしている努力は伝わってくる努力は伝わってくるが、明らかに周りから浮いている。いったい何の真似だろうか。


「宇喜多さん……」


 城ケ崎が暗に説明を求めきたが、状況を飲み込めないのは、俺だって同じなのだ。シロのやつめ。いなくなっていたと思っていたら、仕事の準備をしていたのかよ。


 俺の予想した通り、車はシロの前で停まった。重役の真似事でもしているのか、偉そうな咳をコホンと鳴らした後で、シロは乗り込んできた。「よいしょ!」と、無駄に大きいキャリーケースと共に乗車してきた。何だ、それは。ビジネスバッグのつもりか。


「ふむ……! 今日もお勤めご苦労さん!」


 仕草だけでなく態度まで重役気取りだ。本気で何を企んでいるのだろうか。気になるのは、シロだけでなく爺さんまで、悪ふざけに付き合っていることだ。何か深い意味でもあるというのか。


「おい。これはどういうことなんだ? ホテルから消えたと思ったら、その恰好は何だ?」


「ふむ……! 見て分からないかね」


「……」


 思わずカチンときてしまい、ポカリといきそうになってしまうのを堪えて、分からないから聞いているんだろうと毒づいてやった。


「実はね! お兄ちゃんの職場に、今日から私も勤めようと思ってさ! 富豪のおじさんに掛け合って、同じ部署に配属させてもらったの!」


「……」


 シロがいなくなっていたのは、富豪の元にお願いしに行っていたからだったのか。というか、お願いして通るものなのか? そりゃあ、シロの親玉である魔王と、富豪が懇意なのは知っていたがね。


「ふっふっふ! お兄ちゃんだけじゃ役不足だからね! 用心棒として呼ばれることになったのさ!」


「そりゃどうも……」


 シロなりに気を遣ってくれているのは伝わってくるが、素直にありがたがれないんだよな。俺に力があれば、余計なことは考えなくていいから、お子様は帰っていろと突き返していることだろうに、己の無力が憎い。


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