第六十九話 お前の痛みは分かっているから、無理に冷静ぶらなくていいんだよ
勇者の仲間たちとの決戦に備えて、『黒いやつ』を下僕として使用するために、捕縛作戦に打って出たのだが、素直に俺たちの手駒になってくれる玉ではなかった。
自身の体を巨大化させるだけでは飽き足らず、背中から身長を上回る翼を生やして、我が物顔で、空を飛びだしたのだ。ピンチになっても、上空にさえ逃げれば大丈夫だと思っていた俺たちは、衝撃を受けてしまった。
空を飛ぶのは、自分の専売特許とでも思っていたのか、『黒いやつ』に生えた翼を見て、シロが激昂している。
「な、何を~! ちょっと翼が生えたくらいで、調子に乗ってんじゃないよ! 飛ぶことに関しては、私の方が先輩なんだからねっ! 今からお手本を見せてやるから……」
シロが対抗して、翼を出しながら、叫んでいる途中にも関わらず、『黒いやつ』は翼を力強く扇いで、強烈な突風を叩きつけてきた。
「ぐああ~~!」
「キャアアア~~ッ!」
突風のせいで、飛び上がろうとしていたシロだけでなく、俺も地面に抑えつけられてしまう。風力が強くて、とても立っていられないし、身動きも取れない。何ていうやつだ。たった今自分がされたことを、そっくりそのまま返してきやがった。
「くっ……、くそ……! もう完全に堪忍袋の緒が切れたよ!」
虚仮にされたことで、シロの闘争心に火がついたようだ。風が弱まるのを見計らって、背中から翼を出すと、火の燃え盛っている槍を持って、上空へと飛んで行った。というより、『黒いやつ』に向かって、突進していったという方が正しいかもしれない。
「本当は落ちてきた時に、グサリと行く予定だったけど、直接刺しに出向いてあげるよ!」
だが、勢いとは裏腹に、シロの槍が、『黒いやつ』に届くことはなかった。その前に、強烈な一撃を食らって、シロが地面に叩きつけられることになってしまったからだ。
「大丈夫か!?」
空中から地面に叩きつけられて、無傷な訳はないのに、定番のセリフを叫びながら、シロに近付く。幸い、かすり傷しか負ってなかったが、自慢の槍は真っ二つに折れてしまっていた。
「う……、魔王様にもらった……、自慢の槍が……」
自分より槍の方が心配らしい。そんなに大事なものだったのか。もう武器としては使い物にならなくなってしまった破片を、わなわなと震えながら凝視している。
剣に引き続いて、槍まで折られてしまったシロにはかける言葉もない。嫌な予感がしていたのが、現実になってしまった。
よく見ると、目元には涙がにじんでいた。声も震えている。シロ……。もしかして泣いているのか?
俺の同情の混じった視線に気付いたのか、シロが「泣いてないっ!!」と叫んだのが、心苦しい。
「げ、下僕にする前に、ほんの少~し遊んであげようかなって思ったけど、こうなったら、とっとと捕縛してあげるよ! 泣いて謝ったって、もう遅いんだからねっ!」
自慢の槍を壊されて、やけを起こしているようにしか聞こえない。お前がやけくそになると、こっちの勝機が消失するんだから、感情の赴くままに行動するのは控えてくれよ……。
「という訳で、お兄ちゃん。あいつの首に、それをセットして!」
「おい! 滅茶苦茶なことを言うなよ。あんな上空にいる相手に対して、こんな鎖が届く訳がないだろ! 俺がしがない村人Aでしかないことを忘れるんじゃねえ!」
早速無茶な要求を出してきた。いくら怒りで我を忘れているとしても、もう少し冷静になってほしい。自分で言いたくないが、俺は平凡な人間であり、シロや『黒いやつ』に立ち向かったところで、逆立ちしたって敵いっこないのだ。というより、渾身の攻撃を繰り出しても、やつまで届きそうにすらない。
「だっ、大丈夫だよ! そこら辺は、ちゃんと考えているから……」
俺に指摘されるまで、何も考えていなかっただろとツッコみそうになったが、武士の情けで勘弁してやる。あまりシビアに追及して、本当に泣かれても困る。
「む~~!」
シロは目を閉じて、大袈裟に唸ると、俺が持っている『何とかの鎖』に変化が生じ始めた。俺の背丈程度しかなかった鎖が、どんどん長くなり、上空でこちらを睨んでいる『黒いやつ』にも十分届くほどにバージョンアップした。
「へっへ~ん! どう? 長距離攻撃が可能になったよ!」
「すごいな……」
すごいんだが、意味がない。鎖の長さだけ伸ばしたところで、肝心の首輪が、獲物の首に巻きつけられないのだ。
「それで? これを使って、俺に何をしろと……?」
「何って、あいつの首に……」
シロの顔が硬直する。自分の行為の無意味さをようやく理解したか。黙り込むシロを見ながら、今回の作戦は成功することはあるまいと、諦めの感情が濃厚になっていった。頼みのシロがこれでは、どうしようもない。
「じょ、冗談だよ。バージョンアップはまだ終わっていないから。早とちりはいけないなあ……。じゃあ、これならどうだい?」
シロがまた念じると、今度は首輪の数が増えだした。それまで一個だけだったのが、八個に増えたのだ。
「すごいんだが……。だから、これに何の意味があるんだよ……」
どうやらシロの動揺は、俺が思っている以上のようだ。これは、もう戦うのを諦めて、夢から覚めるまで逃げ回るのが得策だ。ストレートに逃げようと言ったら、シロがぐずるだろうから、俺が怖気づいたから退散するようにお願いすることにしよう。
すっかり諦めムードの俺とは対照的に、シロは不敵な笑いを漏らしている。これが強がりでなければ良いのだがね。
「ふっふっふ! お兄ちゃん。急かしたらいけないよ。私だって、何も考えていない訳じゃないんだからね。まあ、見てなさい!」
散々空回りするのを見た後だったので、どこか投げやりな気持ちで、また動き出した鎖を見ていたのだが、今度は違った。やっとシロが冷静さを取り戻してくれたようだ。
「これは……!」
八個の首輪が合体して、一つの巨大な首輪が出現したのだ。今度こそすごい……! これなら、『黒いやつ』の首にかけることだって、十分可能だ。
「これなら黒助の首にもちゃんとかけてあげられるよ!」
「全くだ。最初からこうしろっていうんだ!」
ただ一つ問題なのは、やつは巨大化するということだ。それをやられたら、せっかくやつに合わせて大きくした首輪も、意味を成さなくなってしまう。
「お兄ちゃん、乗って!」
「おう!」
また巨大化されては堪らないので、その前に勝負を決めようと、俺とシロの意見は一致していた。
飛べない俺を、翼を広げたシロが掴む。見かけよりも力のあるシロは、俺を持ち上げるくらいは余裕なのだ。
俺とシロのコンビは、上空の『黒いやつ』に向かって、再び勢いよく舞い上がっていくのだった。
前回更新してからだいぶ経つので、登場人物紹介をぼちぼち書き換えようと思っているんですが、なかなか手が進まない今日この頃。
マイペースで更新していきますので、たまにどこか変わったところがないか、
チェックしていただければ、嬉しいなあ~なんて、調子の良いことを思ったりしています。




