第六話 魔王は玉座でワインを、俺たちはテーブルを囲んでコーヒーを
子供の頃から感じていることだが、物事は自分の思い通りにいかないことの方が、圧倒的に多いな。
せっかく大金を独り占めできるとほくそ笑んでいたのに、シロが余計なことをしてくれたのだ。
俺以外の参加者を、一気に三人も増やしやがった。しかも、その一人に、まんまと、今夜の賞金をかすめ取られてしまったのだ。
悔しさのあまり、地団太を踏んでしまいそうになるが、どうにか思い留まる。予想出来なかったことではないのだ。シロからしてみれば、俺が一人で悠々と賞金を探し回っているよりも、複数で金を求めて醜く争っている姿を見せた方が、魔王に喜んでもらえるもんな。
「あれ? てっきり取り乱して言い寄ってくると思ったけど、お兄ちゃん、思ったより冷静だね」
「ふん! 相手は、魔王の使いだからな。レベル1の村人が、太刀打ち出来るとは思っていないんでね」
「こいつの話、マジだったんだな。異世界なんて実在するんだ……」
今日引っ越してきたばかりの青年が、シロを見ながら固まっている。俺も同じことを昨日吹き込まれたから、気持ちはよく分かるよ。しかも、あんたは、引っ越し初日に目をつけられた訳だ。あまり運は良くないみたいだな。
「えへへへ! お兄さんなら、体も大きいから、勇者として招いてあげてもいいよ。こっちの方が、魔王様の好みだしね!」
シロが握り拳を作って笑いかけたが、青年は苦笑いで誤魔化した。いきなり異世界で勇者と言われても、普通はこんな態度だよな。
しかし、俺がお兄ちゃんで、新しい住人の方がお兄さんか……。何か俺より呼び方が丁寧だな。
「でも、やるねえ」
俺の微妙な視線をスルーして、シロはつかつかと室内に入ってきた。彼女が見ているのは、本日の賞金獲得者である女だ。彼女も、すごいと言われて悪い気はしないらしく、フフンと鼻を鳴らしている。
「ルール説明をしながら、探してもらう予定だったんだけど、もう見つけちゃうなんて、おばさ……、お姉ちゃんはすごいなあ」
おばさんと言いかけたところで、女の表情が強張ったのが、少し笑えた。俺も昨日、同じ目に遭わされたので、気持ちは分かる。見ると、城ケ崎も笑いをこらえていた。笑っていないのは、青年くらいか。
「ん~! なかなかに凝った隠し場所だったけど、お姉ちゃんにかかれば、こんなものよ」
お姉ちゃんであることを定着させようと頑張っている姿が、尚更笑える。そろそろ噴き出してしまいそうなので、その辺にしてほしいんだがね。しかし、おかげで、賞金を盗られた怒りは、幾分か和らいだ。
気持ちを切り替えて、シロと向き合う。盗られたものは戻ってこないとして、こいつには聞きたいことがある。
「この家具は何だ? 昨日はなかったよな。お前が持ち込んだってことで合っているか?」
シロは、視線を女から俺に移すと、人懐っこい顔でコクリと頷いた。
「持ち込んだんじゃなくて、作り出したの。何もない部屋なんて、殺風景だし、寛げないからね!」
いやいや! ここの大家が、客を連れて、下見に来たらどうするんだよ。お前なら、魔法で消したり出来るだろうが、万が一ということもあるじゃないか。
そう言っている間にも、テーブルの上にコーヒーカップを五人分作り出している。湯気が立っていたので、覗き込んでみると、温かそうなコーヒーまで注がれているではないか。シロの力を目の当たりにした俺以外の三人は、漏れなく目を剥いて驚いていた。
シロが言うには、寛いでもらおうと、人数分出したそうだ。しかし、人外の力を見たばかりで、カップを手に取る勇気を持つ者は少なく、コーヒーを飲んだのは、シロと俺、そして、その様子を伺っていた青年くらいだった。
「まあ、順番が違っちゃったけどさ」
自分で作っておきながら、ちょっと苦かったらしい。砂糖とミルクを追加で作り出して、コーヒーに足しながら宣言した。
「この四人で、毎日倍に増加していく賞金を巡って、争ってもらいます! その過程で負った怪我については、気が向いたら、責任を取ります」
巻き込んでおきながら、無責任なコメントだ。つまり、期待するなと言いたいんだな。
「魔王を楽しませるって言っていたが、今の様子も覗いているのか?」
「そうだよ。玉座に座りながら、水晶を通して覗いているよ」
「へえ……、なかなかファンタジックな鑑賞方法じゃない」
感心しつつも、女は胸元のボタンを外していた。こいつ……、魔王に取り入るつもりか……。
なかなかにあざといことを考えるものだな。というか、さっき存在を知ったばかりの魔王に取り入ろうなんて、度胸があるな。こいつをパーティに加えていれば、勇者も負けなかったのではなかろうか。
「じゃあ、明日から本格的にバトルを開始するよ。賞金は四万円! みんなこぞって参加してね!」
「お~!!」
女だけがハイテンションの中、この日の賞金探しは不燃焼のままで終了した。俺も、ちょうどコーヒーを飲み終わったところなので、もう部屋に帰ってふて寝させてもらうとするか。
だが、部屋を出たところで、女が後を追ってきた。てっきり魔王を誘惑するために、ダンスでも踊るかと思っていたのにな。
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど、ちょっとお時間良いかしら」
「聞きたいこと?」
あまり質問に答えたくないんだよな。というか、話したくない。賞金の恨みもあるから。不満が顔に出ていたらしい。すぐに女からツッコまれてしまった。
「なあに? これを盗られたことを根に持っているの? 器量の小さい男ねえ」
意外に痛いところをついてくるな。思わずカチンと来てしまうぜ。俺は大人げないところがあるので、ついつい喧嘩を買ってしまう。
「あんたこそ、早く帰って寝た方が良いんじゃないのか? でないと、また明日ダッシュする羽目になるぜ」
「ぐ……」
今度は、俺が向こうの痛いところをついたらしい。女は、顔を真っ赤にして、唇を噛んだ。本人的にも、あまり見られたくない姿だったらしい。
「ま、まあいいわ。それよりこれのことを確認したいのよ」
女が見せてきたのは、さっき獲得した二万円だった。
「昨夜、一万円を獲得したのよね。そのお金は、もう使ったの? 使ったのなら、教えて。金を使った時、変な目で見られなかった?」
「不審がられなかったってことか? いや。普通に対応してくれたぞ」
寿司店で精算した際、応対してくれたお姉さんの顔を思い出したが、怪しむ素振りはなかったと断言出来る。
そう言ったら、女から感心したようなため息が漏れた。
「あなた……、勇気があるわね。使う時に、躊躇とかしない訳? さっきもいきなり出現したコーヒーをためらうことなく飲んでいたわよね。怖いとかはないの?」
「……どうだっけな」
どうも褒められている気がしないな。なんて無謀な男だと、呆れられていると解釈することも出来るからだ。
「まっ! 本物のお金だってことは分かったわ。これで心置きなく使えるわね。教えてくれてサンキュー。お礼に缶コーヒーくらいは奢ってあげるわよ」
そんなものいるかと断ろうとしたが、せっかくタダでもらえるのだから、ありがたく頂戴しておくことにした。渡された缶コーヒーを飲みながら、正直に回答したのはまずかったかなと反省した。賞金を使ったら、実は偽物で、えらい目に遭ったと嘘をついておけば、ライバルを一人減らせたのかもしれないなと。
いや、無理か。賞金を盗られた時、めちゃくちゃ悔しがっているのを見られているからな。あれで、実は贋金でしたと言っても、誰も信じないだろうな。
「あ、まだ自己紹介をしていなかったわね。私、藤乃っていうの。藤乃萌」
「宇喜多だ」
「宇喜多。ふ~ん。あまり親しくはなれそうにないけど、よろしくね」
親しくはなれないか。確かにな。最終的に、いがみ合うことにならなければ、上出来な関係だろうね。
とにかく! 今は気持ちを切り替えよう。取り逃した二万円のことは忘れて、明日の四万円のことを考えるんだ。
「さて! この二万円で、明日は豪勢に行くわよ~」
これ見よがしに言ってやがる。そういえば、こいつは俺たちより先に来て、賞金を横取りしていったんだよな。
よし、決めた! 明日は、俺がそっくりそのままやり返してやるよ……。
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少し前にも、不調をきたしていますので、またかと冷や冷やしちゃいましたよ。