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第六十七話 食事が済んだら、仕事の話をしよう

今回の語り手は、またニートさんになります。

最近、語り手がコロコロ変わっていますが、

今回を最後にしばらく落ち着く予定です。

 宇喜多さんとシロちゃんが緊急会議を開いていた頃、僕はというと、昨日拾ってきたフードの幼女と食卓を囲みながら、ただひたすらに肉にがっついていた。この肉は、昨日幼女が泊めてくれるお礼にと持ってきた出所不明のものだったりする。食べる気はなかったのだが、フードの幼女が鼻歌交じりに焼いているのを眺めている内に、胃と食欲を刺激されてしまい、危ないと思いつつも食べてみることにしたのだった。


 食べてみて判明したことなんだけど、やっぱり美味しかった。僕の食欲をそそっただけのことはある。


 ちなみに、この子は、食事中もフードを外さない。さっきもいただきますと手を合わせている時を狙って、フードをめくろうとしたら、瞬速で手を払われてしまった。フードからはみ出している金髪を見るに、絶対にフードなしの方が可愛いと思うんだけど、こだわりというやつなのだろうか。


「ねえねえ」


「うん?」


「あの体育会系のお姉ちゃんは、どうしたのさ? 姿が見えないと、どうしたのかなって思うよ」


「彼女なら、仕事で遅くなるだけです。心配しなくても、この家には戻ってきますよ。ただ何時になるか分からないので、帰宅を待たずに寝てしまうことをお勧めします」


 彼女から遅くなると電話してきたのは、ついさっきだ。申し訳ないと謝りながらも、親友の声は弾んでいた。私の前では責任者ポストなど柄じゃないとぼやいているくせに、仕事が楽しくて仕方がない様子。四六時中こき使われて、仕事が苦痛と忍耐でしかなかった私にとっては、羨ましいことであり嫉妬してしまいそうになる。


 ああ、くそ! 羨ましいなら、僕も手に出来るように努力すべきなんだ! いつまでもうじうじ悩んだりしていないで! 言い訳ばかりで、腰を上げない自分に腹が立つ!


 イライラのはけ口を目前の肉へ向けた僕は、ナイフとフォークを乱雑に動かし、肉を大きめにカットして、口へと運んでいく。皿は悲鳴でも上げるように、キンキンと音を立てた。


「……!」


 何回目かの咀嚼で違和感が口の中に広がった。


 何だ、これは……?


 肉の柔らかな食感の合間に、固い歯ごたえがあった。骨ではないみたいだ。肉の中に、何かが混じっている?


 これがスーパーで買ってきた肉なら、クレーム物だけど、生憎と子供の持ってきた出所不明に肉。何が入っていても文句は言えない。


「ピアス……?」


 違和感の正体は、金色に輝く派手なピアスだった。出てきたのがガラス片やとがった金属片など、怪我を負う危険のあるものじゃなかったから良かったものの、どうしてこんなものが入っていたのだろうか。


「おっと。思わぬ異物が入っていたようだね。ここに運ぶ途中で、私なりにチェックはしたつもりだったんだけど、申し訳ないね。幸い、私の肉には何も混入していないみたいだから、気になるなら、交換するといいさ」


 僕の手からピアスを掴みとると、フードの幼女は、そのままピアスを人差し指と親指の力だけで砕いてしまった。砕けた一片が僕の横をかすめていく。小さい体に似合わず、なかなかの怪力じゃないか。


 フードの幼女からの提案は、やんわりと拒否させてもらった。元々出所が不透明なことを承知で肉を食べていたので、異物混入くらいで騒いだりはしないよ。僕が気にするのは、そんなことよりも……。


「一つ、お聞きしたいんですが……」


「何かね?」


「この肉のことで……。いや、やっぱりいいです。何でもないです」


「途中まで言いかけて止められるのは気になってしまうね。まあ、いいさ。気が変わったら、また聞いてくるといいね」


 無邪気に笑うフードの幼女に、こちらも笑顔を返す。これは人の肉なのかと聞こうかと思ったが、止めた。あっさりとそうだと肯定されそうな気がして怖くなったからだ。


 この子が僕の家に転がり込んできてから二日。僕はまだこの子と仲良くなったと思っていないが、向こうは違うみたいで、すっかり自分の家のように寛いでいた。神経が図太いみたいで、寝室代わりに貸してやった客間に、今日一日で様々な私物をどこかから運び入れていた。もしかしたら、このまま居つくつもりなのかもしれない。


 幼女に付きまとわれる生活か。知り合いにそういう生活を先に送っている人がいたな。あの人みたいに、僕も幼女に振り回されることになるのかな。


「む!」


 優雅に食事を続けていたフードの幼女が、「どうかしたんですか?」と僕が質問する横で、急に慌てだした。さっきまでのんびり屋さんだったのに、残りの肉を口に詰め込んで、リスみたいに頬を膨らませると、僕に一礼して寝室に駆けていってしまった。


 取り残された僕は何が起こったのだろうと、きょとんとしてしまった。でも、肉を食べるために手と口は動かした。うん、美味い。


 一体どうしたのだろうと首をかしげていると、入れ替わるように別の人間の足音が聞こえてきた。


 この足音、仕事で遅くなると言っていた親友の物じゃないな。このゆったりとした歩数……。相手は若くもないか。


「う……」


 ドアを開けて入ってきた人間の顔を見て、思わず口から拒絶の言葉が漏れてしまう。そして、それは相手にも伝わったらしい。


「人の顔を見るなり、顔をしかめるとは、ずいぶんな挨拶ですのう。教育係として、悲しいですぞ」


「余計なお世話です。それに元教育係ですよね」


 最悪なことに、教育係だった爺がやってきた。せっかくの楽しい食卓が台無しだ。この人、苦手なんだよな。


「……あなたが何でここにいるんですか? 父の側にいなくていいんですか? 聞いた話によると、父のコレクションを安置する施設で、管理者としてふんぞり返っているそうじゃないですか」


「ふむ……。相変わらずですのう。その冷たい態度も、他人行儀な丁寧語も。せめて儂にだけでも普通に話してくださらんか」


「……用件を聞かせていただけますか?」


 小言が始まりそうな気がしたので、早めに帰ってもらおうと、話を急かす。爺はやや不満そうにしていたけど、咳払いをして、本題に入ってくれた。


「儂がここに来たのは、他でもない。お嬢様のことで参りましたのですじゃ。仕事を辞められてからというもの、毎日を無為に過ごされておるようですからの。赤ん坊の頃から、お嬢様を見守ってきたこちらとしては、心苦しい限りですじゃ」


 やれやれ、回避しようと試みたのに、結局小言が始まってしまった。これは長くなりそうかな。


「ちょうど儂の部下が本日一人減りましての。その穴埋めという訳ではありませんが、どうですかな。社会復帰のリハビリも兼ねて」


 気を遣っているように見えるけど、勤務先は父のいかがわしいコレクションの倉庫番じゃないか。


「お嬢様の最近の自堕落な生活には、旦那様も嘆き悲しんでおられますじゃ」


「父さんが!?」


 思わず声が上ずってしまう。そんなことはあり得ないと思っていただけに、驚きを隠せない。


「意外です……」


「ほほほ! そんなことを言ったら、旦那様が悲しみますぞ」


 爺はどうも勘違いしているようだ。大方、父が心配してくれていたことに対して驚いていると思っているようだが、僕が驚いているのは、父がまだ僕のことを覚えていたことに対してだ。


「幸い、勤務先には、お嬢様と面識のある者もおります故、仕事をするにも余計なストレスを感じずに済むのではないでしょうか」


「僕と知り合い?」


「はい。確か宇喜多と言いましたかの。顔は平凡ですが、害もない男と見ました」


 聞き覚えのある名前が聞こえてきた。どうせ今まで一回すれ違った程度の顔も名前も覚えていない相手が出てくると思っていたら、本当に知り合いが出てきたよ。


「宇喜多さんが……!?」


 知り合いの名前が出てきたことに、ほんの少し表情に変化が出てしまう。即座に仏頂面に戻したけど、爺にはしっかり見られていたようで、にんまりされたのが悔しい。


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