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第六十三話 父と決別した日

今回の話は、城ケ崎目線で語られています。主人公は出てきません。

「ただ今」


 暗い夜道から戻ってきたフードの幼女が、外とは正反対の昼間のような明るい笑顔で、にっこりと笑いかけてきた。衣服に血がついていることにさえ目を瞑れば、ただの人懐っこい幼女で片付いてしまうでしょう。


「ただ今じゃねえよ。チビの分際で、勝手に夜出歩くんじゃねえ!」


 親友は年長者らしく、幼女の勝手な行動を叱って頭をポカリと叩いていた。昔から、年下を可愛がるのが好きだったこともあり、すっかり保護者気取りだ。


「ん? 手に持っているものは何だ? 肉!?」


 幼女の手には、自身の三分の一はあろうかというブロック肉が持たれていた。


「ただで泊めてもらうのは申し訳ないからね。ちょっと肉を調達してきたのさ。おかずの足しにでもしてくれれば嬉しいね」


 相変わらず独特な口調で話す子だ。その肉は、一体どこから手に入れてきたんでしょうかね。もう日付も変わってしまった時間。小さい子は起きているのもつらい時間で、開いているスーパーなんて、近所にはない筈ですよ。あったとしても、小さい子に、ブロックで肉を売るところもありませんけどね。


「ガキのくせに、細かい気遣いを見せんじゃねえよ! 誰も、見返り目的で保護してねえっつ~の! なっ?」


「ええ……、そうですね。肉には困っていません」


 親友は、フードの幼女に向かって、何かあったらどうするんだともっともらしいことを説教を続けている。彼女のことだから、幼女の服に飛び散っている血も、肉に付着している血がついてしまっただけと思っているのかもしれない。


「ほら! 風呂が沸いているから、お子様らしく、とっとと入って、ぐっすり寝てろ!」


「着替えとバスタオルは、脱衣所に置いておいたから、自由に使うといいよ」


 親友が厳しい口調で話していることもあり、優しい声で語りかけた。


「ちゃんと肩まで漬かって、十まで数えるんだぞ!」


 風呂場に向かう幼女の背中に向かって、お母さんみたいなことを呼びかけている。ほどほどにしておかないと、面倒くさがられますよ。


 フードの幼女が風呂場に去った後、話題の中心は、テーブルの上に置かれた巨大な肉の塊へと移った。


「しっかし、でかい肉だな。食い切るのに一苦労だぜ」


「三日は持ちそうですね。ぜいたくを言うなら、ビニールにでも入れておいてほしかったですけどね」


 さすがに出どころの知れない肉を、直で持ってこられても、あまり食べたいとは思わない。


「だけど、やっぱ危ねえものは危ねえよ。本人も悪気はないと思うんだがな~。手放しで褒めることは出来んな」


 我々に対しては、悪気はないでしょうね。だからといって、あの幼女が安心ということにもなりませんが。


 幼女と聞いて、思い出すのは、シロちゃんだ。僕たちに賞金探しを持ち掛けてきた異世界から来たという幼女。あと、賞金探し中に、僕たちにちょっかいを出してきたおかっぱ頭の幼女。


 フードの幼女も入れると、三人もの謎の少女に絡まれていることになる。しかも、どれもとんでもない力を有しているときている。機嫌を損ねたら、僕の命なんて、いくつあっても足りないでしょうね。


 複数のとんでも幼女から絡まれるようになってしまったのは、偶然とは思っていない。原因には、心当たりがあった。父だ。


 ずっと仕事一筋で、母さんが倒れた時まで、わき目も振らずに働いていたかと思えば、いきなりハーレムなんぞ作るとか言い出したのだ。


 一人娘に向かってそんなことを言われた日の衝撃は、今も鮮明に残っている。考えても見てほしい。亭主関白の見本みたいな人間の口から、大真面目にハーレムなんて宣言されたら、どんな気分になるかを。


 ちょうど人生に行き詰まりを感じていた時だったので、自分の耳と頭がおかしくなってしまったんだと、リアルに思ってしまったほどだ。


 悲しいことに、父は本気で、人里離れた土地に巨大な建造物を作ったかと思えば、少女たちをどこかから連れてきたのだ。そのことでは、父と何度も盛大な口論を繰り広げることになってしまった。


 元々、父との間に溝のようなものはあったが、仕事の出来る男と、尊敬の念を抱いていた部分もあった。だが、ハーレムの件で、それまでの不満が一気に噴出することになり、私は家を出ることにした。結局、巡り巡って戻ってくることにはなってしまった訳ですがね。


 全く。父が変な趣味に目覚めたせいで、妙な存在に目をつけられることになってしまった。


 今にして思えば、賞金探しに誘われたのも、父の趣味と無関係ではあるまい。


 街でシロちゃんから、賞金探しを持ちかけられた時、既に父を通して異世界のことを知っていた私は、自分でもびっくりするくらいにあっさりと話に乗ることになった。


「これからどうするんだい?」


 冷蔵庫に肉を入れると、おもむろに親友に質問を投げかけた。僕と違って、彼女には帰る実家がない。誤解がないように断っておくが、彼女の存在は邪魔ではないし、ずっとここにいたいと言われれば、気前よく泊める気でもいた。


 結構深刻なことを聞いたつもりなのに、親友はきょとんとした顔で、全く動揺せずに、あっけらかんと言い放った。


「どうするって。新しい部屋を探すに決まってんだろ? いつまでもお前の厄介になる訳にもいかねえしな!」


「へえ……」


 全然物怖じしていないんですね。しかも、迷惑をかけられないから、なるべく早期にここを出ていくとまで宣言しますか。有言実行の君のことだ。本気で言っているんでしょう。お金なんて、ほとんど残っていないくせに。それでも、君のことだから、さらっと乗り切っちゃんでしょうけどね。


「あん? 何だよ、その寂しそうな顔は。まさか俺様にずっといてほしかったとか思ってんじゃねえだろうな。レズか、お前は!?」


「違いますよ……」


 余裕のない生活の中で、かろうじてかき集めた生活物資が、一瞬のうちに全部なくなってしまったというのに、落ち込む素振りがまるでない。彼女にとっては、蚊に刺された程度の痛みも感じていないんだろう。


 皮肉屋で、人のことを見下しがちな僕とは正反対で、いつも能天気に笑っている彼女。仕事も、この家も、全てが嫌になって投げ出した私を、温かく自分の部屋に迎え入れてくれた親友……。


 世話好きの親友は人気者で、いつも周りには誰かしら人が集まっている。僕も例外ではなく、彼女には、いくらお礼を言っても言い足りないほど、世話になっている。だけどね……。


 僕は……、こいつのことが嫌いだった……。


 実をいうと、こうして話している、この瞬間でさえも……。


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