第六十話 シロの目から見た、俺と言う人間の本性
薄々感づいていたことだが、最近悪夢を見るようになってしまった原因は、やはりルネだった。というか、シロよ。知っていたのなら、もっと早く教えてくれよ。
「お前……、俺が悪夢の世界で、訳も分からずに慌てふためいているのを、傍から面白がって観察していただろ……」
「はてさて! 何のことやら、私にはサッパリだねえ。妙な因縁をかけちゃ駄目だよ、お兄ちゃん!」
こいつめ……。分かりやすいはぐらかし方をしやがって。まあいい。万が一、勇者の仲間と闘うことになった時は、こき使ってやるから覚悟しておけ。
「救いなのは、対処法が存在することか。お前の話を要約すると、ルネとは別のベッドで寝ればいいということか」
一緒に寝られないのは悲しいが、命を懸けるのはごめんだ。将来的にルネと恋人同士になった場合、やることを済ませた後で離れればいいだけのことだ。こんなものは制約の内に入らないから、大丈夫。
愛した男を無意識のうちに殺そうとしてしまうルネの能力には背筋が寒くなったが、ネタさえ分かれば、どうということはない。これでまた悪夢に悩まされることのない安眠の日々が戻ってくると、安堵の息を吐いた。だが、その横で、シロが不敵に笑う。何だ? まだ言い足りないことがあるのか?
「もう安心みたいな顔をしているけど、そう目論見通りに事が運ぶかな~? どうせお兄ちゃんのことだから、ルネから寂しいって泣きつかれたら、なし崩しで一緒に寝ちゃうと思うよ~?」
シロがからかってくるが、俺自身にそうなるかもしれないとの自覚があったため、反論が一瞬遅れてしまった。
「ま、まあ……。ちょっとは心が揺れると思うぞ。実際、ルネはかなり魅力的だからな。だが、命がかかっているんだ。意地でも流される訳にはいくまい」
「そうそうルネは魅力的だからね。歴代のご主人様たちは、購入したその日の内に、手を出していたのさ!」
「……伏せ字を使う配慮が欲しいところだな」
まだ金を支払っていないとはいえ、今は俺がルネのご主人なんだ。前の男との思い出話なんて聞きたくもない。しかも、内容がベッドインときている。
「お兄ちゃんもね。どうせルネを買った当日の間に、満月が出なくても狼男に変貌すると踏んでいたんだよ。でも、予想に反して、手を付けなかった。見直しちゃったよ。なんて紳士さんなんだろうって!」
「いやあ~。そんなことはない……、いや、あるよ」
「だから、ルネも急速に懐いたんだろうね。でも、実際は違った。服を買いに行った時、嫌らしい笑みを浮かべて、布地の少ない下着を籠に入れた時に、自分の下した評価が間違っていたことを突きつけられたね!」
「む?」
あれ? さっきまで褒められていたのに、いつの間にか非難されている!?
「お兄ちゃんも、歴代の狼男たちと同様に、ルネの体を狙っていたんだよ! 違うのは、実行に移さなかったというだけの話! 私が何を言いたいか、お分かりか!」
頭を捻れば分かる気もしたが、面倒くさかったので、首を横に振った。というか、何よ、この話題。
「結局お兄ちゃんは、手を出す勇気がなかっただけ。ただの根性なしだったというだけの話なんだよ!」
「何気にグサリとくることをのたまってくれるな」
だが、否定しきれないところが、これまた悲しい。
「もういい。お前が何を言いたいのかはよく分かったよ。紳士ぶって別のベッドで寝ようとしたって、ルネから迫られたら、どうせ欲望に惨敗して、悪夢の世界に引きずり込まれてアボンって言いたいんだろ!?」
「ルネの胸元には、立派な満月が二つあるからね。お兄ちゃんが変身する要素は、十分にあるんだよ」
「ぼろくそに言ってくれるな。良いだろう……。そこまで貶されたら、俺にだって、意地がある。何が何でも、別のベッドで寝てやろうじゃないか!」
シロは無理に決まっているんだから、意地を張るなよと言う顔をしているが、俺の本気を舐めるな。命のかかった場面での、人間の根性を見せつけてやるぜ。
「そうと決まれば、散歩は終わりだ。とっとと帰って寝るぞ!」
「オ~!」
ちなみに、ルネ以上に肝心な、勇者の仲間を狩る話は全く進展していなかった。ルネの話題に熱中するあまり、忘れてしまっていたのだが、なるようになるだろ。
夜の街をシロと手をつないで戻っている途中、何度か酔っ払いとすれ違った。
「全く! さっきからすれ違うたびに、酒臭くて仕方ないな。ていうか、週末でもないのに、嫌に酔っ払いを目にするな~」
「私も酒臭いのは駄目だね。ちょっと生理的にパス!」
最強のちびっ子であるシロも、酔っ払いは苦手か。思ってもみなかった意外な弱点が露呈したな。
「自力で歩いているやつはまだいいよ。ひどいのになると、路上で寝始めるからな。邪魔だったらないよ」
「あ、あそこにも路上で寝ている酔っ払いがいるよ!」
シロの指差す先には、道のど真ん中で大の字になって、高鼾を上げている女性が一人。通行人が顔をしかめて避けていくのを気にせず、堂々と眠り込んでやがる。
「あ~あ! スカートのくせに、あんなに股を開いちゃって! 嫁の貰い手がなくなるぞ!」
悪態をつきながらも、スカートの中身が見えないかチャレンジしてみたが、失敗。あまり露骨にやると、シロからまた変な目で見られそうなので、早めに断念した。
……って、あれは。
さっきまで顔がよく見えなかったから気付かなかったが、藤乃ではないか。シロも気付いたようで、俺の肘をつついてきた。
「なあなあ、お兄ちゃん!」
「黙っていろ。気付かれない内に、この場を立ち去るぞ。酔っ払いと職場の上司にだけは、絡まれちゃいけないと相場が決まっているんだ」
藤乃に絡まれたら、絶対に面倒くさいと思いつつ、忍び足で横を通過する。こんなところで遭遇するとは。酔っていなければ、挨拶くらいはするんだがね。アパートが崩壊したショックで、ヤケ酒でもしたのか?
もう少しで、通り過ぎると思ったところで、急に足が動かなくなった。下を見ると、足首をがしりと掴まれてしまっていた。握る力がたいしたことなければ、振り払って、全力疾走するつもりだったが、ぴくりとも動かせない。まるで、万力で締め上げられているようで、痛いくらいだ。
「待ちなさいよ……。私を置いて、どこに逃げる気?」
「……起きていたのか」
見なかったことにするのに失敗した。あ~あ、無事にホテルに戻りたくなかったのに、これは延々と愚痴を聞かされる流れだぞ。
降って湧いた思わぬ災難に、俺は内心で深々とため息をついたのだった。




