表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/201

第五十八話 この少女のためなら、俺は闇の底にも堕ちるのだろうか

 仕事中に、パンクから、犯罪の片棒を担がないか誘われてからというもの、仕事に身が入らなくなってしまった。


 返事を出すのは待ってもらっているが、俺が最終的にこの話に乗るしかないというを確信しているのか、パンクは終始余裕だったのが、苛立ちを募らせた。


 格好は常識外れだが、やることはさらに常識を逸脱していた。こいつの誘いに乗ると、話が上手く行っても、ろくなことにならないような気がしてならない。何より、やることがやることだ。断るべきだと、俺の第六感が、危険信号を発しているが、断りきれない理由があるんだよな。ズバリ金だ。


 ルネを買いとるのに必要な一億円。支払いを待ってもらっているが、返済の目途が立たないとなったら、容赦なく彼女は連れて行かれるに違いない。


 暗い気分で、ホテルの仮住まいのドアを開けると、帰りを待ちわびたルネが、ハグしてきた。そんなに懐くなって、ますます離れ離れになるのが嫌になるだろ。今はルネのことを好きなだけだが、これがこいつのためならどんなことだってしてやると思うようになってきたら、危険かな。


 ……ちょっと抱きつき過ぎだぞ。そろそろ離れて欲しいかなあ。ルネをちら見すると、鼻をひくひくと動かしている。もしかして、俺の匂いを嗅いでいるのか? 俺、そんな良い匂いじゃないぞ。臭いと言われたこともないが。


「ん?」


 入り口付近に設置されていたクローゼットの中に、アパートの崩壊と共に、駄目になった筈のルネの服が整然と並んでいた。


「ふっふっふ! 買った直後におじゃんになったら、お兄ちゃんもルネも浮かばれないと思ってね。私が特別に修復してあげたよ!」


「シロ……」


 服のことはすっかり忘れていたが、何というナイスアシストを決めてくれるのだ。


 こっそり買ったやたら胸元の露出が強調されたきわどい服も、しっかりと修復された中に入っている。いや、マジで良い仕事をしたな。思わず親指を立てて讃えてやりたいと思ったくらいだぜ。


 シロはニッコリと得意そうに胸を張っているが、ふと疑問に感じてしまう。どうしてこいつは俺にここまでしてくれるのだろうか。昨夜、住処を失ったのは俺だけではない。他のやつのところにも、フォローに行っているのだろうか。


 パンクから、俺はシロに懐かれていると指摘されたのを思い出す。話半分で聞き流したが、こういう嬉しいサプライズをプレゼントされると、思わず自分に都合の良い解釈をしてしまいそうになる。


「ねえ、一緒にお風呂、入ろっか♪」


「え?」


「お兄ちゃんとじゃないよ。ルネとだよ。お兄ちゃんは部屋で待機!」


「あ、ああ、そうか。そうだよな……」


 念のために断っておくが、シロと風呂に入れると思って、ドキリとしたのではない。話の流れで、ルネも含めた三人で入れるかもしれないと思ったから、ドキリとしただけのことだ。




 さて。そんなこんなで楽しい時間も、あっという間に過ぎ去って、寝る時間になると、またパンクの話が、脳内を支配し出した。


「お兄ちゃんや~い!」


「ん?」


 俺の様子がおかしいことに感づいたのか、俺とルネに挟まれる形で寝ていたシロが、話しかけてきた。


 ベッドが二つあるというのに、わざわざ片方のベッドに三人で大の字になって横になっている。無理して窮屈な思いをしているみたいで、ちょっと笑えるな。


「な~んか元気がないねえ! 魂が抜けたみたいだよ。お仕事、そんなに疲れたの?」


「まあな……」


「あっ、分かった。上司からパワハラを受けているんでしょ。もしくは、先輩からのモラハラ!」


 どうしてハラスメント限定なんだよ。俺はそんなに嫌がらせを受けやすい男に見えるのか?


「ハラスメントは受けていないよ。まあ……、ストレスがない訳じゃないんだがね」


「ふ~ん……」


 あ、いけね。つい考えていることを、口に出してしまった。シロの方を向くと、興味津々といった顔で、目を輝かせている。もう顔全体から、その話を詳しく聞かせてほしいというオーラが、びんびんに伝わってきていた。これは、今から、冗談だと誤魔化しても、絶対に通してもらえそうにない雰囲気だぞ。


「あっ、何か無性に大声を出したくなってきた……!」


「止めろ。苦情が来るだろうが……」


 なるほど。話さないのなら、大声を出すつもりか。俺を脅している訳だ。おのれ、いらない知恵をつけやがって。


 観念した俺は、パンクから持ちかけられた儲け話を、シロに丁寧に話して聞かせた。


「ほおおお~!」


 聞き終えると、頬を紅潮させて、シロが叫んだ。こいつ……、話してやったんだから、静かにしていろよ。マジで苦情が来るだろうが。


「それで、その話を受けるべきかどうか悩んでいるのか。お兄ちゃんらしいね」


「俺らしいって、何だよ」


 悪い意味で言っているのだとしたら、頬をつねるぞ。


「いいじゃん! その話、受けようよ! そうすれば、一気にルネの代金を払えた上に、一生遊んで暮らせるんだよ!」


 あっさりと言いきってくれるな。こうさっぱりしていると、俺が長い時間悩み抜いているのは何のためかと思ってしまう。


 パンクと同じことを言うんだな。救いなのは、やつと違って、シロの表情に邪まなものを感じないことか。


「ずいぶん自信満々だが、勝算はあるのか?」


「ふっふっふ! 私が誰だが、お忘れかい?」


 もちろん覚えているよ。魔王の手下だろ。手下の中で、どれくらい偉いのかは不明だがね。ついでに言わせてもらえると、勇者の仲間から、散々痛い目に遭わされて、そのことを相当根に持っているのも知っている。


 こいつからすれば、憎い相手に復讐できる上に、売り飛ばせるという願ってもないチャンスの訳だ。


「やろう! 是非やろう! 手荒な仕事は私が引き受けるから、是非やろう!」


 俺に抱きついて哀願してきた。俺が乗り気じゃないのと対照的に、シロは大変やる気を出していた。


 俺もこいつやパンクのように、物事を割り切ることが出来たら、もう少しスムーズに決断出来るようになるのにな。


 決して羨ましい訳ではないが、必要性は感じていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ