表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/201

第五十四話 黒の脅威の衰退

 アパートだった建物の前に、パトカーが到着したようだ。赤い点滅が、電気設備が壊れてしまった建物内を、赤く照らしている。


 俺は、大の字に寝転がる姿勢で、呆けていた。早く立ち上がらないといけないのに、上から落下した時と同じ姿勢のままだ。


「アパート……。壊れちゃったな……。もしかしたら、俺ももうすぐ壊れることになるかもしれないがね……」


 住処が壊れたというショックが、だんだん濃くなってきた。ローンや借金がある訳ではないが、やはり精神的にノーダメージともいくまい。


 天井に空いた隙間から、『黒いやつ』がじっと見つめている。録画した映像を停止しているかのように、微動だにしないが、次に動いたときは、一直線にこちらに向かってくることだけは確信出来た。


 しかも、頼みの綱のシロは横にいない。床が抜け落ちて、下の階まで転落した際に、離れ離れになってしまったみたいだ。ちょうど隣に、さらに下の階に通じる穴が開いていたのだ。どうせなら、俺もそっちに落ちたかった。


「万事休すか……」


 落下の際に、骨は追っていないが、体は痛んで、無理に起き上がっても、走れそうにない。追いかけっこをしたところで、勝負にもならない状況に、俺は潔くおねんねを決め込むことにした。


 破壊者との見つめ合いが終わった時が、俺の名運の尽きる時かなと、縁起でもないことを考えていると、俺を探す声がしてきた。


「ご主人……、様……」


 この声は……、ルネ? あいつ、まだ避難していなかったのか!?


 がれきの隙間からルネが顔を出す。どこも怪我していないみたいだが、足取りが覚束ない。


「お、俺は良いから、逃げろ……! お前まであいつに襲われるぞ!」


「あいつ……?」


 ルネは最初、俺が何を言っているのかが分からないようだったが、上でこちらを観察している『黒いやつ』を視認すると、全てを理解したようだった。


「ああ、そうですか。みんなあいつが悪いんですね」


「そうだ! 理解したのなら、すぐにでも逃げろ。俺は自分でどうにかするから」


 本当はどうしようもないが、つい強がってしまった。ルネが手を貸してくれたところで、どうにかなると思ってもいなかったので、当たり前の言葉ともいえる。


「ちゃんと……、閉じ込めていたのに……。私の目を盗んで、また悪さして……。本当に仕方のない子……」


「ルネ? 何を言っているんだ? 頭でも打ったのか?」


 これはまずいと、ルネに駆け寄ろうとするすると、彼女の頭上でビキビキと音がした。これは、夢の中で聞いた空間の避ける音だった。


 そういえば、夢の世界からこっちに来た時も、ルネの頭上に出来ていたっけ。これは一体……。


 いぶかしむ俺をよそに、空間の裂け目は拡大していく。気のせいだろうか。『黒いやつ』に向かって笑いかけたように見えた。その様子はまるで……。


「口……?」


 ルネの頭上にまたも生じた空間の裂け目は、笑っている口を連想させる動きをした。空間の裂け目に、意識がある訳がないのに、不自然な揺れだ。しかも、向こうに見えるのは、俺が眠る度にお世話になっている白黒の世界だった。つまり、『黒いやつ』が本来いるべき場所だ。


 それまで感情を感じさせなかった『黒いやつ』が、明確に震えた。あの世界に戻されるのを嫌がっているのだ。


「逃がさない……!」


 ルネの瞳が妖しく光ったかと思うと、空間の裂け目が、人が息を吸うときと酷似した動きで、歪んだ。


 それが合図だったかのように、『黒いやつ』は、空間の裂け目の中に吸い込まれていってしまった。飲み込むと、すぐに空間の裂け目も消えた。後には、俺とルネだけが残される。


「……」


 さっきまで一緒のベッドで寝ていた仲なのに、どう声をかけたものか、ためらってしまったが、努めて笑顔で話しかける。


「なかなかすごい能力を持っているんだな……。だが、リクエストをするなら、もう少し早く使ってほしかったかな」


 既にアパートは、人が住める状況ではなくなってしまっている。『黒いやつ』が消えたからといって、胸を撫で下ろせる状況ではないのだ。


 だが、ルネはいつものように笑い返してきてくれなかった。力を使い果たしたかのように、気を失っていたからだ。


「ははは……。寝ちゃっているよ。これからのことを考えると、俺は不安でいっぱいなのに、呑気なものだ……」


 起き上がって、ルネに近寄る。さっきまで空間が裂けていた辺りを手で確認してみるが、何の異常もない。何もない空間があるだけだった。


「ルネにも特殊な力があったということか。しかも、それを上手く利用すれば、悪夢を見なくても良くなるかもしれない」


 利用という言葉が引っかかったが、悪夢を見ずに済むかもしれないというのはありがたいな。


「それだけ? 他に気にするべきことがもっとあるよ」


「……!」


 いつの間にいたのかは分からんが、おかっぱ頭の幼女が、俺の隣にいた。しかも、俺と一緒に、屈んでルネを眺めているではないか。


「お前……!」


「やっ!」


 さっき車をぶつけて殺そうとしたくせに、白々しくも挨拶してきやがった。


「む? お呼びじゃない?」


 どうして自分が睨まれているのか分からずに、おかっぱ頭が首をかしげている。そっちがそういう態度なら、分かるまで念入りに説明してやろうか? 並みの幼女なら、泣き出すくらいハードな説明をよ!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ