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第四話 そのすれ違いは偶然じゃないよ

 シロと別れた後、部屋に戻った俺は、ベッドに寝転びながら、降ってわいた幸運のことを回想し続けた。


 昨夜は、とんでもないものに目をつけられてしまったな。まさか普通に帰宅したら、異世界を征服した魔王の手先がいるとは。


 昨夜から何回見たか分からないほどだが、興味は尽きない。初めて一万円札を手にした時以上に丁寧に扱っているのではないだろうか。


「これはお近づきのプレゼントと言っていたな……」


 今夜から日毎に賞金が増えていく余興が始まる訳だ。それに成功すれば、これの倍の金額。二万円を、明日の今頃に、こうして眺めていることになるのか。


「俺が一万円分働くのに、どれだけ苦労していると思っているんだよ。あのお子様は……」


 真面目に勤労に励むのが、馬鹿馬鹿しくなってしまいそうだ。これも、一種のニートなのかね。


 昨夜、思わずニートになりたいと願ってしまったが、それが現実になろうとしている。賞金を全て獲得できれば、使い方に気を付ければ、一生働かずに暮らすことも夢ではあるまい。そうすれば、もう上司の顔を見ることも、性格の合わない同僚に無理に合わせる必要もなくなる訳だ。


「いいね、それ……」


 不敵な笑みがこぼれそうになった瞬間、目覚まし時計のアラームが勢いよく鳴りだした。朝か……。


 結局一睡も出来なかったが、不思議と疲れは感じなかった。帰宅した時は、あんなに疲れていたのにな。


 日中に、睡魔が遅れてやってこないように、防止も兼ねて、インスタントコーヒーを飲む。ぼんやりとした頭で、どうでも良さそうにボソリと呟いた。


「会社に行く時間だ……」


 元々あまり行きたくない場所だが、大金を楽して稼げるという儲け話を聞いた後では、尚のこと、行く気が起こらない。


 休んでしまえという甘い誘惑を何度も打ち消しながら、スーツに着替える。慣れた作業の筈なのに、いつもより時間がかかってしまった。


 朝食代わりに、牛乳だけ飲むと、身支度を整える。あ、そういえば、顔を洗う前に、スーツを着てしまった。雑念のせいか、順番まで滅茶苦茶になっている。こんな調子で、仕事をして大丈夫かね。やはり休んでしまおうか。


 仕事に対して、やる気が起きないまま、ドアを出る。鍵も忘れずにかけた。もっとも別の世界に、鍵のかかった部屋に楽々と侵入出来てしまう幼女がいるので、これだけでは、防犯は万全とは言えないんだよな。人間相手には十分だけど。


 苦笑しながら、エレベーターに乗ると、向こうからハイヒールの甲高い音が聞こえてきた。


「そのエレベーター、待って~~!!」


 どうして全力疾走しているのか、質問するような野暮なことはしない。俺も社会人だ。様子を見れば、寝坊して、仕事に遅れそうになっているということくらい、容易に想像がつく。


 もちろんそこまで分かっているのなら、エレベーターのドアを閉めたりするような真似はしない。女性が駆けこんでくるまで、開けっ放しにして待ってやることにした。


「ありがとう……、ございます……」


 駆け込み乗車でもするような勢いで、女性はエレベーターに乗ってきた。「開」のボタンをずっと押しているので、閉まる心配はないというのに。


 相当慌てていたのだろう。肩で息をしている。俺にお礼は言ったが、余裕がないせいか、エレベーターのドアを凝視している。一階に着いたら、スタートダッシュを決めるためだろう。


 背中にかかる長さの髪で、ほんのりと茶色に染めている。スカートではなく、パンツ。胸は、かろうじて膨らんでいるのが分かるレベルか。よほど慌てているのか、化粧を全然していないが、それでもきれいに見えるのは、元が良いからだろう。何が言いたいのかというと、彼女は美人の部類に入るということだ。


 女性が、俺に構っている余裕がないのを良いことに、ちょっと観察してみただけであって、特に何かしようということはない。


「もう! どうして目覚めしで起きたのに、二度寝しちゃうかな~!」


 心の声が漏れてしまっているよ。そのせいで、聞かれなくてもいい失敗談まで筒抜けだ。本人が聞かれてもいいということなのかもしれないが。


 案の定、ドアが開くと、脱兎のごとく、女性は駆け出していた。スタートダッシュには、一応成功したようだ。ただし、アパートを出たところで、横から来た自転車と盛大にクラッシュしていたがね。




 それから数時間後、仕事に出た筈の俺は、アパートへの道を愚痴をこぼしながら、戻っていた。


 まさか午後の会議で使う重要書類を、家に忘れるなんてな……。普通なら、あり得ないミスだ。やっぱり心ここにあらずだな。


 まあ、忘れた物は取りに戻るしかないとして、空腹は抑えようがない。


「昼食……、どうしようかな?」


 朝飯なんて抜いているようなものなので、腹が減って仕方がない。本当なら、牛丼やカレーで、ガッツリといきたいところだが、移動のせいでのんびり食っている時間もない。腹が鳴るたびに、書類を忘れた自分に怒りが込み上げてくる。


 コンビニで弁当を買うしかないかと考えていると、この先の寿司店でお持ち帰りのサービスもしていることを思い出した。ボーナスが出た時に食べてみたが、かなりイケた。だが、少々値が張るのがネック。


「そういえば、これがあったな」


 昨夜獲得した一万円が、財布の中に手つかずの状態であったのを思い出した。これを使えば、まぐろやウニなどの高級ネタをふんだんに使った一番高いセットを頼めるではないか。渡りに船だと思ったが、同時に不安も生じた。


 シロは、富豪からもらったって言っていたが、使う段階になると、やはり身構えてしまうな。いくら大丈夫と言っても、もしかしたらという疑念はある。


 使うかどうか迷った末に、保留することにした。この道は、どうせすぐにまた通ることになるんだから、その時に決めればいいと思ったのだ。そうと決まれば、さっさとアパートに戻ってしまおうと、足を速めた。


「ん?」


 アパートに戻ると、引っ越し会社のトラックが一台停まっていた。誰か新しい住人が引っ越してくるのかね。


 興味を持ったので、通り過ぎる際に、トラックの中を覗いてみたが、無人だった。中に荷物を運んでいるところのようだな。


 アパートに入って、エレベーターに乗ろうとしたが、最上階の数字が点灯しているのが目に入った。エレベーターが止まっているのは、最上階か……。待つのも面倒だし、階段を一気に駆け上がってしまうか。


 そう思った頃には、足は階段を上りだしていた。運動不足は自覚しているが、自分の住んでいる階に上るくらいなら、問題ないだろう。


 軽快に階段を上っていると、三階で、ちょうど引っ越しの作業中なのが目に入った。業者に交じって、これからここで生活すると思われる青年の姿もあった。なかなかガッシリしていて、背の高い青年だった。日焼けもしているところを見ると、何かスポーツをやっているのかもしれない。だが、その顔には、どこかあどけなさも残っていた。


「おはようございます」


 俺を見ると、きびきびとした声で、会釈付きの挨拶をしてきた。精悍そうな外見とは裏腹に、なかなかに礼儀正しかった。挨拶をされたら、どんな時だろうと返すというのが、俺のモットーなので、青年にならって笑顔で挨拶する。俺の声が気持ち良かったのか、青年は薄く笑った。


 そこに部屋の中から、女性が一人出てきた。髪をうなじのところで結っている大変魅力的な女性だった。いや、顔も魅力的なんだがね、それ以上に胸が……。


 バレーボールを二つ仕込んでいるのかと誤解しそうになるくらい立派だった。心の中で、「うおっ!」と叫ぶ。表情には出ていないから、セーフだろうが、休憩時間にすごいものを拝んでしまったな。


 女性は俺に気付くと、軽く会釈して、青年に話しかけていた。やはり俺のいやらしい下心は見抜かれていないみたいだ。


 二人は仲良さそうに話した後で、室内へと引っ込んでしまった。俺の予想では、二人は恋人同士か。あの青年、大人しそうな顔をして、ずいぶんなやり手じゃないか。


 完全に一方的な嫉妬だ。自分に彼女がいないのも、拍車をかけているのだろう。情けない話だ。


 俺をよそにドアは閉められていった。せめて、もう一度、女性の胸を見ておきたかったが、あまりじろじろ見つめて睨まれるのも、まずいな。


「あれ?」


 一瞬だが、ドアの閉まる瞬間にはっきりと見えた。青年と恋人が入っていった室内に、シロがいたのだ。


 ドアが閉まってしまったので、やつが中で何をしているのか、見ることも出来ないが、いるのは確かだ。


「あいつ……、何をしているんだ……?」


 予定では、シロと再会するのは、今夜、例の部屋での筈だ。


 想定していたより早い再会が気に食わない訳ではない。だが、ドアが閉まる際に、あいつと目が合った時に、不敵な笑みをこぼしていたことだけが、妙に気にかかった。


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