第三十九話 蜘蛛たちのララバイと、蜂たちのラプソディ
今回の語り手は、間宮となり、前回の後半部からの続きになりますね。
主人公は、今回お休みです。
街中で、シロちゃんと雰囲気の似ているフードの子と出会った。似ているだけで、彼女のように友好的かは分からない。
だが、興味を持ったので、ちょっと話しかけてみることにした。
そうしたら、いつの間にか、彼女の周りに、蜘蛛が大量発生しているではないか。
何で蜘蛛がこんなに大量発生しているんだ?
路上でステーキを食べているから、匂いにつられてやってきたのかとも思ったが、それなら蟻だって寄ってくるだろう。気持ち悪いのを我慢して確認するが、蜘蛛以外の虫の姿はない。
蜘蛛たちも、フードの子の周りを周回しているだけで、彼女に触れようとはしていなかった。これでは、好かれているんだか、嫌われているんだか、分からないな。
怪訝に思う俺の横で、フードの子は、ステーキをペロリと平らげてしまった。この子の胃よりも量があったステーキを食べたというのに、どこか物足りなさそうな顔をしている。まだ食べ足りないとでもいうのだろうか。痩せの大食いってやつか?
油まみれになった口元を、白いハンカチで拭いながら、フードの子は俺を見てきた。
「さっきのお兄ちゃんを追わなくていいの?」
「ん? ああ、万丈のことか。大丈夫。子供を一人歩きさせる訳じゃないし、危険はないよ」
「いや、そういうことじゃなくてね。彼を一人にするのって、野獣を街に解き放つようなものじゃん」
「ああ、そういうことね」
万丈のことを手ひどく言ってくれるね。というか、見た目の割に、難しい言葉を知っているんだな。背が小さいだけで、本当は年齢が高かったりするのかな。
「まあ、なんとかなるんじゃないのか? あいつも、むざむざ警察に捕まったりしないだろうしね」
「あいつはそんなことをするやつじゃないとは、言わないんだね……」
「そう言いたいんだけどね」
既に何回か、暴力沙汰を起こしてしまっていたりする。精神が不安定なところがあるんだよな。
「昔は落ち着いたやつだったんだけどね。あんなことが起こらなければ……」
「あんなこと?」
「ああ、いや……。他人に話すことじゃないな。今のは口が滑った。忘れてくれ」
迂闊に話すと、万丈が起こるからな。幸い、フードの子は、あまり興味を持っていなかったらしく、続きをせがんでくることはなかった。
「言いたくないなら、それでいいよ。私も興味ないし」
「ははは……」
フードの子の毒舌に苦笑いしていると、向こうから、スピーカーでがなり立てる声が聞こえてきた。
選挙演説だ。さっさと通り過ぎてくれればいいものを、わざと速度を遅くしている。向こうからすれば、少しでも自分の名前を憶えてほしいんだろうが、こっちとしては、もうお腹いっぱいなのだ。
「え~、皆様。お騒がせしまして、誠に申し訳ありません。○○党の○○○○でございます~」
市長選挙だっけ? 一週間前から、時々こんな感じで、街中を選挙カーで走っている。同じような言葉の羅列で、いい加減うんざりしているのだ。俺に選挙権はないし、あんたの名前はもう覚えたから、そろそろ黙ってほしいんだけどね。
同じことをフードの子も考えているらしい。分かりやすく、顔をしかめている。
「面白いやつだ。申し訳ないと抜かしながら、話し続けている。その気持ちが本当なら、今すぐに黙り込めばいいものを」
「向こうも必死だからね」
そう言って、宥めようとしたら、フードの子が右手を挙げて、選挙カーを指し示した。まるで誰かに指示を送っているような動きだ。
誰に指示を送っているのか? その疑問は、すぐに解けた。
彼女の周りを取り囲んでいた蜘蛛が、スイッチが入ったかのように、俊敏な動きで、選挙カーに向かっていったのだ。
「ていうか、蜘蛛の数……。増えている!?」
どこにそんな数が隠れていたのだろうかと震撼するほどの蜘蛛が、選挙カーのあちこちから、一斉に這い出てきた。選挙カーは、あっという間に蜘蛛に包まれて、真っ黒になってしまった。
不気味な光景に、吐き気を催して、口を抑えてしまう。
だが、不可解なことに、嫌悪感を催しているのは俺だけで、他の人間は、平然としている。立候補者も、ロボットのように、ありがとうと連呼している。
「他の人たちには、蜘蛛が見えていない……?」
信じられないが、そう考えるほかに、現状を説明することが出来なかった。横では、フードの子がパチンと指を鳴らした。
候補者を埋め尽くしていた蜘蛛が、一斉に攻撃を始めたのが確認出来た。何をしているのかは分からないが、うようよと蠢いているのだ。気持ち悪い。
すると、どうだろうか。あんなに一心不乱に自己紹介をしていた立候補者が、魂を抜かれてしまったように、黙り込んでしまった。というより、まるで人形みたいに。
選挙カーは、そのままエンジンの音のみを響かせて、走り去っていった。さっきまでと比較すると、驚くべき静けさだった。
「あの人たちに、何をしたんだ?」
「黙らせただけ……。しばらくの間、抜け殻になってもらったの。私の気が向いたら、解除してあげる……」
「抜け殻……」
「そう……」
静かな空間に浸るように、フードの子は満足そうに微笑んでいた。その笑みには、わずかながらも、邪気のようなものを感じた。
「君もシロちゃんの仲間なの?」
ずっと気になっていたことだ。とんでもない幼女だからという理由だけで、シロちゃんの仲間だと考えて、ストレートに聞いてみることにした。
だが、彼女にはタブーだったらしい。にわかに怒りの表情を浮かべると、親の仇のように、俺を睨みつけてきた。
「あんなやつと……、私を一緒にするな……!」
フードの子が低い声で呟くと、今度は大量の蜂が俺の周りを取り囲んだ。どれも、俺に敵意をむき出しにしている。刺す気満々だ。
「わ、わわわ! 気に障ったのなら、ごめん! そんなつもりじゃなかったんだ!」
子供相手に頭を下げるのは変な気分だけど、この子は俺よりも強い。下手なプライドにこだわっていたら、蜂の巣にされてしまう。
俺の必死の謝罪が功を奏したのか、フードの子は不満げに唸ると、蜂を散らせてくれた。
「今後、私の前で、シロの名前を口にしないことだよ……」
「ああ、気を付ける」
危険を回避して、俺は噴き出した冷や汗で、汗だくになっていた。息も乱れていた。
フードの子を見ると、さっきまであんなに怒っていたのが嘘のように、静まり返っている。ずいぶんと感情の起伏が激しいことで。
それにしても気になるのは、俺の周りを大量の蜂が舞ったというのに、他人が平然とすれ違っていくことだ。
他のやつには、蜘蛛と同じく、この蜂が見えていない?
「ずいぶん面白い能力を持っているんだね」
「よく言われる……」
「でも、そんなすごい力を、こんな街中で使いまくって、何に意味があるんだい? 言っちゃなんだが、能力の無駄遣いじゃないのか?」
何もフードの子を否定する気はない。ただ、素朴な疑問として、聞いてみただけだ。この子の力、もっと世の役に立つ使い方がいくらでもあるだろうに。そりゃ……、選挙演説がなくなって、街は静かになったけどさ。
俺の質問を受けて、フードの子は、俺の顔を興味深そうにじろじろと見ていた。あんな目に遭ったばかりなのに、逃げ出さないどころか、別の質問をしてくるとはたいした神経だとでも思っていそうな目だね。
「ちゃんと……、効果的に使うことは考えているさ。今だって……、売り込みの最中だしな……」
「売り込み?」
「そう。私の力がいかに使えるかを示しているの……」
何のことだろうと、俺が思案にふける中、少し離れたところに、一台のリムジンが停まっていた。中の人間は、俺ではなく、フードの子を満足げに見つめている。まるで、探し物が見つかったかのような笑みだ。




