第三話 伝説の勇者は、お亡くなりになりました
信じてもらえないだろうが、敢えて言わせてもらう。クタクタになって帰宅してみたら、部屋にいた異世界から来たという魔王の使いに絡まれてしまった。
そいつは、数々の奇跡を披露して、自分が本物であることを証明して見せた。最初は中二病の幼女だと内心で嗤っていた俺も、科学で説明のつかない現象を目の当たりにして、信じざるを得なくなった。
そいつは、警戒心を露わにする俺に対して、儲け話があると持ちかけてきたのだ。異世界の魔王から、一体どんな話がやってきたのか。言っておくが、俺はたいして強くないぞ。RPGなら、村人Aがはまり役だろう。
「見世物って言ってもね。動物園みたいに、檻に入れて、魔王様たちに干渉される訳じゃないよ♪ お兄ちゃんにやってもらうのはねえ……。この部屋で宝探し!」
「宝探しぃ!?」
思わず変な声を出してしまったよ。だって、この狭い部屋で宝探しだぜ? おそらくお宝というのは金のことなんだろうがな。身構えていただけに、力の抜け方が大きかった。
「お宝は、お兄ちゃんたちの世界の通貨……、じゃなかった。お札だね。こんな変な絵の描かれた紙が、どうして流通しているのかは分からないけど、これをお兄ちゃんが必死に探して、その模様を、魔王様が鑑賞なさるの」
以前、芸能人がバラエティ番組で宝探しをしているのを観たことがあるが、イメージとしては、あんな感じなんだろう。ここまで魔王が来るとも思えないから、水晶かなんかで、俺が苦労している様を楽しむんだろうな。テレビ画面に釘付けになりながら、自分もやってみたいと思ったものだが、シロからの誘いにはそそられなかった。理由は、賞金だ。
「俺たちの世界の通貨といっても、お前の力で生み出したものだろ? 精巧に作られているかもしれないが、所詮は偽札じゃないか。滅多なことではばれないと思うが、万が一ということもある。刑務所に入れられるのはごめんだ」
そんなものより、お前たちの世界の通貨が欲しい。どうせ素材は金だろ? それを売り払った方が、俺にとっては得だ。だが、シロは問題ないと、あくまで強気だ。
「心配しないで、お兄ちゃん。このお金は、私が作った物じゃないから。魔王様と懇意にしている、この世界の富豪がくれたものなの?」
「この世界の……、富豪が……?」
「うん! 人魚や妖精をプレゼントしたら、お礼にってくれたの!」
「へえ……」
生身の人間だったら、人身売買で問題になるな。いや、人魚や妖精でも問題だが、彼女たちにこの世界の法律が適用するのかと問われたら微妙なところだ。
その富豪に売られたという彼女たちが、現在どんな目に遭っているのかは深く考えないことにして、とりあえず今すべき質問をさせてもらう。
「つまりお前たちが用意しているのは……、紛れもなく本物の金ということなのか?」
俺の心の動揺を察したのか、シロがニヤリと笑った。
「そういうことだよ。だから、獲得した後は、お兄ちゃんの物。美味しいものを食べてもいいし、きれいな洋服を買ってもいい。お兄ちゃんの好きに使っていいんだよ」
「好きに……、使っていい……」
先ほど獲得した一万円札を確認する。知らず知らずの内に、手が震えていた。だが、不安はない。心臓が一回鳴るたびに、あんなにあった不安が払しょくされていくのが分かった。代わりに、表面化してきたのは、金欲だった。
「賞金は……、いくらだ?」
おそらくこの質問をした時の俺の目は、相当ぎらついていただろう。俺がその気になってきたことに、シロが満足げに目を細めた。
「期間は二週間。その間、賞金の額は、毎日倍に増加していくわ。今日は一万円だったけど、明日は二万円。明後日には、四万円。その翌日には、八万円……」
「わお!!」
全部獲得したら、一億をあっさり超える金額が、俺の懐に入ってくるじゃないか。最終日の賞金額だけでも、かなりやばいことになっている。
大金じゃないか。一生かければ稼ぐことは可能だろうが、どれだけ血のにじむ思いをしないといけないかを考えただけで、萎えてくる金額だな。そんな大金が二週間程度の軽作業に成功するだけで、懐に入ってくる。夢みたいな話だ。頬を抓ってみようかとも思ったが、そんなことをしなくても、夢でなく現実ではないと分かるのでやらない。
思わず「やります!」と叫びそうになってしまったが、すんでのところでこらえた。まだ最終決定を下すのは早い。何せ、上手い話には、落とし穴がつきものだからな。
気になったのは、成功という言葉だ。成功したら、大金を得られる。それならば、失敗した場合は、どんなペナルティを持つことになるんだ?
相手が異世界の魔王だけに、何をされるか分からない。それに、暴漢だったら、警察。悪霊だったら、神社や寺。このように緊急時に駆け込むところがそれぞれあるが、魔王相手では思いつかない。
「なあ……。ちなみに宝探しってのは、制限時間はあるのか? 失敗した場合のペナルティがあるのなら、教えてもらえるとありがたい」
「ペナルティ? そんなものはないよ。制限時間だってないしね。暇つぶしに付き合うのが嫌になったら、そのまま止めていいし、再会したくなったら、いつでもこの部屋に戻ってくればいい。回収されなかったお金が、人知れず回収される日を待ち続けているから」
今度こそ頬を抓らせてもらった。夢の中の夢みたいな話だ。だが、俺が途中で宝探しを止めたら、魔王が白けてしまうんじゃないのか?
俺が続けて疑問を口にすると、シロがニヤリと、幼女に似合わない顔で笑った。どうやら魔王を退屈させない秘策でもあるらしい。
「まあ、こんな話を急に引き受けろって言われても、困っちゃうよね。時間は無限にあるんだから、私と雑談でもしながら、ゆっくり考えてよ。そうだ。何か聞きたいことはない? 答えられる範囲で教えてあげる」
そして、会話の終わりに、俺に判断を求めてくる訳ね。いいだろう。非現実的なことに首を突っ込むのも悪くない。
え~と、こいつに質問することは……、人魚や妖精が欲しいと思ったら、いくらくらいで売ってくれるの? ……この質問は倫理的にまずいかな。
お、そうだ! 魔王がいるのなら……。
「そういえば、お前たちの世界には勇者はいないのか? 俺が宝探しをする様を見るのは、魔王の勝手だがな。そんなことにうつつを抜かしていて、大丈夫なのか? 魔王がいるのなら、それを討伐しようとする勇者もいるんじゃないのか?」
俺の勝手な憶測だが、勇者と魔王は対立するものだ。そして、正義は勝つとまでは言わないが、たいていの場合、魔王は勇者に敗れる運命にあるものだ。俺の間抜け面を楽しむより先に、自分を倒そうとする勇者対策でも進めるべきじゃないのか?
純粋な好奇心から質問したのだが、シロから返ってきたのは、驚きの回答だった。
「勇者なら、もう倒したよ」
「何……?」
「正確には、勇者を語る戦士たちを全滅させたっていった方が良いかな? だから、魔王様は暇になっちゃったの。遊び相手がいなくなっちゃったから」
伝説の勇者も、シロの親玉にかかれば、単なる遊び相手に過ぎないのか。その勇者たちが、どれくらいの強さなのかは想像もつかないが、魔王が強大な存在であることは、再確認させてもらった。
「弱かったなあ~、あいつら……」
ほんの少し前の出来事を思い出しているのか、天井を愉快そうに見上げていた。こいつも勇者との戦闘に参加していたっぽい。それまで俺に見せていた少女の眼差しは鳴りを潜めて、目が細く爛々と光り出していた。
「ということは、お前もそれなりの戦闘力があるということか?」と聞いてみようかとも思ったが、俺の体で試されたら怖いので、疑問のままで留めておくことにした。
「つ、つまり……、今の話をまとめると……」
駄目だ。口元がにやけるのが抑えられない。美味い話には裏があると、何度も脳内連呼しているのに、まるで効果がない。もう俺の黒目が¥マークに変わるのを押しとどめるのに必死だ。
「お前の親玉は、うっかり勇者を全滅させたせいで、敵がいなくなって、暇を弄ぶことになってしまった」
俺のまとめに、シロが首をブンブンと縦に振る。
「退屈が感極まった時、ほんの思いつきで、俺が大金をゲット出来る暇つぶしを思いついてくれたと……」
「イエ~ス!」
「そ、そうか……」
おいおい。とんでもない幸運じゃないか。魔王から返り討ちにあったらしい勇者たちには気の毒だが、そのおかげで、俺は何もしないで大金を得られるなんて……。
てっきり「そんな訳があるか! 人間風情が調子の良いことをほざくな!」と言われるかとビクビクしていたが、肯定されてしまった。え? 何? 俺、明日から無償で金を恵んでもらえるの!? あ、もう駄目。頬が緩んで、制御出来ないや。
「さて! 長々と話し込んじゃったけど、魔王様の暇つぶしに付き合ってもらえるか、そろそろ最終的な判断を聞いてもいいかな。さっきも言ったけど、嫌なら断ってもいいよ。断ったからといって、殺すこともしないし、記憶を消したりだってしない。他の人に喋ってもいいよ。お兄ちゃんが変な目で見られるだけだろうけどね」
暇つぶしに付き合うかだって? そんなこと、愚問だな。考えるまでもないことだ。
「やる。やります。いえ、やらせてください!!」
楽して大金をゲット出来る。しかも、ノーリスク! 俺にとっては魔王が神様より神々しく思える。そんな美味しい話を断るなんて、あり得ない!
「肯定的な返事が聞けて良かったよ。じゃあ、明日から二週間、今日と同じ時間に、またここで……」
「おう!!」
さっきまであんなに警戒していたシロと、いつの間にか笑顔で接していた。この幼女が、まだ俺にとって安全な存在かどうかなんて分かりはしないのに。困ったことに、俺の頭は金のことで埋まっていた。帰宅していた時に、あんなに疲れ切って、ため息ばかりついていたのが嘘みたいだ。休憩を取っていないのに、生気に満ちていた。
魔王の手先を名乗る幼女は、気が付くといなくなっていたが、そんなことは最早どうでも良かった。俺は降ってわいた幸運に、深夜にも関わらず、笑いが止まらなかった。
「さ~て! この一万円は、何に使っちゃおうかな?」
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