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第三十八話 温もりを求める幼女と、力を説く幼女

今回は前半部と後半部で、語り手が違います。

前半部が主人公の宇喜多で、後半部が間宮です。

自分なりに工夫したつもりですが、

分かりにくいなどのご意見がありましたら、ご遠慮なくお伝えください。

・温もりを求める幼女(語り手 宇喜多)


 真っ暗な室内。ルネが気持ち良さそうに寝息を立てているのを尻目に、俺とシロだけが目を開けていた。


 どうにか悪夢から覚めることは出来たが、感謝する気にはなれない。ただシロのストレス発散に付き合わされただけに気がしてならんのだ。


 こいつに対して、いろいろ言いたいことはあるが、まずはこれから言わせてもらおう。


「まずお前がルネの横で寝ている理由を聞かせてもらってもいいか?」


 数日前まで、俺が一人で悠々と使っていたベッドには、現在俺でない二人が横になっていた。一人がルネで、もう一人がシロだ。


 というか、シロはソファに寝ていた筈だ。俺のベッドに潜り込んでくるとは、どれだけ寝相が悪いのだろうか。


「お前が故意に、俺のベッドに潜り込んで、俺を蹴落としたって認識で合っているよな?」


「あははは! 嫌だな、お兄ちゃん。確かにベッドに潜り込んだのは事実だけど、ベッドから転がり落ちたのは、お兄ちゃんの寝相が悪いからじゃん。人のせいにしたらいけないねえ!」


 仮に、俺の寝相が悪かったにしてもだ。ベッドから落ちたのは、お前がベッドに潜り込んできたからだろうが! 一人用のベッドに寝ている二人の真ん中に割って入ってきたんだ。追いやられた先がベッドの外だということは、容易に想像がつくんだよ。


「前から密かに狙っていたけど、このベッドって、寝心地が最高だね……」


「俺のベッドを褒めてくれるのは嬉しいが、とりあえずその席を譲ってもらえないかね」


 悪夢の世界で、しっかり俺を助けてくれていたら、今晩限定で譲ってやらなくもないが、あの内容では及第点は上げられない。


 もちろんシロが応じる訳もなく、業を煮やした俺は、強引にベッドに戻ったのだった。一人用のベッドに三人が寝るのだから、狭い! しかも、反対側のルネを押し出さないように配慮までしなければいけないのだから、とにかく窮屈だ。


「あん、もう! 駄目だって言っているのに、お兄ちゃんったら、強引な人!」


「これは元々俺のベッドだ。強引だろうと、所有権は主張させてもらうぞ!」


「でも、こうしていると、親子みたいだねえ……」


「しみじみ言うな。全身火だるまで、背中から翼の生える子供なんて、俺はごめんだ」


 ルネが妻というのは、満更でもないがね。


「そういえば、眠る前に、お前から飲まされた薬は何だったんだ? 意味深だった割には、何の効果も発揮しなかったじゃないか」


「今回は効力を発揮しなかっただけだよ。ま、薬の効き方には、個人差があるからね。発動する日を楽しみにするといいよ」


「今すぐ発動してほしいんだがね!」


 シロの助けも当てにならない以上、今当てに出来るのは、謎の薬の効果くらいなのだ。悠長に構えてなんかいられない。


 その後、もう一度寝たが、幸い悪夢は見なかった。睡眠時間は短かったが、久々に熟睡を堪能することが出来たのだった。


 夜はこうして更けていったのだが、翌朝にまたも事件が起こったのだった。


 熟睡出来たおかげで、気分よく仕事の準備をしているところにかかってきた一本の電話。俺が取ろうとしたのだが、ルネが先に出てしまった。母親からだったら、説明が面倒なことになると思いつつ、ネクタイを結んでいると、ルネがやって来て、携帯電話を俺に差し出してきた。


「誰から?」


「ブチョウさんという方からですね。何でも、至急にご主人様とお話がしたいそうです」


「へえ~」


 部長……。朝から話したい相手じゃないな。どうせこれから出勤するんだから、それまで待ってくれてもいいのに。それすらも惜しむほどの急用って何だよ。


 まさかリストラされるのかとも思ったが、朝一でリストラの電話をかけてくる上司なんて、聞いたことがない。いささか困惑気味に出ると、衝撃の事実を告げられることになるのだった。




・力を説く幼女(語り手 間宮)


 顔がヒリヒリする。顔の落書きを消すときに、強くこすり過ぎたからだろうか。でも、宇喜多さんたちもひどいよな。人を無人の室内に放置するなんて。せめて起きるまで待っていてほしかった。


「おい! さっきから自分の顔をさすって、ため息をついているんじゃねえよ。自分の顔に酔ってんのか?」


「違うって……」


 横を歩いている万丈が、小馬鹿にしたように笑いかけてくる。金髪といかつい風貌のせいで、誤解されがちだが、中身は良いやつなんだよな。


 一人のスーツ姿の中年とすれ違う。こっちを汚いものでも見るような眼差しをしていた。それが気に障ったのか、万丈の目に怒気がこもる。


「あんだよ、あの親父。俺を睨みやがって……。人が睨み返しても、ずっとじろじろ見て、気分が悪いったら、ねえ」


「落ち着け。どうせ家では、家族から同じような目で見られているさ。問題はまずいから、我慢だ」


 今にも中年に殴りかかりそうな万丈だったが、渋々引き下がってくれた。荒んだ生活を送るようになってから、こんなことは引っ切り無しだ。いちいち反応していたら、何度警察の厄介になればいいか、想像もつかない。


「やっぱりあのバッドを買っておくんだったな……」


「おい、万丈……」


 連れの万丈がまた物騒なことを言っている。本気でないことは分かっているが、人の目もあるので、一応たしなめる。俺の小言に聞き飽きたとばかりに、薄く笑った。


「嘘だよ。本当は、もう野球の道具なんて、見たくもねえっつうの」


「まあな」


 心底同感だったので、相槌を打った。お互い、少し前までは、三度の飯より好きだったっていうのにな。あんなことさえ起こらなければ……。


 野球部に顔を出さなくなってから、もうずいぶん経つな。あれから俺たちの時間は止まってしまったみたいだ。そもそもまた動き始める日なんて、来るんだろうか……。


「ん? 何だ、あれ?」


 万丈が何かを見つけたみたいだ。前を見ると、何を見ているのかが、すぐに分かった。ボロ布をまとった幼女が一人、電信柱に寄りかかって、胡坐をかきながら座っていた。


 しかも、フードまで深く被っているせいで、顔も良く見えない。だけど、雰囲気的にシロちゃんに似たものがあるんだよな。


 貧しそうな身なりのくせに、百科事典ほどもある分厚いステーキを頬張っている。それも、上品にフォークとナイフを使ってだ。


「よお! ホームレスのくせに、ずいぶん気前の良いものを食ってんじゃねえか」


 放っておけばいいのに、つかつかと幼女に歩み寄る。通行人の何人かが、怪訝そうにこちらをちらちら見ている。大方、俺たちが、この子に絡んでいるとでも思っているのだろう。ただ見ているだけで、注意してこようとする者はいない。鬱陶しいが、通行人は放っておいても良さそうだな。


「肉ばっか食べていると、栄養が偏るぞ。野菜も食え、野菜」


 通行人の視線をものともせずに、万丈はかがんで、幼女に話しかけていた。幼女も、怖いお兄さんに話しかけられているというのに、物おじもせずに、咀嚼を続けている。ホームレスに栄養バランスもないだろうに。それにしても、今の万丈が他人に興味を持つなんて、珍しいな。


「私は肉さえ食べていれば支障がない人間だから、心配ない。それに、今は脂肪がとにかく欲しい。特に胸に……。あと、今でこそホームレスだが、すぐに庭付きの豪邸に住んでやるさ」


「這い上がる気満々だな。ガキのくせに」


 身なりこそぼろいものの、力のこもった眼をした幼女に、わずかに嫉妬を含んだ声で、万丈が呟いた。


「這い上がりたいなら、力を示せばいい。そして、上の連中に認めさせる。これが重要……」


「上の連中?」


「支配者クラスの連中さ。どこの世界にもいるだろ? 多数の人間を支配する、膨大な権力を持った、少数の支配者が」


「あ~、なるほどね」


 万丈が感心したように頷く。俺も、万丈相手に堂々と話す幼女の度胸に感心した。


「そうか~。力か~! 最近は、こんなガキまで、中二病にかかっているのか。世も末だねえ」


 世も末か。そういえば、シロちゃんたちの世界は、勇者が敗れて、魔王の支配が決定的になったんだっけ。それこそ世も末だろう。それに比べれば、俺たちの世界は、全然大丈夫だな。


「まあ、力でのし上がるっていう意見には賛成だがな。問題は、その力とやらが、欠けていることくらいか……」


 寂しく笑うと、万丈はそっぽを向いて歩いていく。後を追うべきなんだろうが、まだ幼女と話していたかったので、今日はここで別れることにした。


 今度は俺がこの子と話そうかなと、視線をフードの子に向けると、彼女の周りにうごめくものが大量発生していた。


 これは、蜘蛛……?


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