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第三十六話 太陽の届かない世界に、数多の火球が煌めいた

 毎回、正体不明の『黒いやつ』から、意味も分からず追われて、ボコられてきた。まさしく悪夢と呼べる暗黒の時間に、一筋の光が射しこんでいた。


 どういうトリックを使ったのかは知らないが、シロが加勢に来てくれたのだ。挨拶代わりに、早速『黒いやつ』を吹っ飛ばしてくれた。致命傷には至っていない様だが、俺にとっては十分頼もしい援軍だった。


「お前……、人の夢の中にまで入れるのかよ。つくづく何でもアリだな」


「ふっふっふ! 幼女に出来ないことはないんだよ!」


「それを言うなら、魔王の手先に出来ないことはないじゃないのか? そんなことを言うと、明日にでも、すれ違った幼女に、会社まで瞬間移動で送ってくれって、頼んじゃうぞ」


「細かいことにツッコむとは、大人げないね~って、おっと!」


 俺を無視して盛り上がっているんじゃないとでも言いたげなパンチが、シロの顔面めがけて突っ込んできた。


 それを危なげない動きで交わすと、シロがさっきより巨大な火球を出現させて、お返しとばかりに『黒いやつ』に叩きつけた。全身が真っ黒なので、苦悶の表情を浮かべているのかは分からないし、悲鳴も聞こえなかった。だが、やつの体は再び川へと吹っ飛ばされたのだった。


「お前がどうやって夢の世界に来たのかとか、あいつは何者だとか、聞きたいことは山ほどあるが、今は我慢するよ。黙って、お前の戦いを感染させてもらうぜ」


「大船に乗った気でいてね、お兄ちゃん!」


 賞金探しの時は、散々嫌がらせをしてきて、腹が立ったが、今は頼もしい。良い歳をした大人が、幼女に依存するのはどうかという倫理的な問題は置いておいて、化け物同士のぶつかり合いを目の当たりにすることにしよう。


 派手な水しぶきを上げて、シロへ突進を図る『黒いやつ』。表情が見えなくても、激怒しているのが手に取るようにわかる。


 俺だったら、逃げ出してしまいそうな憎悪の塊に、シロは涼しい顔で言い放つ。


「悪いけど、君と遊ぶ気にはなれないんだよね。だから、これを食らって、おねんねするといいよ!」


 シロの両手から、次々と小さい火球が発生して、『黒いやつ』に規則正しくクリティカルヒットしていく。この攻撃、子供の頃に、週刊少年漫画雑誌で連載していたバトル漫画で見たことがある!


 すごい! 全部命中している。火球が当たるたびに、派手な爆発が起こる。だが、さっきまで吹き飛ばされていた『黒いやつ』が、今度は耐えていた。それどころか、着実にこっちに向かって、歩を進めている。吹き飛ばされ続けたことで、怒りによってパワーがアップして、耐性が上がった? これには、圧勝ムードだったシロも、わずかに顔色を変えた。


「ふん! 痩せ我慢しちゃって! いつまで持つかな~?」


 いやいや。本当に効いていないみたいだぞ。むしろ攻め続けているシロの方がやせ我慢しているようにすら見えてしまう。


 だが、自分が劣勢になってきたことを認めたくないシロは、意地になって火球をぶつけだした。威力と連射速度が上がっているのは、俺の目でも確認出来るが、攻撃として単純じゃないか? それでは、『黒いやつ』の進撃は、止められないぞ。


 攻撃に耐えて前進を続けた『黒いやつ』が、ついにシロを射程範囲に捉えてしまった。そして、待ちかねたと言わんばかりの強烈な右ストレートを、シロに繰り出した。


「おっと~!」


 ストレートの勢いは凄まじかったが、それを超える速度で、シロが難なく交わす。だが、『黒いやつ』も、一度射程範囲に入れた以上、そう簡単に逃がすつもりはないらしい。連続で攻撃を与え続けた。いつしか攻守は逆転してしまっていた。


「む~。しつこい……!」


 まずいな。『黒いやつ』がシロの攻撃を見切り始めている。シロの動きが単純というのもあるが、このままではやつの拳が、シロの顔面をとらえるのは時間の問題だ。


 そのことは、シロも十分に理解しているらしく、背中から黒い翼を生やすと、俺を掴んで上空に飛んだ。


「つ、翼とは魔族っぽいな」


「私、魔族だもん。珍しいことなんてないよ!」


 地上を見ると、『黒いやつ』がこっちをじっと見つめている。おそらくやつは飛べないのだろう。だから、俺たちの姿を指を咥えて見ているしかないのだ。


「どうでもいいが、どうして俺まで……?」


「お兄ちゃんを置いてけぼりにしたら、また狙われちゃうでしょ!」


「あ、そうか」


 シロなりに、俺のことを気遣ってくれている訳ね。ありがとうな。


 だが、空を飛べるというのは、大きなアドバンテージだ。これなら、やつを撒くことも可能だ。もう怖い思いをしなくて済む……と思ったところで、下から石が飛んできた。歯に当たったら、折れるだろう勢いで。


「わお!」


 『黒いやつ』め。こっちに向かって石を投げつけてきやがった。命中率は良く、シロが交わしてくれなかったら、ジャストミートしていたところだ。逃げ切れたと思ったのに、悪知恵は働くみたいだな。


「今のはちょっとびびったかな?」


「ちょっとなんだ。俺はかなり肝を冷やしたよ」


 未だに心臓がバクバクいっている。もう早く目が覚めてほしい。


「ふむ……。想定していたより、手ごわい相手だね。これは一旦引いて、戦略を練り直す必要があるかもしれないね!」


「お前でも勝てないのかよ……」


 何気なく発した、勝てないという単語に、シロのこめかみがピクリと引きつった。


「勝てないとは言ってないよ。ただ一旦引くだけ……」


「つまりこのままだと負けるから、撤退して、作戦を練り直すってことだろ?」


「負け……」


 今度は負けという単語に過剰に反応している。シロの負けず嫌いの闘争心に火をつけてしまったか。


「そういうことなら、これからビシッと勝ってあげるよ……!」


「おいおい……。無理をしなくていいぞ」


 まずいな。シロのプライドを逆撫でさせてしまったみたいだ。黙って、このまま逃走していれば、難なく片付いていたのに。


 自分の軽口を呪ったが、すでに遅い。シロは全速力で、『黒いやつ』に再突進を開始していた。


「見ていてね、お兄ちゃん! あいつを地面に這いつくばらせてあげるから。気持ちよくノックアウト勝利をご覧に入れよう!」


「だ~か~ら~! 無理をするなって。さっきの発言は取り消すし、心の底から謝るから、また上空へ逃げてくれ~!」


 俺の願いもむなしく、第二戦のゴングが鳴らされた。互いにヒートアップしているのか、一戦目よりも、確実に激しくなっていた。


 シロからがっしり掴まれているので、両者の争いから逃げることもままならない。いつシロから盾にされるか分からない状況で、ひたすら彼女の勝利と、自分自身の身の安全を願い続けた。正直、生きた心地がしなかった。


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