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第三十五話 俺の目指すべきエンディングの形

 シロが勇者の仲間を誘惑して、手駒にしろと提案してきた。しかも、乗ってくれるなら、知り合いの富豪に頼んで、豪勢な生活が出来るように取り計らってくれるとまで言ってきてくれている。


 憎い勇者の一派を潰すためとはいえ、至れり尽くせりだな。


「それで……、お兄ちゃんはどうするのさ……?」


 俺を揺さぶるような目で、シロが聞いてくる。その眼差しには、嘲笑が含まれていることも、俺は気付いていた。


「どうするもこうするも、三人の仲間の一人は、お前でさえ返り討ちに遭うやつなんだろ。そんなとんでもないやつを落とすなんて、命がいくつあっても足りないぜ」


「協力してくれるなら、賞金探しで、お兄ちゃんが有利になるように動いてあげるよ?」


「……」


 本格的に揺さぶってきたな。俺なんかからかっても、何も出てきやしないというのに。


「そういうナンパは、俺よりも、イケメンさんに頼みなさい。外をちょっと歩くだけで、女性が振り向いちゃうようなお兄さんが適任だね。俺がイケメンとは程遠い、……凡庸な顔だってことは、お前にも分かるんじゃないのか?」


「うん、知っている!」


「…………」


 この野郎……。人が断腸の思いで、自分自身のルックスを辱めたというのに、即答しやがって……。とんでもない力の持ち主だと知らなければ、ひっぱたいているところだぞ。


「あれ、怒っちゃった? ごめんごめん!」


 一応、悪いとは思ったらしく、シロは頭を下げてきてはくれた。ただし、あまり気持ちが入っていなかった。


「でもね。こう考えることは出来ないかな? 平凡な顔の方が、ナンパは成功しやすいと。街で、残念な顔の男の人が、美人さんと手をつないで歩いているのを見たことがあるでしょ?」


「まあ、あるっちゃある」


 見たくなくても、人混みに行けば、何度も目にすることがある。冷静を装いつつも、内心でムッとしたことは、数えきれないほどにある。


「これを機にさ。ムカつく側から、ムカつかせる側にチェンジするっていうのはどうかな?」


 あまりそそられないな。人を嫉妬させて喜ぶような趣味はない。ちらりと寝ているルネの寝顔を見る。一億円を払わない限り、彼女だって完全に俺のものになった訳じゃないんだ。それなのに、さらに得ようとする。どこかで転ぶのが目に見えているな。


「一つだけハッキリとさせておくぞ。俺は金が欲しいだけだ。お前たちと勇者の争いに巻き込まれるのはごめんだ」


「もう思われているかもよ? じゃあ、殺されるのが嫌だから、私たちとは、もう手を切っちゃう?」


 分かりやすく揺さぶりを掛けやがって……。俺がリタイア出来ないことを知った上で、言ってきているんだから、始末が悪い。


「ちゃんと話せば分かってくれるさ」


「もったいないな。せっかく豪勢な暮らしをするチャンスなのに! お兄ちゃんも分かっているんでしょ? 賞金を獲得して、ルネを買い取っても、手元にはお金があまり残らないってことを。その後は、またつまらないサラリーマン生活を続けないといけないんだよ。子供が出来たら、ぜいたくも満足に出来なくなるしね。それならさ! 今、私の話に乗って、ルネを手に入れた上で、豪勢な暮らしをするチャンスにかけるのもいいんじゃない?」


「成功したらの話だろ。失敗したら、俺もお前らの仲間とみなされて殺される」


 おかっぱ頭の電撃が、脳裏に甦る。駄目だ。ナンパしようと近づいている間に、黒焦げにされる。せめて、多少のデレでもあってくれれば、話は別なんだが、可能性がなさ過ぎる。


「俺には無理だ。その話は間宮か城ケ崎にでもしなさい」


「そんな~。お兄ちゃ~ん!」


「うるさい! もう寝るったら、寝るんだ!」


 シロはまだ話し足りなそうだが、こっちはもう十分だ。ていうか、もう眠いんだよ。歯を磨きながら、素早く寝支度を整える。


「ちえ~、つまんないの!」


「文句を言うな。あと、電気を消すから、お前もテレビを消せ。うるさくて敵わん!」


「ぶ~!」


 唇をとがらせて抗議するシロだが、大人しくテレビの電源は消してくれた。そのまま、プイと視線をずらしてふて寝を始めた。こういうところは、本当に子供だな。


「ほら! 何も羽織らないで寝ると風邪をひくから、これでも使え」


 そう言って、クローゼットから出した、予備の毛布をシロへと投げる。それを受け取ったシロは、わずかにはにかんだ顔をしていた。


「お兄ちゃん、優しいね」


「黙れ」


 俺はシロに背を向けるようにして、ベッドに潜り込んだ。すると、ルネの横に薬が置かれているのが目に入った。


「それ、私からのプレゼント。お兄ちゃんが安眠出来るようにってね! 夢の世界でピンチになったら、飲むといいよ」


「そりゃどうも」


 やっぱりこいつ……。あの悪夢について、何か知っているようだな。油断がならないやつめ。だが、この薬はありがたく飲ませてもらうとしようか。


 だいたい薬をどうやって夢の世界に持ち込むんだと思いつつ、横になると、目を閉じた。日常の疲れもあってか、俺はほどなく眠りに落ちたのだった。




「はあ……、また来てしまった……」


 気が付くと、川の近くで倒れていた。また例の白黒の世界に来てしまったのだ。最近、眠るたびに、この世界に来る。もう三日連続だ。この夢のせいで、眠っているのに、疲れが取れないんだよな。服が濡れていないことだけが、唯一の救いか。


「お前とも再会することになっちまったな……」


 毎回俺を襲ってくる『黒いやつ』が、川から上がろうと、水面から顔を出していた。俺に向けて、ものすごい形相で睨んでいる。どうしてそんなに俺を付け狙うのかね。人から恨みを買うようなことはしていないぞ。むしろ、俺の方が、お前を睨んでやりたいんだがね。


 ふと、眠る前に、シロからもらって飲んだ薬のことを思い出した。あいつ、意味深な顔をしていたな。薬の効果は聞きそびれたが、きっとこいつをどうにかするための、手助けをしてくれたに違いない。


 ひょっとして夢の世界でのみ使える特殊能力を授かったとか?


 試しに、『黒いやつ』に向かって、右手を広げて叫んでみる。何も出てこない……。ジャンプしてみたり、近くの地面を蹴ってみたりする。俺の身体能力に変化はない……。


「ふう……」


 残念ながら、俺の体には全く変化がない。考えたくないことだが、こうなると取るべき手段は一つだけだ。


「あの幼女! 全然変わっていないじゃないか~! 夢から覚めたら、ただじゃおかねえ!!」


 全速力で駆け始めるが、『黒いやつ』は目前に迫っていた。こうなると、いろいろ試していた時間のロスが恨めしい。


「こ、このままじゃ……、またあいつに捕まって、ひどい目に遭わされる……。シロ~!」


「呼んだ?」


 一瞬耳を疑ったが、シロの声がした。続いて、巨大な炎が、俺を掴もうとしていた『黒いやつ』を吹き飛ばす。


「はいは~い! お兄ちゃんのピンチにシロちゃん登場~!」


「よお……」


 白黒で、生気のない世界に場違いな絶叫が木霊した。一旦は呆れかえったものの、全快まで俺一人だっただけに、心強いものを感じていた。


 シロがいたのだ。しかも、さっきまで包帯で全身をグルグル巻きにしていたのに、いつものワンピース姿に戻っている。


「ふっふっふ! ここからは私のターンだよ!」


 得意顔で、吹き飛ばしたばかりの『黒いやつ』に宣戦布告した。やつも、やる気満々のようで、起き上がると、シロをキッと睨んだ。


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