第三十一話 ラストバトルを、問答無用で始めさせてもらうよ
賞金の奪い合いで別行動をとっていた俺たちだが、再び同じ部屋へと集まることになった。そこに、隠れていたシロも、狐軍団を引き連れて合流したのだった。挨拶もそこそこに、不敵な笑みを浮かべる。
「みんな集まったことだし、本日のメインイベントを開催といきますか!」
満面の笑みで、背後に控える狐軍団に目配せをしたのだった。嫌な予感しかしないな。何を始める気だ、この幼女?
冷や汗を流していると、それまでシロの後ろにいた狐たちが、一斉に前面へと繰り出してきた。手には、ピストルを持っている。……ピストル!?
「お兄ちゃんたち、覚悟しなよ!」
「いきなり何をするっすか? 宇喜多さん、どういうことなのか、説明してくださいよ!」
「俺だって、分かんねえよ! さっきそこでシロと会って、一緒にここまで来ただけだ。何の説明も受けてないから、俺も混乱しているんだ!」
さっきまで騙し討ちする気だったくせに、ピストルにみっともなく慌ててしまっている。つくづく自分は小物だなと頭のどっかで思ったりした。
「えっ、ちょっと待ってください。その前に、これを! つづらの中にあったのを見つけて持ってきました。本日の分の賞金です!」
「賞金を獲得したければ、狐さんたちに打ち勝つことだね! 勝った者にのみ、栄光は輝くんだよ!」
「そんなルールは初耳ですよ! 妙なことを言い出していないで、黙って賞金を受け取ってくださいよ!」
城ケ崎が攻撃を一時中断するように呼びかけているが、聞いちゃいない。頭の中は、俺たちを攻撃することでいっぱいのようだな。たいした暴れん坊じゃないか。将来はDQNまっしぐらか?
「さあ、狐さん達! まずはこの美少年から、血祭りに上げるんだよ!」
「くっ……!」
狐たちに銃口を向けられた城ケ崎が、身を固くする。自分が美少年だということは否定しないらしい。
「……と見せかけて、こっち~!」
「はっ!? 俺っすか?」
もう撃つのかと思われた矢先、城ケ崎に向けていた銃口を、直前に間宮へと変更した。そして、引き金を引く。咄嗟のことなので、間宮は満足な防御態勢を作れずに、まともに食らうことになってしまった。
「って、これ、ガスか?」
ピストルから弾が発射されて、間宮が血祭りになるかと覚悟していたら、銃口から出てきたのは大量のガスだった。まるで消火器から白いガスが噴射されるのと同じ勢いだ。ていうか、あんな手のひらサイズのピストルのどこに、あんな量のガスが詰まっていたというのか。
「ふっふっふ! 巨大な象さんも一発でおねんねの強力な催眠ガスだよ!」
「何で、ピストルから催眠ガスが噴き出してくるんだよ? 意味が分からん!」
「ふっふっふ! 私のやることにいちいちツッコんでいたら、きりがないんだよ、お兄ちゃん!」
「それは認める。お前の場合、異能の力とやらで、何でも可能になっちまうからな。俺たちの常識を持ち出したところで無意味だろう。説明を受けたところで理解できる気もしないしな」
そうこう言っている間に、間宮が崩れ落ちてしまった。催涙ガスのせいで、意識が途絶えてしまったようだ。
眠っているだけだと分かっているので、誰も心配して駆け寄ろうとしなかったが、催眠ガスをまともに受けた間宮は、その場に大の字になって鼾をかき始めた。
「ていうか、催眠ガスを噴射したら、あんたや、この狐たちも、眠っちゃうんじゃないの?」
「ご心配なく。このガスは、私たちには効かない仕様になっております。これで眠るのは、お姉ちゃんたちだけです」
「何よ、その仕様は……。ずるくない?」
つまり本当なら自分たちも眠らないためにガスマスクを着用しなきゃいけないところを、何も付けずに催眠ガスをまき散らせる訳だ。これは怖いな。
「さて! お兄さんも気持ち良さそうに眠らせたことだし、私の出番だね」
それまで狐たちに指示を出していただけだったシロが動き出す。手に持っていたマジックペンのカバーを、キュポッと取り外す。そこからの展開は、ありきたりだが、精神的に効くものだった。そう、悪戯描きだ。それも顔中に。
「何て、陰険なことを思いつくのかしら」
「あれは、精神的にきますよ」
かわいそうに。間宮の結構整った顔が、落書きのせいで台無しにされてしまった。しかも、油性だから簡単に消せない。気のせいだろうか。間宮の表情が歪んだような気がした。悪夢でも見てうなされているのだろうか。
悪戯描きを終えたシロが、満面の笑みで、こちらを振り返る。次のターゲットを求めて、舌なめずりをしている顔が、背筋に寒いものを感じさせてくれる。
「ふっふっふ! まずは一人……」
「可愛い顔に似合わず、えぐいことをするわね」
「ふっふっふ! 子供だって、胸の内には、悪魔を飼っているものなのさ!」
確かに子供は残酷な一面があるが、その前に、お前が本当に幼女なのかが怪しいところなんだがね。
「よし! この調子で、二人目に行ってみようか!」
「あ! こっちの美少年が良いと思うわ。きれいなものを汚す方が興奮しない?」
「はあ~!?」
どさくさまぎれに、他人を盾にしやがった。城ケ崎も驚きの声を上げている。本当に藤乃は良い性格をしているな!
「冗談じゃないです。あんな顔にされたら、友人から笑い者にされます。一生、ネタにされちゃいますよ」
「いいじゃない。笑顔があった方が、友人関係は円滑に進むものよ」
また無責任なことを言っている。弄り回されることになるだけだよ。円滑には進むが、あまり愉快な気分にはならないな。
「でも、きれいなものから汚すなら、お姉ちゃんを真っ先に狙うべきじゃないの? だって、美人さんじゃん!」
「え? まあ……、否定はしないどね」
「何を言っているんだ……」
藤乃の自信過剰な自己評価に呆れている内に、催涙ガスが城ケ崎に噴射された。今度はフェイントもなしらしい。
シロは、間宮と同様に、城ケ崎の顔にも落書きを楽しそうに施したのだった。この調子だと、友人のところに戻れないから、また俺の部屋に泊めてくれって言い出しそうだな。
「あ! 言い忘れていたけど、全員眠っちゃったら、全滅ってことで、本日の賞金は没収になるから!」
「は!? 何なの、その今考えたみたいなルールは!」
「えへへへ! そっちの方が盛り上がるでしょ?」
盛り上がるのはお前らだけだから。こっちは、思いつきによるルール変更のせいで、混乱しているうえに、ドン引きしているから!
「ねえ……」
「俺を盾にしようとするんじゃないぞ! その時は、俺にだって、考えがあるからな」
媚びたような目を向けてきた藤乃を、全力でけん制する。どうせ俺を盾にするつもりだろうということは分かっているので、決して気は許さない。
「色仕掛けを仕掛けてきたって無駄だ。俺にはお前よりも可愛い彼女がいるんだからな。その程度では、俺を誘惑することは出来ん!」
「え! あんた、女がいるの? 嘘をつかないでよ!」
「失礼なことを言うな。俺だって、妙齢の男だ。付き合っている女の一人や二人いるわ!」
すいません。見栄を張りました。本当は彼女なんていません。一応、ルネを自分の彼女に出来たらいいなって思っているだけです。ただ、藤乃から馬鹿にされたくなかったんです……。ですが、藤乃よりも可愛いことだけは、自信を持って断言出来ます。
「仲間割れは終わった? じゃあ、そろそろ行くよ!」
「わあああ、ちょっと待て。まだ話し合いは終わっていない!」
「こ、このままじゃまずいわ。宇喜多! つべこべ言わずに、私を守りなさ~い!」
互いが自分の身だけは守ろうと、みっともなく他人を前に出そうとしているのを、真底愉快に見つめながら、シロは狐たちへ一斉掃射の号令を出そうとしたのだった。って、いつの間にか狐たちに囲まれているし! マジで絶体絶命なことになっているじゃないか!
「そこまで」
「?」
俺たちを避けるように、電撃が放たれた。それは狐たちめがけて、突っ込んでいく。
「なっ!?」
あれだけの数の狐が、悲鳴を上げる間もなく、一瞬で灰になってしまった。
「な、何が起こったの?」
「見た通りだろ。いきなり電撃が放たれたかと思ったら、狐軍団が瞬殺されてしまった。電撃を放ったのは、……あの子か」
いつの間にかおかっぱ頭の幼女が、一人追加されていた。シロと違って、表情に乏しく、俺たちにもあまり興味がないといった感じだった。
「私の邪魔をするなんて、何の真似だよ……」
シロがおかっぱ頭を思い切り睨んでいる。やはり知り合いか。さっきの強力な電撃といい、ひょっとするとおかっぱ頭の子も……。




